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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

林檎変

掲載日:2026/03/14

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 黄金の林檎。

 これを聞いたとき、頭に何を思い浮かべるかでその人の好みの神話が、おおよそ分かってしまう魔法のワードだとは思わない? つぶらやくん。

 争いの解決策になったり、かと思えばまた別の争いのもとになったり。神々でさえその価値を大いに認めている。そもそもアップルの単語自体が林檎のみならず、かつては果物全般を指すものだったとも聞くし、存在そのものがオタカラね、まるっきり。

 その伝説的な果物である林檎も、日本ではまだまだ歴史が新しく、国へ入ってきてから150年ほどしか経っていない。他の伝統的な果物に比べると、後進的な立場であることはどうしても否めないでしょうね。

 でも、長い歴史単位で見たならば新しい「流行」とも言えないかしら? 不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず。私たちも林檎をもっとよく知ることで、新しさの運び手になることはできないかしら?

 私の地元での話なのだけど、聞いてみない?


 私の地元は、少しは知られた林檎の産地。林檎を育てている家の数は、それなり多いほうでしょうね。

 私の家は別の仕事をしているから、林檎そのものの育て方とかには詳しくないわ。でも、おすそ分けの形で林檎を受け取ることは多かったわね。

 ただ、後で知ったのだけど、我が家は林檎たちの接し方に対して他の家とは少し特殊な感じだったのよね。

 まずパパ。受け取った林檎たちは、食する前にまずパパがチェックを行うわ。

 チェックに使う道具は、注射器によく似た器具だけど手元近くに数値を表示するための液晶画面らしきものがついている。その注射器を林檎ひとつひとつに刺していくの。


 モノホンの注射器とは違って、針はあれど吸い上げるような動作を必要としない。刺してから数秒から1分程度。画面に数値が表示されるまでは待つ感じ。

 私もそばで見ていたけれど、その数値が10以上25以下であるならば合格点。食べてオッケーのほうに回されて、なんならすぐにママが皮むきを始めてくれる。

 でも、その領域をちょびっとでも出たら、きっちり対応が変わるわ。

 リンゴチェックをするときは、あらかじめお菓子のアソートが入っていた、空箱が二種類用意されている。黄色い箱が範囲の数値以下、緑色の箱が数値以上の林檎たちね。

 いずれも私たちの口へ入ることは許されない。うちで飼っている猫と犬へ分け与えられたわ。

 二匹とも私が物心ついたときには、すでに家にいたわね。猫はズグで犬はムクって呼んでた。

 毛並みはくたびれきっていたし、胴まわりはやたらふっくらしていたし、見るからにご年配って感じ。気づけばズグはソファの上、ムクは自分の犬小屋でくうくう眠ってた。私が近づいてもせいぜいちょこっとまぶたを持ち上げるくらいで、すぐに寝に戻っちゃう。


 その二匹が例の林檎を提供されるときは、決まってぴんと姿勢を正して待ち受けるから、私はつい笑ってしまう。

 切り分けた林檎を乗せた小皿を運ぶと、数メートル手前から起き出して、こちらをじっと見てくるの。パブロフのなんちゃらというのかしら、夜遅くだろうと朝早くだろうと、お構いなしにね。

 おもちゃをいじる楽しさというか、自分の思い通りに操作できる愉悦というか。二匹をそれらの供給源にしていたのは確かなこと。


 ――ん? 動物に林檎を食べさせるならすりおろしたほうがいいんじゃないか?


 まあ、のどへ詰まったりとかのリスクを考えたら、そちらのほうが良さそうな気もするわね。けどうちの場合は家族が食べるのと変わらない、くし形で彼らに出していた。彼らもそれらを問題なくしゃくしゃくとかじっていくのよね。

 で、彼らにりんごをやるときに毎度注意されたわ。林檎をつまみ食いしないようにってね。

 見た目には私たちが食べるのを許される林檎と大差ないのよ? 色とか香りとか。

 だから一度だけ、ズグに林檎を持って行ったときに、かけらだけ口に入れちゃったことがあるの。

 だいたんに食べようとしたわけじゃないわ。ズグがかぶりついたときに、りんごのお汁が飛んで顔についたの。それをちょっと指でぬぐって、口に含んだっていうだけ。

 でも、「だけ」じゃあ済まなかったのよ。


 口にして数秒はなんともなかったけれど、そこからいきなり、右目に杭でも打たれたかと思うような熱と痛みが走ったわ。

 いや……泣き出さなかったのが、ほんと奇跡。これだけで「あ、やらなきゃよかった!」とすぐにわかったもの。

 痛み止まらない目をとっさに手で隠しながら、洗面所へ駆けつける私。鏡を前にして、おそるおそる手をどけてみる。

 血の涙を流している、だったら個人的にまだ良かったけどね。心情的に。

 けれども、あれはまるっきり道化。右目は左目に比べて、五割増しくらいおっきくなっているばかりか、目を中心にした歯車の歯らしきものが広がっているの。

 皮膚の表面へ、どす黒く浮かび上がる無数の血管がそれを織りなしていたのね。


 あまりに目立つから、たちまちバレて叱られたわ。

 そのあとで、パパに例の注射器を刺されたの。いつも林檎に刺されている例のヤツをね、目の周りに。

 その黒い血管たち一本一本に、プスプスとね。私の破られた皮膚から、どんどんと黒々とした血が流れ落ちていって、すべての黒が抜け切るのに2時間以上はかかった。

 顔の腫れとか痛みが引ききったのはもっと後。おかげで私はもうズグやムクの林檎運びはおっかなびっくりだったわ。


 ただ、気になるのはね。

 地元を出てからよその林檎を食べると、ズグのものを食べたのと似たような感じになっちゃうのよ。

 あのときほど顕著な症状じゃなく、手を出さなくとも自然におさまっちゃうくらいだけども、10個食べれば9個くらいでそうなるくらいの確率。だから私、林檎出されてもまず口にしないでしょ?

 そうなると、私が地元で食べていた林檎ってなんなのかしら? いや、ひょっとして私たち一家こそが何者なのかしら?

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