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ネット小説と生成AIの問題に関する問題についてラーメンの作り方などに例えて色々語ってみるエッセイ  作者: 新景正虎


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8/8

八、生成AIを巡る今後

前回は創作において人がAIに勝てる可能性を持つ要素について語りました。


 それはほんのわずかな違い、人としての感性を持つがゆえに気づく違和感。


 人が今まで生きてきた記憶との微かな相違。


 人ではないAIではなかなか理解しがたい要素。しかし、それが創作の肝。


 人の心を理屈抜きで揺さぶる事。喜怒哀楽の感情を引き出すこと。それは簡単ではない。


 そんなことを語りました。


 何度も繰り返しますが、(権利侵害の問題は別として)AIとて創作のためのツールに過ぎない。だが、生成AIの場合いくつか今までのツールとは重要な点が違う。


 生成AIが使えなくなったら創作が出来なくなる可能性が高いということ。


 文章にせよ絵にせよ、今まで何らかの形で手書きの創作してきた人は最悪紙とペンがあれば創作は出来る。


 それがデジタルのパソコンソフトやタブレットのアプリに変わって来ただけ。


 しかし、生成AIユーザーはそうはいかない。


 生成AIへどんなにうまく指示が出来ても、肝心の生成AIサービスが事業継続できなくなったら、画像は作れない。


 ラーメン屋とて、商業として成り立たせるために問屋と契約して麺や具を卸してもらうことはあっても全てを人に委ねることはそうそうないでしょう。


 そもそも創作論とはなにか。


 創作論とは自身の内面にある衝動をエンタメとして昇華させるための方法論だと思います。


 世の中に対して言いたいこと、伝えたいことがあって、それを解き放つ方法の一つだと思います。


 しかし、生成AIを使えばその衝動を野放しのまま表に出せてしまいSNSで広まってしまう。


 荒っぽい、他人を傷つける言葉で攻撃的に自己主張を行う事もできるし、過去現れた独裁者のような過激な思想を持つ人が生成AIを使えばそれが表に出てしまう。


 もちろん、我々クリエイターが聖人君子というわけではない。ただそれを制御して世の中に出す方法を知っているだけ。


それがもう一つ。


 手軽に画像や文章を作り出せるため、生成AIをめぐるリスクや権利侵害を深く考えないで気軽に使えてしまう。


 おはようとSNSに投稿する気軽さで権利侵害していてしかも気づいていない。


 これらに対して管理運営する企業はどのように対処しているのか。


 生成AIビジネスは今後どうなるのか?


 要は企業が生成AIを使っていかに利益を出そうとしているかがよく見えてこない。


 カスタマーサービスなどの対応に生成AIを使うと言う話も聞いていますがそれだけで成り立つだろうか?


 最大の顧客になるはずだったプロのクリエイターからそっぽを向かれ続けていて、果たして投資に見合うだけの利益が果たして出ているのか?


 そして果たして今後生成AIユーザーのサービスに対しての課金が維持に必要になったとして、それで利益が出せるのだろうか。


 仕事として利益を追求するなら必要かも知れない


 生成AIに関する意見が割れているのもクリエイターとしての立場か、ビジネス、経営側としての立場かで別れている感じがする。


 コンテンツを作品とするか、商品とするか。


 企業としては利益を出すためには活用したい。


 ファン、特に二次創作界隈としては使ってほしくない。


 一次創作者はその狭間にいるので悩む。


 経営者として利益を出すことと、手塩にかけて生み出した作品であること。


 だが、AIによる権利侵害が解決していない生成AIで作品を作るのは作品のあちこちに時限爆弾をつけるようなもの。


 そのリスクを甘受できるかどうか。


 他方で経営者として考えると一つの事業にこだわることはなく、投資に失敗したら撤退して、新しい事業に投資すればいい。


 しかし、ファンとしてはそれは許せない。


 生成AIに否定的な人の心情と言うのはそこなのではないでしょうか?


 しかし、それで生成AIが廃れるかはまだわからない。


 今までは普及のために無料で使えていたが今後は有料サービスを開始、あるいは強化してそれで利益を出せるようになるかもしれない。


 そうなれば知的財産権の権利者に使用料を払うようになり、ユーザー側は権利侵害せずに生成AIを使えるようになるかもしれない。


 ここからはあくまでも想像ですが、AIを開発し、普及している側の目的はもしかしたら、AIを広く普及させてそのシステムをインフラに据え、それによって利益を得ようとしている気がしています。


 だが、果たして、生成AIへの投資と普及は大規模な施設を建設し、大電力を使って熱とコンテンツ大量に作り、時に社会を混乱させるかもしれないリスクを冒すだけの利益と見合っているのか?


 見合っていなければいずれ投資に見合わないので撤退します、とか、上で述べたように課金制にしますとかにもなりうる。


 だが、もしそうならないとしたら、理由はなにか。


 考えられることはやはり、生成AIの普及による大きな変革(パラダイムシフト)ではないでしょうか?


 要はネット通販が当たり前になって物流が否応なく変革したのと同じになるかもしれません。


 あるいはSNSもそれでしょう。


 要は生成AIが当たり前の社会を作り、それを管理する自分達が利益を得る。


 いや、もしかしたら。


 これはあくまでも想像ですが、生成AIを使う事で誰でもバズ(拡散)らせられる投稿ができるようになり、それで利益を得られるようにする事でSNSのユーザーに収益をもたらす。


 それで企業も利益を得る。


 ネットサービスも、物理的なコストの関係から利益を出さなければならない。そうなると多くのユーザーにSNSの有料プランを使ってもらわなければならない。


 だとするなら生成AIは格好のツールとなる。


 今まで投稿を拡散させるにはそれなりの用意が必要だった。


 多くのフォロワーであったり知名度、技術による創造物。


 しかし、それは多くのユーザーにとっては縁のないものであった。


 仮に偶発的に投稿が拡散されたところで収益化されていないユーザーにとってはなんら還元される事はない。


 そうなると収益化、有料プランも参加者が限られて来る。


 しかし、生成AIを使えばいままでよりも拡散させられる可能性が出てきた。


 そうなればSNSを使って利益を得られるユーザーは増え、企業も利益が上がる。


 それが目的なのかもしれない。


 え?SNSを金儲けに使うな?


