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大切な日常

 それからしばらく攻略法について意見を交わし合う。《武芸者》の二人がいると、やはり実践的な案が出て、面白い。俺は終始それらの意見をまとめていた。

 「レンが攻略組に入ってくれればいーよっ」と言ったミンに「殺す気かよっ」とツッコんで、俺はしばし思考に移る。


 『解放軍』は今、間違いなく一番のトッププレイヤー集団だろう。それが他のユニオンとも協力してあたって、それでも苦戦しているのだからよほど強いんだろうなと思う。

 それは、《生命樹》をかなり上まで登ってきているということでもある。


「後三階で、それから天使長なんだろ? ……頑張って欲しいもんだな」

「そうですね……『愚者の盾』の人たちも協力してくれたらいいんですけど」


 俺はその名前に片眉を釣り上げると、台所で調理のためにウィンドウ操作をしているユウナを見た。

 意識を向けてみればいい匂い。それを一度は満足したはずの腹の虫が感じつつ、俺は問う。


「え、手伝ってくれないのか?」

「はい。なんでも『旦那に地方を守れと言われてるから無理だ』だそうです」


 旦那。それは恐らく、彼ら『愚者の盾』をまとめた謎の人物のことだろう。

 力でまとめ、知を用いて『愚者の盾』を創設したその人物を、いかに攻略組に引きこむかが、今、専らの世間の議論となっているらしい。それ以前に、その人物の特定もできていないそうだが。その旦那とやらは、行方をくらましているようだった。

 そんな力でまとめられたある意味ヤクザのような団体だが、その使命からか地方の人々との関係は良好らしい。


「本当に誰なんでしょう? そんな人がいれば、心強いんですけど。今あそこをまとめている《天虎》のシュリさんも強いらしいですし」

「見つけられたらいいな。『愚者の盾』も聞いてる限りじゃいい奴ららしいし」

「『解放軍』との関係は悪いですけどね」

「え、そうなのか?」


 驚きに尋ねた俺。ユウナは逆に驚いたような顔をした。ミンも「常識だよー?」と食卓に突っ伏している。腹が減ったのだろう。


「『愚者の盾』は攻略に一切手を出さないのでうちからは『実戦を恐れる臆病者』とか言ってますし。それにあっちは――」

「足元を疎かにする馬鹿者どもって?」

「わ、すごい。なんで分かったんですか?」

「そういえば小耳に挟んでてさ」


 俺はそう言うと、くんくんと嗅いだ。うん、素晴らしい香りだ。


「そんなことを言っても始まらないんですけどね……うん、これでいいです」


 お、と俺が期待を高めると、ユウナはにっこり微笑んでからミンに皿を出すように言った。それに答えて、ミンは勝手知ったるといった様子で食器棚を開けて丁度良い皿を三枚手にした。


