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常葉の森  作者: くらげ
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長い一夜 2

あとに残されたマリは、しばらく手にした籠を見つめた。


ぐうぅぅぅ~



不安でもお腹はすくらしい。


渡された籠の中には汁を抽出する月見草の1種類のみ。

幸い今すぐに処理しなければならないものではない。


スープ鍋は暖炉から外されており、火は消え炭がくすっぶている。

マリは息を吹きかけ、新たな薪をくべて火を起こした。

テーブルに置かれたスープ鍋を火にかけ温める。


テーブルにはサンドイッチが置いてあるが一人分にしては多すぎる。


「…あの人の分…もだよね」


広間の扉と、サンドイッチの山を交互に目をやった。


マリはじゅう、というスープの吹きこぼれる音でわれに返った。

あわてて鍋を火から下ろし、テーブルの鍋敷きの上に置いた。


「よし…」


と気合を入れると、スカートの裾を握りしめ広間の扉を開けた。


サティスはどの部屋に先ほどの少年がいるのか話してはいなかった。

しかし、“それ”のにおいが教えてくれる。廊下は真っ暗であった。

特に暗闇でも不自由はしないが、今のマリには恐怖を増す要因になっていた。


マリはテーブルの傍にあった椅子を棚まで運び、踏み台にして棚の中段の

引き出しから蝋燭を取り出した。暖炉の上から燭台を取り蝋燭をさし、

火を灯すと再び廊下に出た。


ゆっくり階段を上り、一番“それ”のにおいの強い部屋の前に立った。


中の気配を探ってみると、どうやらまだ眠っているようである。


マリは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと扉を開けた。


暗い部屋の中を蝋燭の光がかすかに照らす。


ベッドまで歩み寄って起こすべきか、それとも自然と目覚めるまで休ませるべきか。


戸口で進退を決めかねていると突如、真横から話しかけられた。


「俺に用があるんじゃないのか?」


驚きのあまり手に持っていた蝋燭から手を離し、廊下の壁際まで飛びずさった。


「おっと」


床に向けて落下する蝋燭を途中で受け止め、ジルは困ったように笑いかけた。

声の正体が分かったのと、相手の笑みを見てマリはその場にへたり込んだ。

サティスと同じか、やや大きいくらいの少年が目の前に立っていた。


「おどかさないで。」


恨めしげに相手を見上げ、差し出された蝋燭を受け取ろうと手を伸ばし

その手が空中で止まった。


落ち着きを取り戻すと同時に、“それ”のにおいと、ジルをとりまく魔法を感じ取り、

本能的に体が硬直する。ジルもマリの瞳の中に恐怖が広がるのを見て取ると、

ゆっくり後ろに下がると床に座り込んだ。


「君が怖がるのは、分かる。俺も実際、“これ”のにおいは好きじゃないし、

近づきたくもない。まして、自分の体からとなると最悪だ。そんな状況でだ。」


そこで言葉を切って、ジルはマリを観察する。

硬直はしているが、幸い耳を塞いではいないし、パニックやヒステリーも起こしていない。

ドクターではなくこの子供が来るあたり、彼女は留守なのだろう。

頭の中で言葉を探す。


「“それ”のにおいのせいで警戒なんてされる方がショックだぞ。」


マリはまばたきもせず、ジルを見つめていた。

宙に伸ばされたままになっていた右手がぎこちなく下ろされる。




しばらく、誰も口を開かなかった。

蝋燭の燃えるかすかな音が響くのみだ。


次にびくり、と体を震わせたのはジルの方だった。

蝋燭の光のみではっきりとはしないが、マリが静かに涙を流していたのだ。


「おい、泣くなって」


あせってジルは腰を浮かす。

ただ、近づくとまだ刺激してしまうかもしれないと考えると

それ以上何もできなくなってしまう。


おろおろとするジルよりも先にマリが立ち直った。


「ごめんなさい…あのね、下に、ご飯があるの。…食べる?」


震える声を押さえつけて問いかける。


「ああ」


その返事を聞くと、マリは立ち上がり、先に立って階段を降り始めた。

その後ろにやや距離をおいて蝋燭を持ったジルが歩く。


完全に蝋燭の役割を無視している。


広間に入るとテーブルの上に乗せていた薬草を隅に寄せ、皿を二つ棚から取り出した。


ジルは蝋燭を吹き消し、暖炉の上に置くと皿にスープを注いでいるマリを見て驚いた。

明かりの中で見ると、考えていたよりもさらに幼かった。


森人であるジルは、外見と精神年齢は一致しない。見た目は十台半ばだが、

実際は三十年近く生きている。ヒトではないドクターの元で生活している子供である。

ヒトではないはずだ。となると森人同様、見た目よりも精神年齢が

成長しているのが普通である。しかし、マリは見たまんまだ。

下手をすると見た目よりも幼い。


「…屋敷が暗いせいだ。この幼さじゃあ、あんな言い方すれば泣くな。」


そうつぶやくとテーブルに歩み寄った。


とりあえず目の前にある椅子に座るとその正面にマリが腰を下ろした。

怯えさせはしたが、伝わったらしい。


「いただきます」


マリが手を合わせ小さくつぶやくのを合図に食事が始まった。


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