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ネット小説と生成AIの問題に関する問題についてラーメンの作り方などに例えて色々語ってみるエッセイ  作者: 新景正虎


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五 大量生産と大量消費そしてコンテンツの寿命

 前回は創作において早さを追求した結果の弊害について語りました。


 早さを追求するとどうしても質との両立は難しくなる。


 しかし、商業なら供給に滞りが発生してはいけない。


 利益を出すには効率が必要。そうなると早さは必要。


 しかし、質を維持しようとするとどうしても遅くなるのは避けられない。


 だが、生成AIなら両立が出来るかもしれない。


 しかし、学習した情報をもとに画像を生成する段階となった時、権利侵害などのリスクがある。


 しかもそれをクリーンであることを証明するのも難しい。


 もしクリーンなAIを作るとしたら今以上の情報処理が求められる。


 ここが今、創作界隈の抱えるジレンマでしょう。


 では、これから生成AIがどうなるか?


 それに関しては学習する情報次第かなと思っています。


 著作物の権利者の多くがAIの管理者に対して勝手に自分達のものを使用しないでくれと言い始めている以上、既存の著作物からの学習は厳しくなる。


 かといって自前の生成AIで生み出した物は玉石混合で学習素材として使えるかはわからない。


 生成AIがどうなるかは生成AIが産み出した画像でネットが溢れかえってからだと思っていますが、これも作物と同じで、濁ったもの、質の悪いものを使うと質は落ちる。


 ハルシネーション(幻覚)というそうですが、AIの学習内容が片寄っていたり不足していたりで、不正確な情報をあたかも真実であるかのようにAIが認識する事案が発生しているようです。


 つまり、AIはネットに広まった嘘やでたらめを見抜けない。


 そうなるといずれネットには(時には悪意をもって広められた)多数の偽情報が溢れ、真実が埋もれてしまう。


 これはAI界隈が抱える次の課題でしょう。


 それもAIで判定する?いや、そのAI自体が紛い物や偽情報で汚染されているかもしれないのに?


 生成AIが産み出した画像や文章を別のAIが学習する。それが連鎖して広まったら果たしてどうなるか。


 学習させる情報の質次第でしょうが、今までみたいな学習方法ではいずれ衰退あるいは破綻する気がします。


 他にも生成AIは問題点があるようですがそれはまた別の話。


 生成AIの問題はその界隈に任せるとして、では我々創作界隈は今後どうやって生き残るか?


 その一つがランチェスター戦略だと自分は思ってます。


 そもそもランチェスター戦略とはなにか?


 詳しく書くと長くなりますが、ランチェスターの法則という戦利論を経営に応用した戦略。


 これを一言で言えば業界でのトップ(強者)とそれ以外(弱者)ではとるべき戦略が違うということ。


 資本をいかして兵站、物流を確保し、数の優位を生かしての面制圧で犠牲を少なくして勝利するのが強者の戦略、


 対して数では敵わないので、小回りを効かせて勝者にできないことをして損害を与えて生き残るゲリラ戦法が弱者の戦略。


 これをテーマに沿って再びラーメンに例えるなら、


 前者は資本をいかして研究開発されて工場で大量生産され、全国に流通するお手軽なカップラーメン。


 後者は大量生産はできないが味と個性で勝負の町のラーメン屋。


 に例えられるでしょう。


 実際、これだけインスタントのカップラーメンが普及しているのに町からラーメン屋が無くなることはない。


 創作も同じになるかもしれません。


 さながら伝統工芸品のように、そうした早さよりも中身を重視する人は手間をかけて質の良いものを作り出すようになっていくのかもしれない。


 供給の早さと(質との両立を)重視して生成AIを活用していくのか、生成AIを使わずに速さに対抗していくのか、速さを捨てて時間をかけて質を追求するか。


 しかし遅いのにもメリットがないわけではない。


 それはコンテンツの寿命。


 供給のサイクルが早いということは寿命を迎えるのも早いということ。


 流行りに乗っかった作品なら別ですが、流行りに流されず、自分の書きたいことを納得がいくまで書き続けることが出来る。


 個人としてはそれでいいかもしれないが、サイトを運営している側としてはどうするかになる。


 運営、あるいはサイトに出資する出版社などのスポンサー側が投稿サイトを新人発掘の場としているのなら、ランキングにはその方針に沿う人が上位に来る方が良いのではないだろうか?


