正体不明
それからはマーロウとも一応友好の証として握手をし、それからそれぞれのチームの元へ分かれる……はずが、ユウナは俺とミンについてきた。
「だってパーティですから」
「ユウナちゃんっ!」
「ミンちゃん!」
「「ひしぃっ!」」
「だからやめろって」
いつのまにか既に同行が決定事項になっていることへのツッコミも忘れて、
「ま、無駄なことか」
言葉とは裏腹な明るい表情で、エンケたちの元へと戻ったのだった。
結局、アイテム譲渡の連絡を取りやすくするために、全員で一団となって経験値上げをすることとなった。
パーティに分けた意味はあるのか。
そんな疑問を俺が持っていると、
「いいじゃないですか。細かいことは」
ユウナにそう言われてしまった。どうやら俺は細かい男らしい。結構ショックだった。
その後も《シルバリィウルフ》、《アイシクルグリズリー》を中心に何匹もの敵が襲い掛かる。そのどれもがレベル三十弱なのだが、揃っているメンバーがメンバーだけに、まったく危険のきの字も感じない。
『鉄鷲』の方は言うに及ばず、『解放軍』のほうも団長、副団長こそいないものの、幹部だけというそうそうたるメンバーとの話だ。
まず、普段の俺と同じく二丁拳銃遣いのマーロウ。彼は『解放軍』の幹部の中でも強い方らしく、ユウナといい勝負らしい。
それを聞くと、どれだけユウナが強いのかという話なのだが、彼女は使っている武器の習性上、接近戦に持ち込まれると弱いらしい。その点、マーロウは近接銃撃戦もこなすマルチプレイヤーということで幹部の中でのリーダー役となっている。ちなみに彼の銃には消音器がつけられているらしく、発砲音は聞こえない。雪崩イベントも回避できそうだ。
そして、レイピアを操る男性騎士。背は低めだががっしりとした肉体から繰り出されるAMは繊細。敵に隙を与えない。『解放軍』側のリーダーであるマーロウの補佐として、動き回っているようだ。
その他にも影は薄いが、一人何やら斥候職のような動きをする人物がいるが、その人物はなかなか姿を表さない。ふっと現れたかと思えばすぐに消えてしまうのだ。どうやら黒装束のようなものを着ていることはわかるのだが、おかげで特徴も何もあげられない。
そんなメンバーの中でも特に活躍を見せているのは、やはりユウナだろう。
その理由は彼女の《付加》スキルにある。
この『氷原』にいるモンスターたちは、氷の属性やそれに近い性質を持つものばかりだ。そんな相手だからこそ、俺たちの武器は早く鈍ってしまう。
その問題を、ユウナの《付加・炎》は解決できる。彼女の《付加》はかなり修練されていて、連発はできないものの、俺たち一団全員に対してさえかけることが出来る。おかげで俺も仕事が減って楽になった。
『鉄鷲』が俺を誘ったように、『解放軍』はそういう理由からもユウナを連れてきているのだろう。
「見えたぞ!」
俺のぼんやりとした思考を打ち払うように張り上げられた声が響く。状況を確認すると、何やらエンケが前方を指さしているようだった。
エンケの言葉に全員が緊張感を高めているのを感じて、俺はミンに耳打ちした。
「アイツは何を見つけたんだ?」
「ん? なにって……《アイスフェニックス》の巣だよ?」
ミンが指差す先、だだっ広い雪原の先には樹氷で作られた大きな祭壇のようなものが、風雪に紛れてかすかに見えている。俺は目を凝らしてよく見ようとするも、まだ距離があるせいかうまく見えない。
「《アイスフェニックス》……なんだ、それ?」
「レベル三十五の乙個体だよ?」
「へぇ……ってレベル三十五ッ!? 乙個体ッ!?」
「うん? もしかして聞いてなかったの? せっかく『解放軍』と『鉄鷲』の主力がいるんだから、倒してみようかって話になったじゃんっ」
「い、いつのまに……帰っていい?」
「ダメだよっ。レンの《研磨》は必須なんだからっ。いくらユウナちゃんでもこの人数全員分の《付加》をずっとは無理だよっ」
「そっか……」
俺は、あの店で攻略組に貢献しながらも、のんびり暮らしたいんだけどなぁ。
そんな幻想は挫かれてしまうようだ。
俺ががっくりと肩を落としている間にも、皆はせっせと戦闘準備を始めている。仕方ない、と俺は諦めて《研磨》スキルを遺憾なく発揮することにした。
「助かる」
「ありがとうございますッ!」
「ありがとう」
「頑張って倒そうね」
「私としてはもう少しギルマスと絡んで欲しいというか……あ、あ、すいません!」
最後のケイにはしぶしぶ《研磨》をかけた。もう、最初の凛々しいイメージは雲散霧消である。
そしてユウナとミンのもとに戻り、俺は二人の武器にも手を施す。
「ありがとっ、レン! 危なくなったら守ってねっ」
「そんなことしたら、おまえを守る前に死んじまうって」
「……守ってくれないんですか?」
「まぁ……盾ぐらいには、なれるか……?」
「そ、それなら結構ですっ」
自分の盾として俺がただ被弾する所を想像したのだろう。そんな光景は実際かなり微妙である。
「わ、私が守りますからっ!」
だから何やら気合を入れている様子のユウナに意味を理解していない故の苦笑いだけでスルーしても仕方のない事だと思う。