 いやいや、SNSとて企業が運営しているのだから利益を追求するのは当たり前。


 無料ユーザーが増えても維持費の負担が増えるだけならやらなくなる。


 生成AIの特徴と課題は述べた。


 特別な技術がなくても、時間をかけなくても誰でも画像や投稿ができる。


 しかし、権利関係や維持費の問題がある。


 SNSも同じような問題がある。


 ユーザーの誰もが利益が出せるような投稿ができるわけではなく、有償プランに加入して拡散された投稿の閲覧数に応じた広告収益で利益を得られるユーザーは限られてくる。


 しかし、ユーザー数が増えれば維持にかかる費用は上がる。


 となると、いかにユーザーを収益化、有償プランに参加させるか。


 SNSに投稿することがユーザーの利益になるようにしていく必要がある。


 この二つを解決する手段としてSNSに生成AIを導入して、誰でも投稿を拡散させられる投稿ができるSNSにする。


 それが目的なのかもしれない。


 もちろん生成AI側にもメリットがある。


 学習データである。


 SNS側はユーザーの収益化を進めて広告収入等で利益を得られ、生成AI側はデータを学習させる事ができる。


 そうなると今後生成AIとSNSの提携はどんどん進んで行くかもしれない。


 ごく一部のインフルエンサーや著名人、クリエイターを優遇するよりも生成AIユーザーを増やした方が広告収入が得られる。


 では著作権はどうなるのか?


 そこにも利害の一致があるように見える。


 SNS側にも生成AI側にも今の著作権は不自由だろう。


 投稿するにも学習するにも権利権利なのだから。


 となれば、おそらくそれが生成AI側の次の目標かもしれない。


 現在の著作権ビジネスそのものを自分たちにとって都合のよい方向へと変え、それを公共の利益となるようにして定着させる。


 一部の人がこれに憤って声を上げようとも向こうはお構い無し。ルールを作って普及させた側の勝ち。


 今までもそうだったし、これからも変わらない。そして我々はこれからそんな連中を相手にしていかなければいけない。


 要するに生成AIの問題の裏には、今までのルールで成功してきたものと、それを崩して新しいルールを作り、そのルールの大本となる技術を業界に提供してそれで利益を得ようとする者の対立構造が潜んでいるのではないだろうか?


 ならばそれに対抗するのなら、彼らよりも早く、新しいルールを作って業界に普及させて、相手に介入させる隙を与えない、それが理想なのではないかと自分は思うが、そんなことが日本のコンテンツ業界関係者にできるだろうか?


 個人的には日本人はルールを守るのは得意だが、新しいルールを作ってそれを国際基準に押し上げ、普及させるのは苦手な印象。


 反対にあちらさんは得意だろう。


 まあ、それは業界としての話。では我々個人としてはどうするか?


 とりあえず出来ることは生成AIについて知ること。


 特にどんなメカニズムで動いているのか。企業としてどう活用して利益を得ようとしているのか。


 SNSを運営する企業にとって生成AIを使ったビジネスが利益を生むのに効率のよいものであること。しかしそれが我々にとって有益であるとは限らないこと。


 生成AIはとても手軽にコンテンツを産み出すが、それによって人の手に技術をもたらすとは限らない。


 楽をするという事はその機能を使わなくなることであり、すなわち次第に衰えるということである。


 もはや尾てい骨くらいしか名残がない我々の尾のように今後人の頭は、思考はAIによって衰えていくのだろうか?


 それとも自分の経験や努力、才能を生かすためにAIを使うのか。


 なんにしても生成AIの存在は創作界隈そのものに否応なく変化を起こすのではないでしょうか?


 しかし、それでもたいして変わらずに生き残るのか、対応できなくて滅びるのか、それとも変化の兆しになるのか、変化にしても想像を越えた事態になるのか想定内に収まるのか。


 等々、この先色々考えられるわけです。


 そうなると現状、やはり生成AIによって作られるコンテンツはカップ麺のようなものと考えたほうがいい気がします。


 手軽でおいしい。しかし、それで満足できるかどうか。また、健康に良いかどうか。


 もし、それで物足りないなら自分で探し出すしかない。


 長々書きましたが現状ではこのくらいでしょうか。


 深く追求するとこのエッセイ、いつまでもまとまらない。


 上でかいた通り自分は書くのが遅い。


 自分の思った事を書く、調べて裏を取る。それをまとめる。


 まとめているうちにまた新しい話題がネットやSNSで出てくる。


 それについての考えを取り込んでまとめようとする。で、また文章が長くなる。


 正直この繰り返しになってきていてきりがない。


 なので今回はこの辺りにしておこうかと思います。


 正直、自分の考えが絶対に正しいなどとは思ってないし、不勉強で理解しきれていない部分もあるので、当然異論はあると思います。


 ただ、今の界隈の雰囲気から現状での自分の考えを明らかにしておきたかったので形にしておきたかった。


 なので、AIに関してこれについての考えを知りたい、こんなことがあったがこれについてはどう思う?みたいなことがあれば是非教えてください。


(できれば穏便にお願いしたいところ)


 ここに追記するかもしれませんし、新作を書く合間にまとめられたら次の命題になるかもしれません。


 最後に、長文になりましたがここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 ではまた。


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