できること、すること。
あれから一年が過ぎ、この世界も歪な形ではあるが、一応廻っていた。
明確にクリア条件が提示されているためか、あの悪夢の布告の後、全員が恐慌状態に陥ることはなく、最悪の状況は避けられた。
それでも数百に及ぶ人数の人が、希望を持って、絶望に蝕まれて、自ら命を断った。そして、彼らは当然戻ってくることはない。
その事実によって当然、人々は混乱の極みに陥るが、一部の現実を見極めたプレイヤーは様々な行動を起こした。
アインの各区域には、生産職などの非戦闘員や、戦闘が不得手な者たちが狂ったような空気の中にいた。そんな彼らを守るための組織を作った者がいた。
《武芸者》スキル持ちをそれを超える力で従え、組織の幹部へと据え、街を守る組織が出来上がる。『愚者の盾』と名乗るその組織は、デスゲーム化からわずか二ヶ月後にはその活動を開始していた。すなわち、侵攻クエストがありそうなエリアボスを少しずつ倒し、非戦闘員の安全を確保することを。
これによってひとまず安全というものが確保されると、人々の対応は速かった。自分がなにができるのか。なにをすればいいのか。それを見極め、行動していた。
それからしばらく経って。ゲームだった頃から攻略組として活動していた者は、情報を互いに交換しあい、生命樹の攻略へと乗り出す。しかし、死ぬリスクというものをゼロにしなくてはならないため、攻略の速度は一気に下がっていたが。
彼らは攻略に乗り出すにあたって、『解放軍』という一つの組織を作り、これを攻略組の核とした。
《武芸者》スキル持ちを集め、攻略に参加してもらう。また、訓練を施してもらい『解放軍』全体のレベルも上げる。そうやって、今では一つのサイクルを形成していた。二大組織『解放軍』、『愚者の盾』によって仮初の平和が作られた。
こうして、人々はなんとかその日の命を繋ぎ。
現在、四千人強のプレイヤーがこの世界を懸命に生きている。
そんななか俺はというと、自分のできることをしていた。
『邪の森』付近に建てた小屋で、戦闘者の命綱である武具を作って、販売しているのだ。
「ほい。ミスリル製大剣『ルーンファング』」
「おお、有難い」
俺が結構自信作の大剣を客である大剣使いに見せる。刈り上げた灰髪に屈強な肉体をもつその男は「うむ」と頷いた。要求された品に間違いがないことを双方が確認してから、トレード画面を呼び出す。そこに俺は『ルーンファング』を入れると、相手のトレード欄を見て、目を細めた。
シャラン、と軽やかな音を立てて取引が行われた。これで表向きには商取引が終わったことになる。
俺は内心でニヤリと笑いながら、目の前で心なしかそわそわした大剣使いを見た。
「ところで最近は狩りに行くのか?」
「あ、ああ……狩りというか、経験値上げにな」
経験値というシステム的数値は存在しない。戦闘を重ねることで身体を慣らすことを比喩的にそう言うのだ。
俺はそれに確信的な笑みを浮かべると、言った。
「次の機会には一緒に行こうか?」
「本当かっ!?」
目を丸くして身を乗り出して聞いてくるそいつの大柄な身体にやや気圧されながらも、俺は頷く。
「そうか……いや、珍しいな。おまえ、戦闘には自信がないとか言っていつも遠慮するだろう」
「ま、代わりにドロップアイテム半分貰うけどな」
「な……それは横暴だろう!」
いささか多すぎる要求に反論の意志を見せた大剣使い。その現実ではありえないほど鍛えあげられた筋肉ダルマなその体躯で迫ると、もはや気の弱い奴が泣き出すレベルだろう。
コイツが道端の子犬に微笑みかけていると知れば、周りはどんな反応をするだろう。
そんなことを思いつつも、俺は違うことでニヤリと笑ってみせた。
「さっきの『ルーンファング』の代金。少し足りなかった気がするけどなぁ」
「ぎく」
