六、生成AIの普及した先にある未来。
前回までに生成AIについて色々語って来ました。
生成AIは決して夢の創作マシンではなく、知識がなくてもある程度のコンテンツは生成できるが、より良いものを産み出そうとするとそれなりのノウハウが必要になってくるツールである。
しかも今後どうなるかは不明。
生成AIを使うことに対する業界の賛否もある。
企業として流行りに乗っかり、効率、利益を重視するのなら使うかもしれないが、権利関係のリスクが大きい。
投稿サイトが界隈に新しい人材を呼ぶためのものなら、どんな人材を望んでいるか、望む人材が目立つ仕組みにする必要があるのではないか?
そんなことを語りました。
ではこの先、この状況が続けばどうなるか?
今のままではAIを使って質より数をこなす人が目立つだけで明るい未来が保証されているようには現状見えない。
しかも、生成AIはここまでは成長をして創作界隈を脅かすほどになってきたが、個人的には成長限界、ピークアウト(英語ではpeak a pass)になりつつあるのではないかと考えている。
今までは手当たり次第にネットにある画像や文章といったコンテンツを学習して、産み出すだけでもよかったが、これからは学習内容をコントロールしていかないと質の悪化を招きかねない。
川の流れに例えると、上流からの清流の流れが止まり、雑多なものを含んだ流ればかりになれば、下流は流れが停滞し、池のようによどんでいく可能性がある。
じつはそこに絡んだ問題がある。
一つは既に述べたハルシネーション。呉情報による誤った情報の拡散。しかし、それだけではない。
生成AIを使うための物理的なコストである。
徐々に今後生成AIを使うために必要な情報処理を行うユーザーが増える。
企業は増えた需要を満たすために設備の拡大を行う。
なぜなら生成AIがユーザーからの指示を処理をするため膨大な情報を扱う必要がある。
そしてそれには情報処理を行う施設が必要。
だが、どうやらそこに問題がある様子。
施設を建設し、維持するためのコスト。
他にも稼働させるための電気、稼働で出る排熱と設備の冷却。
他にも景観とか、周辺住民の揉め事。
しかし、生成AIサービスを行っている企業が生成AIでそこまでの投資やリスクに見合う利益をだしているかと言うとどうも怪しい。
ネットの創作界隈でも少しずつ話題になってきてるが、AI問題は生成物に対する権利の問題だけではなくこうした物理的な課題が現れている。
これを聞いてなにかを思い出さないだろうか。
自分はメガソーラー等の再生エネルギー施設の問題を思い出しました。
風や太陽光など、再生エネルギーを産み出すために膨大な投資を行い施設を建設した。
時に山を切り開き、景観を無視して自然を破壊しながら。
その結果、環境破壊が進む。
自然を守るために普及させるはずだった再生エネルギーが環境破壊を招いている。
そしてもう一つ。それがセルフレジやファミレスに導入されたロボット配膳。
人手不足やコスト削減を謳って普及したが、これも維持には金がかかる。
しかし、それも完全な自動化には至らず、防犯の観点からもいまだに人の存在は欠かせない。
この二つが連想される。
だが、この件から想像すると生成AIもいずれサービスを維持するために無料版の質を下げ、高精度のAIを使うには有料となっていくだろう。
そして相応のコストがかかるとなれば、やはり人に依頼する方がいいということにもなるかもしれない。
生成AIを活用したサービス事業の一番の恩恵を受けるであろう業界はやはり創作界隈。
だが、肝心の最大の顧客になるはずだったその界隈からは権利侵害等でそっぽを向かれ始めている。
そうなるとどうなるか。
真っ先に考えられるのはユーザーからの課金である。
今まで無料で行えていた生成AIの活用に制限がかかる。
画像一枚いくらとか、指示の文字数いくつにつきいくらとか。
さっき上げた例の日刊ランク一位を取った作家さんも生成AIにサブスク課金していたらしい。
今後、たった一枚の画像を産み出すために何度も生成AIに指示をしなければならないが、その都度金がかかる事になるとしたら話が違ってくる。
前の回で上げた例文にしても、有料の生成AIに指示して動画を作るとしたら果たしていくらかかるか?
アニメーターさんが所属するアニメスタジオにお金払った方がよいかも知れなくなる。
生成AIの問題に関しては情報処理を行うデータセンターと言う物理的な問題も考えないといけない。
仮にAI自体が革新的な成長をしても物理的に情報処理ができる施設がなければ事業として成り立たない。
仮に今までのAIの情報処理の規模を10の2乗の100として次の世代が10の3乗としたら1000となる。
これにユーザー数をかけることになると情報処理の規模は雪だるま式で膨れ上がる。
そうなるとさらに情報処理のための施設を建てなければならなくなる。
もちろん、施設も建ててそこで終わりではなく、機能維持のための保安や保全も必要になる。
そのコストはさて、どうやって賄うか。
スマホの端末に表示される生成AIによって生まれた画像の向こうには(場合によっては)野山を切り開いて広大な敷地に建設されたデータセンターが存在する。
それを頭にいれないといけない。
しかし、そうなるとそんなに簡単に革新的なAIが登場するだろうか?
我が地元新潟がラーメン大国なのははじめに語った。
だが、どんなにラーメンが好きでも、生地をこねて麺を作り、醤油や味噌といった調味料を配合してスープを一から作りたいと思っている人は少ない。
ラーメンが好きだからといって毎度毎度自分で麺やスープを作りたいわけではないのである。
それに生成AIによって誰もが絵を、物語を産み出す創作が出来るようになったが、はじめから人の心を引き付けるコンテンツを作れるとは限らない。
自分もそうだが、大抵の人は失敗を繰り返し、試行錯誤して上達していったはず。
AIで誰でも絵や小説を産み出す事は出来ても、技術を持っているかどうかで中身が変わる。
麺の生地をこねたことがない人の前に小麦粉や調味料、製麺の機械を置いても使い方が分からず途方にくれるだけ。
仮に製麺機械の操作法を教えて麺を作れるようになったとしてもスープはどうか。
自分の望む、好む味をどうやって産み出すか。
そこには知識や経験、試行錯誤が必要だろう。
それは、生成AIでも同じではないだろうか。
ならばそれが出来る人は例え生成AI時代になっても生き残るかもしれない。
ただ、AIでは出来ないこともある。
それは忖度。要は察すること。
人と人ならコミュニケーションを通して相手の意図を図ることが出来る。
コミュニケーションの仕方次第だが相手がこちらに何を求めているか、それを踏まえた創作が出来る。
しかしAIにそれを行うにはそれを文章で指示しないといけなくなり、要は人が言語化できないことはAIに伝わるとは限らない。
もちろん、人だって言葉にしなければ伝わるとは限らない。
しかし、相手かその道のプロならどうだろう?
今までの経験から、言わずともこちらの意図を察してくれるかもしれない。
そうなると、AIに指示するよりもその方が早いとなるかもしれない。
続く。