「なんでおまえ、ユウナの家を把握してんだよ」

「ふふふ、いいだろー羨ましいだろ―」

「確かに。すげー羨ましい」

「わわっ。レンが素直だっ」


 そんなノリで話していると、俺は台所でエプロンを外していたユウナが恥ずかしげに俯いているのが分かった。

 あんなふうにしているから、「ユウナちゃんは俺の嫁!」て騒がれるんだろうなぁ、とぼんやり思った。

 俺の物思いに気づいたわけではないだろうが、ユウナは顔を上げて恥ずかしそうに笑うと、ミンの用意した皿に、盛り付け始めたようだった。


「はい。デザートですよ~」

「わーいわーいっ」

「やかましい。ガキかおまえは」


 まるで母娘のような二人を見て微笑ましく思いながらも、俺も高まる期待を抑えきれていなかった。

 机に並べられたのは、俺が取ってきた蜜をふんだんに垂らしたパンケーキ。美しいきつね色と黄金に輝くその見た目からして、不味いはずもない。

その匂いに釣られるようにしてふらふらと食卓につく俺とミンを微笑ましそうに見て、ユウナは席についてからコップを持ち上げた。


「乾杯をしましょう」

「「え?」」


 不思議そうな顔をして三人共に見合わせる。乾杯なんて、パーティの時にしかしないものではないのか。

 そんな疑問を浮かべる俺とミン。そして同じような顔をして俺たちを見るユウナ。


「食事の前は、普通乾杯をしませんか?」

「え、ふつーは『いただきます』だよ?」

「それはそうですが、それと合わせて乾杯を……」


 そんな主張に、俺とミンが宙を見る。そして想像する。ユウナがグラスを持って上品にそれを打ち鳴らせるところを。

 俺とミンは、同時に呟いた。


「「ぶ、ぶるじょわ……」」

「違いますっ」


 顔を赤くして否定するユウナに向けて「冗談冗談」と俺がフォロー。キッと俺の方を見て、そのあとつーん、とそっぽを向いた。


「そんな冗談を言う人には、これはあげませんっ」

「なにっ? それは困る!」

「つーん」


 ついには口で言い始めてしまう始末。

 弱ったなぁ、と頭をかく俺をニコニコとミンが見て、


「レン、おいひいよ?」


 もぐもぐと口を働かせていた。いつのまに食べていたのやら。

 確かに、一つ噛むごとに幸せそうに緩むミンの顔を見ていれば、美味しいと言うことはいやでも伝わってきた。


「ユウナ、頼む……なんでもするから……食わせてくれ……」


 なんだか悪魔に魂を売っているような台詞だが、そんな俺の言葉にユウナは反応した。


「え……なんでも、ですか?」

「俺にできることなら……」

「そ、それなら、今度一緒にお買い物をしてくれますか……?」

「荷物持ちか? それならいくらでもするよ」


 そんなことで目の前の至福が味わえるというなら、安いものだ。というよりも、荷物持ちなら言われなくても進んでするつもりだ。男の俺が荷物持つほうが楽だろうし、それに、俺にはこれぐらいしかできない。

 そんないつも通りの返答をしたつもりの俺だったが、恐る恐るユウナを見上げて、えっと驚いた。


「そ、そうですか……っ」


 今にも「えへへ」と言ってしまいそうな程のニヤケ顔を、なんとか堪えて唇の端だけが形を歪めている。

 正直、怖かった。

 それを正直に口に出すわけにもいかず、俺はそっと目をそらした。


「それじゃ、今度一緒に、お買い物、お願いします」

「いいけど……」

「あーズルイっ。ボクも行きたいっ」


 そんないつも通りのような少し違うような話をして、楽しい時を過ごす。

 それは、この世界での数少ない楽しいことで、辛さを紛らわす方法。

 そして、そんなことは永遠に続くわけでもなく、やがて、終わる。


「ってもうこんな時間か」


 視界の右下に存在する時計を見て、俺はそう言う。それを聞いたユウナとミンも、現在の時間を見て、目を見開いた。時間の経つのが早いと思った。しかし、デザートのパンケーキまで平らげた胃袋は、既に満足しきっていた。

 ユウナの家に来てから五時間が経とうとしている。日付も変わりそうな夜の時間に、俺は帰宅を促した。


「ここに泊まっていけばいいです」

「いや、そういうわけにもいかないって。男が女の子の家に泊まるとかどんなミッションインポッシブルだよ」

「じゃ、ボクは泊まるー」

「バカ言うな」


 あうー、と言うミンを襟を持って引きずりながら、俺はユウナに感謝を述べた。


「ありがとう、美味しかった。また作ってくれ」

「『解放軍』の仕事が無い日は大丈夫なので……」

「今度は俺が……いや、無理だな」

「諦めないでくださいっ。レンくんの料理、食べたいです」


 俺は、そう口にするユウナのどこか期待しているような目に、反応の仕方が分からずとりあえず曖昧に笑う。むっとするということは、間違った対応なのだろう。


 俺は再び感謝を告げてから、ミンを引きずってユウナの家を後にした。ユウナは物寂しいような表情を見せるものの、俺とミンに小さく手を振った。それにミンがブンブンっと手を振り返してから、俺たちはそのまま夜の道を歩くのだった。


「美味しかったね」

「そうだな。今度からは普通の時も、ユウナを食事に誘うか」

「……そう思ってるんだったら、なんでユウナにそう言わなかったのさ」


 そんな言葉に、俺は後ろでなすがままに引きずられているミンの方を向く。するとそいつは呆れたような表情を向けていて。

 ミンが俺の名前を呼ぶ。なんだ、とそれに答えると、ミンは真面目な表情を俺に向けた。


「レンは、ユウナが好き?」

「ああ、好きだぞ。良い奴だし」

「そうじゃなくて」

「それ以外に何かあるのか?」


 そんな風によくわかっていない俺を見ると、ミンは大きくため息をついた。


「嘘つき」


 そう言った。

 俺はそれに答えないまま、夜道を歩く。アインの大通りであるそこには、あまり人の姿を見ない。モンスターも存在するこの世界で、夜更かしをして集中力を崩そうとする馬鹿はいない。今も起きているのは、攻略帰りでしばらく休みを貰ったユニオンやソロプレイヤー、そして俺とミン。


 ミンに言われたことについて考えようとして、やめた。

 ……どうせ、無駄なことだ。

 俺は仮初の星空をなんとはなしに見上げながら、アインの片隅に存在するミンの家まで、手で引きずっているこの荷物を送り届けるのだった。

 俺がどんな顔をしていたのか。それは通りすがりに怯えていた女性プレイヤーを見れば大体わかった。



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