そして、その気合から、次の相手は生半可では危険だということを感じ取った。
「仕方ないな。俺も準備はしとくか」
そう言いつつ、アイテムストレージにある魔法たちを整理する。
「逃走用のばっかり揃えてるでしょ~っ?」
「何故バレたし」
ミンに見破られ、思わず苦笑が漏れてしまう。ストレージ内整理もそこそこにして、俺は『翠雨』の確認へと移る。
「そういえば、『翠雨』を使っているんですね」
「え、なに、ユウナちゃんこの刀のこと知ってるのっ?」
「はい。レンくんの作品なんです」
へぇ! と声を上げるミンに笑んで見せながら、俺は『翠雨』を鞘にしまう。
ちょうどそこで、『解放軍』側からも声が上がった。
「命令の指揮は各々の長が行う! そちらはエンケ殿の指示を聞いて行動するように!」
どうやら問答無用で従えと言う事にはならないらしい。すこしマーロウへの印象を改める。彼も平静時は立派な指揮官となりうるのだ。
「マーロウさん。私はこちらで動きます」
「…………了解した」
ユウナの宣言にギリギリと歯を食いしばりながらも承諾する。やはりまだ俺たちと行動することに納得していないようだ。難儀な奴だった。
「無理しないで向こうに移ってもいいんだぞ?」
「こらっ! レンっ!」
俺が気を利かせたつもりで放った言葉に、何故かミンが怒りを見せる。訳も分からず首を傾げる俺を、ユウナは少し悲しげな目で見ると、
「いいんです。私がこっちにいたいだけですから」
「ならいいけど……」
なにか悪いことしたか、と自分を省みるものの、よくわからない。そんな俺を見て、ミンが「まったく……」と頭に手を当てていた。
そんなこんなで準備も完了し、俺たちは雪原を渡り、少しずつ《アイスフェニックス》の巣へと近づいている。
「いいか、《アイスフェニックス》はアクティブになった後、飛翔してブレスと体当たりをしてくる。体力が少なくなると、突風攻撃も加わる。注意しろ」
俺たちは全員で移動、エンケの言葉を聞きながら、巣へと真っ直ぐ向かっていた。
向かう先にはユニオンの建物が丸々一つ入ってしまいそうなほどに巨大な氷の集まり。それらは細長い枝のように繊細でありながらも、強固な『巣』を形作っている。
しかし、俺はなんだか変な違和感を感じていた。
「《アイスフェニックス》……いるのか?」
試しに《索敵》を発動してみると、確かに大きな存在が感知できる。しかし、肉眼ではいまだ捉えていないのだ。
「巣の奥に潜り込んでいるのかもしれん。《アイスフェニックス》の巣は意外と深い」
「それならば多少潜るぐらいなら大丈夫だろう」
エンケの推測に、マーロウが同調、方針を固める。そのまま一団は巣へと乗り込もうとしていた。
危険だ。そうは思いながらも、攻略組の言うことならと俺も巣へと乗り出す。
「……気をつけて行きましょう」
「ああ、そうだな。……ミン、滑って転ぶなよ」
「レンは、ボクを子どもと勘違いしてないかなっ?」
巣は大きい。中を覗き込むために氷の木々を登って行くようにして近づくものの、鳥の巣のようになっている内側を見るためには、まだ遠い。
俺は《索敵》情報を見る。そこに表示される赤い丸は敵を表し、その強さに合わせた大きさで表現されるのだが、何故だかそれがブレて見えた。
目が霞んでいるのかと思い、何度か強く瞬きをしても、そのブレは変わらない。これはどういうことか。
「おい、ちょ――」
「もうすぐ見えるぞ」
レンの声を遮るようにして注意を促したエンケの声が、全員の意識を巣へと向ける。慎重に登りきると、巣の縁部分から内側を見下ろす。
降り注ぎ、吹き抜ける風雪が視界を妨げているものの、そこには確かに大きな存在がいることが感じられる。
しかし。
「……おかしい」
そう、マーロウが呟いた。
《アイスフェニックス》は臆病な性質のモンスターのため、ここまで登れば、普通は気づかれて戦闘へと移ることになるらしい。
しかし、そんなこともない。
「どうなっている……?」
続けて彼が呟いたのを受けてか、全員の目が、その巨大な存在へと注がれる。そしてあることに気づく。
「なにか……音がする」
ミンがそう言うように、俺たちの耳に届いてきたのは、ガッ、ガッ、という謎の音。
全員の頭の上に疑問符が浮かんだと同時、風雪が弱まっていく。それに従って視界も開けてくるのだが……。
「……レンくん」
俺は《索敵》情報を食い入る様に見つめる。ユウナの声を無視しても、見続けている。
見ているのは、赤丸のブレ。そして、それが次第に薄まっていく様子。
俺は、唐突に理解した。
その丸は、一つの大きな赤丸に重なるようにして、もう一つの赤丸が消えていっているのだと。
「全員、今すぐここから離れろ」
声を潜めながらも、必死な様子で一団に声をかける俺。そんな姿を不思議な様子で見つめる人々。
「今のうちに、じゃないと――」
俺が説得にかかろうとした、そのとき。
視界が開け、大きな存在の姿が明らかとなる。
それは、氷の世界で美しく飛翔する水晶の不死鳥…………ではなく。
それ以上の、ナニか、だった。
「なん、だ……あれは……」
エンケが信じられないものを見るようにして、口から漏らす。
そして、やがて視界が開け、俺たちは一様に息を呑んだ。