 多くの作家にとって自身が産み出した「作品」ですが、出版社にとってはあくまでも「商品」であり、作家はそれを産み出す機械。


 ある作家さんが昔、自作のあとがきでそう書いていましたが、作家と言うのは作品と言う商品を産み出すための機械、機械であるなら回転率をあげ、早く産み出す必要がある。


と。


 もちろん作家側の気持ちを考えて作品として尊重してくれる所もあるでしょうが、出版社としてはあくまでも商品であるのは変わらない。


 なら生産速度を重視するのはおかしい話ではないが、生成AIが広まり始めたこれからはそうはいかなくなる。


 効率重視なら今後、何らかの形でAIを使う人は多くなるでしょうし、規制がない投稿サイトでは生成AIによって作られた作品が投稿の新着欄やランキングを埋め尽くすのは容易に想像できます。


 しかし、さっきも書いたように質重視で仕上げるのが遅い自分のような者にとっては毎日更新する速さ重視の人が生成AIに取って代わられるだけ。


 だが出版社にとっては生成AIには画像などの無断学習したコンテンツの使用権侵害の問題がある。


 創作界隈で生成AIによる弊害を被るのはまずこの辺りではないでしょうか?。


 書くのが早く、数を上げられる作家がランキング上位に来るわけですから、その効率の最たるものが目につくのはおかしくはない。


 反対に質を重んじる者たちはますます埋もれていき、注目を浴びるのは難しくなる。


 それ自体は自分にとっては今までとさほど変わらない。


 今までもテンプレの異世界モノが溢れていたわけですから。


 だが、生成AIの登場によって界隈がこれをどうするのか?


 生成AIによって産み出されたコンテンツでサイトが溢れかえるのだろうか?


 それに逆らうとして、ではこれから我々はどうするべきか、


 しかし、人の力だけでは生成AIに「早さ」では勝てない。


 では、生成AIを使わない手書き派はことごとく生成AIが出す作品によって埋没してしまうのか?


 それとも権利侵害等を承知で生成AIを使うのか。


 しかし、これも先程書いたようにカップ麺等のインスタント食品がこれ程普及しているのになぜ街からはラーメン屋が消えないのか?になる。


 安くて手軽なカップ麺に麺やスープを手間かけて作るラーメン屋はなぜ駆逐されないのか?


 それは個性ではないでしょうか?わざわざ高い金を払うのはその店でないと味わえないものがあるからではないでしょうか?


 それは店の雰囲気とか主の人となりとかも含めます。


 それと同じであの人の作品からでないと得られないものがあり、それが早さよりも重視される。そう思われるようになる事。


 しかし、それはラーメン屋の競争同様、楽ではない。


 現れては消える街のラーメン屋のように大半が埋もれてしまうでしょう。


 しかし、反対に人気が出れば、人気店が監修したカップラーメンとしてそちら側に立つこともある。


 それがおそらく書籍化。


 しかしそれも舞台が変わる、あるいは増えるだけとも言える。


 そうなるとやはり、個人では難しく、界隈そのものが変わる必要があるかもしれない。


 果たしてネット小説がヒットするにはAIでもなんでも使って更新速度と頻度を上げることから、AIに頼らず個性や中身次第でもヒットする時代になれるか?


 それは今後、サイトの運営や出版社がどんな資質を書く側に求めているかによるのではないでしょうか?


 早く数をこなす人、効率のためなら生成AIでも何でも使う人を業界が求めているのならいずれ自分達の首を絞めかねない気がします。


続く


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