巨漢が口で「ぎく」とか言うと正直気持ちが悪いが、俺はその笑顔をより愉しそうに歪めた。元々の人相の悪さも相まって、指名手配犯のような凶悪さを放っているに違いない。
「あーあ、実直な姿勢で評価されている《豪剣》エンケ様が、そんなセコいことしてるって広まったら、どうなるんだろうなぁ……?」
「……やはりおまえはしっかりしているな」
軽い皮肉に「そりゃどーも」と答えると、互いに握手をする。それで、契約は成立だった。
「それでは、日にちが決まれば追って連絡する」
「わかった」
そう言うと同時、店の入口がカランと音を立てて開いた。俺と大剣使いエンケはその方向へ目を向ける。
すると、そこから明るい声が入ってきた。
「やっほーっ。来たよーっ! ってあれあれ? なにしてるの?」
「騒がしいぞ、ミン」
知り合いの訪問に思わず俺は苦笑を漏らす。相変わらず明るい奴だ。その内心では常に不安を抱えているはずなのに、その明るさは周りの他の攻略組をも明るくしているそうだ。エンケの方もミンを知っているのか、温かい目をしてその行動を見ている。
そんな俺の親友は、展示品には目もくれず、近くの一人がけソファにダイブ。身を沈めている。
「ところで何の話?」
「いやなんでもな――」
「レンが狩りに来てくれるってんで、その話し合いをしていた」
エンケを恨みがましい目で見ると、肩をすくめて返される。ガタイに似合わない仕草が好きな奴だった。
そして、ここに異常反応する奴が一人。
「えぇっっ!? ボクがいくら誘っても腰を上げないのに!」
「いや、そんな俺が引きこもりみたいに……」
言っている途中であながち間違っていないことに気づき、俺は落ち込んだ。
そんな様子も知ったこっちゃないと言わんばかりに、エンケは普段通りの声で言う。
「《銀閃》……おまえも行くか?」
「え、いいのっ?」
男二人の約束に遠慮していたのだろう。問いかけてくる声には期待がにじみ出ている。それにエンケはウムっと頷いた。
「うちのユニオンのナイフ遣いに指導もして欲しい。それに可憐な少女を失望させるわけにも行かないだろう」
「本音はそっちか」
エンケの台詞に顔を引きつらせながらも、俺はツッコンだ。それを気にした様子もなく、
「ありがとっ!」
最上の笑顔を見せて、ミンも笑う。
コイツ、こういう時だけ……!
俺は静かな怒りを起こそうかと思ったが、それはすべて諦めたようなため息に変わってしまった。
それから少し話した後にエンケも店を後にし、俺とミンだけが残った。
「調子はどうだ? 疲れてないか?」
「へーき。だけど、攻略の進度がね……八階で止まっちゃった」
「どうかしたのか?」
「ダンジョンの敵がね、なんか強いの。今までとは違ってなんか……本物と戦ってるみたいなんだ」
うまく意味を捉えないミンの言葉を、俺は理解した。敵AIが賢くなったということだろう。もしかすると、成長でもしているか、上位個体かもしれない。
「そっか……それで? 今日は何の用だ?」
「なんも? 遊びに来ただけ!」
「……」
俺は一つため息をつくと、ミンの近くにある丸椅子に腰掛け、アイテムストレージを整理する。鍛冶錬成で廃棄物も生まれるので、それを順次捨てていく。しばらくそんな俺の姿をぼーっと見ていたミンだったが、飽きたらしく、
「ねーねー」
と話しかけてくる。
「なんだ?」
「狩り行かない?」
「今からか?」
「うん」
キラキラとしたミンの目に頷きたくなるのを、しかし堪える。このあとの予定を思い出して、俺は逆に呆れた顔をした。
「おまえ、今日が何の日か忘れてるだろ」
「え、なになにっ? なんかあったっけ?」
案の定の様子にもう呆れしか出てこない。そんな俺を見てか、頬を膨らませるミン。そしてその口が何かを言いたげに開きかけた時、ちょうどカランと音を立てて店の扉が開いた