見えない傷跡1
『くそ…何で人狼ごときに簡単に結界が破られるんだ?』
『マリ、目を開けてはダメ』
暗い森の中を風を切って走っている。その周りからは荒い息づかいと遠吠え、
草木のざわめく音が森の静寂を破り、移動している。
マリは言われたとおりに目をきつく閉じ、
マリを抱いて走っている母親の肩に顔を押し付けた。
既に涙は枯れ、ただ母親の腕の中で震えることしかできない。
その横で父親が闇に向かってナイフを投げ、一匹、また一匹と人狼を
振り払い、前へと道を切り開いている。
こうして森を走り続けて既に一時間は経とうとしていた。
『囲まれた…』
急に小さく叫ぶと二人は足を止めた。
『どうしたの?』
『目を閉じて!』
どうしたのかと顔を上げそうになるマリを母親はしかりつけた。
それでも周囲が気になり、そっと目を開ける。
マリを見下ろす父親の緑色の目と目が合った。
『我に与えられし恩寵を この子に』
そうつぶやくと母親ごとマリを抱きしめた。
『駆け抜けろ!』
父親が囁くと同時に前方の茂みに飛び込んだ。
正面から人狼が母親に襲い掛かるが、その間に父親が割って入った。
『お父さん!!』
腕を噛まれ地面に倒れると、そこに人狼が群がっていく。
くぐもった叫びが夜の闇に響きわたる。
それによってできた包囲のすき間を母親は駆け抜けた。
その直後、木の上から飛び降りてきた一匹が母親の背を切り裂く。
『森に…集い…し、か、ぜ、の』
「小賢しい!」
人狼はしっかりとマリを抱きしめ、腕の下に隠しながら気力で守護の呪文を
唱える母親にイラついたように叫ぶと背後から母親の首に噛み付いた。
目の前が赤い。
赤くて…温かい。
なのに抱きしめてくれている大好きなお母さんは冷たくなっていく。
大きな手で抱き起こしてくれるお父さんがいない。
コノ アタタカイノハ ナニ
フタツノ キンイロノ メト タクサンノ キバ
「いやぁー!! やだぁ!!」
「マリ!!」
強く揺すられ、固く閉じていた目を開いた。