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常葉の森  作者: くらげ
7/9

長い一夜3

・・・が、空気が重い。


マリは、今度は緊張しているようだった。

ジルにはマリがどこの種族の子供か判断ができない。

自分の置かれた状況を知るためにも相手が何者かは知っておく必要がある。


例え子供でも。


ジルは唐突に質問を開始した。


「俺はジル。ジル・ヘヴン。森人(もりびと)だ。お前は?」


いきなり話しかけられ、びくりと体を震わせたものの、マリは顔を上げた。


「マリ・ウォーカー。エルフ」


「エルフ!まさかそんな稀少種に会えるなんて思ってもみなかった。

ここで何してる?」


「…お手伝い?」


「手伝い…ね。」


マリは流しに食器を置くと、鍋に水をため、暖炉にかけた。

そしてテーブルの端に寄せていた薬草を洗うと、作業台の上で刻み始めた。


ジルはすることがなく、ただ座ってマリの作業を見ている。



突如静かな森に狼の遠吠えが響いた。


それも一匹ではない。二匹、三匹と遠吠えが重なり合って夜の森に響いた。

マリの顔からさっと、血の気が引く。

ジルは思わず傷を手で押さえた。


「二日前が満月だった。まだ月の欠けが足りない。

どっちだ…単なる狼か…それとも?」


狼と人狼では若干吼え方が異なる。

人狼は人である時間の方が長いため、狼よりもわずかに声帯が弱い。

そのため遠吠えの語尾がかすれるのだが、それを聞き分けるのはとても難しい。


再び遠吠えが響き渡った。先ほどより近くで、しかも数も増えている。


「人狼だわ。」


広間の戸口で立ち止まったまま、マリが呟いた。


「このあたりはよく…?」


「捜してる…」


遠吠えに集中しているマリにはジルの声は届いていなかった。


「サティ…」


遠吠えはひっきりなしに響くようになっている。次第に近づいて。

マリの頭にはしなければならないことが次々に浮かんでくる。


しかし、足が動かず、逆にその場にへたり込んだ。

自然と呼吸が荒くなり、視界がかすんでくる。

ふさいだ耳の奥で聞こえるはずのない叫び声と悲鳴が響く。


三年前の…忘れられない記憶。


「おいっ!落ち着け!」


マリを中心に突如光の輪が表れ、床を溶かし始めたのを見てジルが叫んだ。

その声に反応したかのように光が一瞬弱まった。

それを見逃さず、耳をふさぐマリの両手をつかんだ。


「落ち着け、ドクターは出て行く時、何て言った?」


光はまだ熱を持っていて、熱かったが気にしてはいられなかった。

何かしら身を守るための行動をおこさなければならない。

あの医者が自分の傷を見た時の反応からして人狼に対する知識を持っており、

仲間を増やし損なった獲物を追いかけてくることも予測できていたはずだ。

するとあの医者が何の準備も無く留守にするはずがない。

特に政府側の魔族ならば今では希少種であるエルフの子供を無駄死にさせるはずが無い。


ジルの声が届いたかのようにマリを囲んでいた光が完全に消えた。


マリは肩で荒く呼吸をしながらジルの腕にすがるように立ち上がった。

顔を伏せたまま、逆にジルの右手をつかむと戸口へ向かった。


それからのマリの行動はジルにはさっぱりだったが、屋敷に対する

強力な守護魔法を感じる事ができた。


泣きながら、遠吠えにびくつきながら、屋敷中の出入り口や窓、

各部屋の扉だけでなく、何も無い壁や階段に向けて何かをささやき文様を宙に書いていた。


やっと広間に戻り、入り口の扉を閉めるとやっとマリはジルの腕を放した。


「…戸口まで来てる。仲間を呼び寄せてる。」


そうつぶやくとジルを見た。

そして上着の袖からのぞく両腕についた棒状の水ぶくれと赤い指の跡のついた

右手へと視線が動き息を呑んだ。


「ごめんなさい!あたし…」


別の意味で泣きそうになりながらあわてて戸棚から薬を出す。

何度も謝りながら慣れない手つきで両手の手当てをするマリを見下ろし、ジルは笑った。


「意外と力が強いんだ。赤くはれてる。」


ガンッ!!バキッ!


その時、木の裂ける大きな音が屋敷に響いた。


「うそ…なんで入れるの!マナ、アル!」


ガラスの割れる音が続く。


「北の端にある守護陣の中に入っててください。マナの守護が破られました。」


広間の天井からそう声が響くと何かが動く気配が感じられた。


「誰と話してるんだ?」


「こっち」


状況についていけないジルの腕をマリがひく。


「何故人狼があれだけの屋敷の防御を破れるんだ…」


狼の悲鳴に混じって荒々しい息遣いや唸り声、吠える声が屋敷中を駆け巡っていた。


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