お昼寝中の物思い
その対象二つはそのまま互いに近づいていき、やがて一つとなる。その場に出来上がるのは、わずかに薄桃色の燐光を纏う矢。
俺は震える手でその矢をタップし、現れた情報を覗きこんだ。
「…………チートだ」
そう漏らすと、その矢を持って立ち上がった。
ユウナたちのところへ戻ると、好奇心からか、ミンが一番に声をかけてきた。
「どうだったどうだったっ?」
「……なんか、あまりの素晴らしさに寒気すら覚える」
「そ、そこまでですか……?」
ユウナが引きつった表情で答える。それを見て一つ頷くと、俺は出来たものを彼女に対してのトレード画面に入れた。
素材を自分で持ってきた場合、俺は報酬を取らない。そんなこだわりのため、彼女がトレード画面を開いた途端、俺は実行のコマンドを押した。
「あぁっ。まだなにも入れてないです……っ!」
「いいからいいから。……とりあえず確認してみ」
俺のその言葉に、ユウナは矢の情報画面を出す。それをミンにも見えるよう可視状態にすると、目を通し始めた。
『焔天』。焔を纏いし祝福の矢。その焔は天まで届き、邪を討つ。
そんな説明から始まる情報。続いて下を見ると、攻撃力、貫通力、精密度(湿度などの外的要因によって狙いが外れることを防ぐ)などはかなり強力な武器といったところで、別に異常ではない。それこそ『月の欠片』を付加する前の『+7』と同等だろう。
しかしその次の項目がチートだった。
――残り弾数「∞」
「むげんっ!?」
ミンが突飛な声を出す。ユウナも驚きを隠せていない。そうだろうそうだろう。作った張本人である俺も、驚愕に顎が外れる勢いなのだから。
「えっと……これってつまり……?」
「何発撃っても、無くならないってこと、なんだろうなぁ……」
弓矢最大のデメリットが、完全完璧完膚なきまでに無くなった瞬間である。
「……これ、宝物にします」
「ああ、そうしてくれ。でも使ってくれよ?」
もはやみんなで呆れてから、笑う。俺を見て言ったユウナのその言葉に、俺も笑顔で返した。
「はい。レンくんが作ってくれたものですから。それはもう大事にします」
品物に対してのお礼としては何かおかしい気もするが、あいにく俺はそれに深く気がつくことが出来なかった。
ユウナの隣でミンが膨れ面を見せている。そこまで『月の欠片』が羨ましいか。
「こりゃ、ミンも取って来てくることに期待しちまうな。どんな武器になることやら」
「その時は、レンの秘蔵ハーブティをしょもーしますっ」
「バカ言え。おまえあれをどれだけ苦労して育てたと思ってるんだ。出直してきやがれ」
そう軽口を叩き合いながら、ユウナも含めて三人で笑い合ったのだった。
「それでは、行ってきますね」
「おやつ用意しててねーっ!」
そんな言葉を残して狩りに旅立った二人を見送って、俺は再び鍛冶場の方へ戻ってきていた。依頼をこなすためである。
作って欲しいものと素材をメモかなんかに書いて報酬とともに渡せば、俺は依頼としてそれを作ることにしている。依頼書というほど大げさではないが、まぁ、似たようなものだろう。
そして、まずは《錬成》で大元となる単純な『ソード』を作る。そこから加工していく。
前述のとおり、俺の作品のアドバンテージは、作った後にさらに細工が出来るという点にある。それを利用して、たまに面白い依頼が来たりするのだ。
「えーっとこれは……って何だこりゃ」
渡されていたメモを覗きこみ、そんな声を上げてしまう。絵とともに説明が加えられた剣の依頼は簡単なものだ。性能は雷属性で斬撃特化。まぁこれは『黄鉱石』と『つなぎ石』でも使えばいいだろう。
しかし面白いのは、その形状だ。指定された形はジグザグ。まるで簡略化された雷だ。
「あ、そゆことか」
どんだけ雷好きなんだよ、と手元の紙にツッコミを入れながらも鍛冶を開始する。久方ぶりに来た面白い依頼に、俺のやる気は上がっていた。
早速、開始だ。
カンカンカンと何度も『ソード』を打ち付け、位置を微調整し、折れないように鍛錬していく。なんだか情熱が感じられる依頼者に免じて、素材としている『黄鉱石』を上位の『岩山吹』にしてあげた。素材は綺麗に馴染み、俺の手の中で紫電を放ちつつ形になっていく。
「意外と難しいな……」
そんなことをふと呟いてしまいながらも、俺は着々と依頼通りにこなしていく。
やがて。
「……出来たかー」
何とか形になった灼熱状態の剣を水につけて達成感に浸る。ふぅ、と気を抜いて壁にもたれたくなるのを堪えて、俺は剣を水から引き抜いた。
布で拭い、砥石掛けし、磨き上げる。やがて出来た刀身と柄を合成し、完成。
そして剣の名前と銘を入れる段階へ。いつもなら素材名から適当に名前をつけるのだが。
「……本当に雷好きだな、こいつ」
そう一人で苦笑すると、俺は依頼書通りに情報として入力する。『雷切』。
それからそのあと自分の名前も銘として入れて。
「終わった終わった」
今日の一仕事を終え、ハーブティを淹れる。いつのまにか一時間近く経っていた。本当に熱中していると時が経つのが早い。
しばし息をついた後、放ったらかしはまずいと思い、『雷切』を鞘にしまおうとしたところで、
「そういえば、こんなジクザクの鞘なんてねぇや」
今更気づいた。そもそも鞘に入る形ではない。
しかし、こんな時の対策は既に考えてある。
「確かここら辺に……」
店の奥を探し、やがて見つける。俺はその場所に埋もれていた皮のような布のような物体を引っ張りだした。それを大きさを見積もってから自ら研磨した裁ちバサミで裁断し、『雷切』に巻きつけていく。
この布は、斬撃攻撃に強い《カタミュラビット》という三十レベルモンスターからドロップした皮を使った代物だ。剣を保存するのに丁度良く、その際剣の形や大きさを問わない。
しかし、結構値段が高い。それはそうだ。三十レベルモンスターといえば、前線と同じレベルである。まだあまり出回っていない品なのだ。
「ま、あれだけの情熱があれば、少しぐらい高くなってもいいだろ。それに『岩山吹』のサービスもしたし」
そんなことを言う俺はきっと腹黒い笑みを浮かべていただろう。持ち前の悪い目つきと相まって凶悪な顔になっているに違いない。他の人が見てなくて良かった。
最後にはなんか空しい気持ちになりながらも、俺は一仕事を終えた心地よさからハーブティを深く味わったのだった。
ハーブティも飲み終え。
「よし、日課をこなそう」
そう意気込んで俺が来た先は、『邪の森』内安全圏のあの丘だった。そこでゴロッと寝転がり、欠伸を漏らす。
しかしこの世界はデスゲーム化している。このまま寝るのはあまりに無用心だ。
「たらららったらー」
秘密道具でも取り出すように、ストレージからあるものを取り出す。
俺の手に握られたのは、一つの透明な石だ。握りこぶし大の大きさに、透き通るような透明。宝石のようだが、俺にとってはそれ以上に重宝するものだ。
俺はその石を右手に持って空に掲げると、
「――“ゾーン”」
合言葉を言い放ち、足元に投げ下ろす。それが地面にあたって砕けるのと同時に、その現象は起こった。
一瞬、砕け散ったその石が輝いたかと思うと、直後に俺の回り二メートル四方ほどにシステム的なラインが浮き上がる。俺を囲むように出来上がったそれは四角形を形作ると、そのままを維持した。これで俺の回りには指定した人しか通れない結界が出来ているだろう。
魔法石。俺命名の錬成物質だ。
魔法という現象そのものと宝石を練成したもので、ミンの協力の末に出来上がった俺の自信作の一つである。非戦闘系魔法を宝石の中に閉じ込めたというもので、魔法が不得手な俺でもこうして安全な昼寝が享受できるという優れ物だ。
一応他にも閃光玉や煙玉みたいなものも出来たのだが……練成素材が宝石なため、コストが高い。よって販売はしていない代物だった。ミンに頼み込んで昼寝用結界魔法石だけを作っている。
……昼寝は金を支払ってでもしたいんだ。
「……今日も、いい天気だな」
俺はそうつぶやくとウトウトとし始めた。
ふと気がつくと、随分と太陽の位置が変わっている。どうやら結構な時間が経っていたらしい。昼寝を続けるには目が冴えてしまったので、結界に異常がないことだけ確認して、俺は寝転がったまま考え事を巡らせた。
この世界に入って一年と少し。そのあいだずっと、俺の肉体はベッドの上で横たわっているらしい。
そんなことが可能なのか。そんな問いは最早無意味だろう。もしそれが嘘だとしても、俺達がここから救出されていないのは事実だからだ。そして、このまま無事に出られるのかということも、当然のことだが、保証はされていない。
脱出方法は、ゲームをクリアすることか、外にアクセスすること。しかし後者は不可能。ならば自分にできることは何か。
「どうせ無駄、か……」
昔からの口癖。これからもつぶやき続けることになるだろう。
昔から俺にできることは一つしかなく、そしてそれは忌むべき方法だ。俺はもう二度と使うことはない。つまり、無駄。
けれど。
「あいつらは、出してやりたいよな……」
ミン。現実での知り合いで、あまり周りと関わろうとしない俺とうまく付き合ってくれる友人だ。どうやら俺を慕ってくれているようだが……まぁ、それは考えないでおこう。
そして――
「ユウナ、か」
ミンの友達。そして、俺にとってもこの世界で出来た気安い仲。このゲームで得た数少ない仲間の内の一人だ。
この世界全体で有名な《戦巫女》。しかし、俺と変わらない歳。『解放軍』として活動し続ける彼女は、いったいこの世界をどう思っているのか。
この世界で必死に生きていて。
向こうの世界を想って泣いている。
そんな姿を、俺はもう見ていたくはない。
「早く脱出できると、いいな」
そう、俺はどこか他人事のように思うのだった。