百点幸福度
朝起きて鏡を見ると『100』と頭の上に数字が乗っていた。T は思った。
例のあれだな。何か頭の上に数字がつくやつだ。数字は寿命だったり、浮気の回数だったり、IQ だったりするけど、オチが何かわかって愕然とするやつだ。
頭の上の『100』の数字は、髪の毛を梳かしてもびくともしない。T は、手で触れてみようとしたけど触れることができなかった。まるで天使の輪のように見えてちょっと気に入ってきた。まるが二つあるし、まるで百点満点じゃない。
「博士、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「博士、私の上のこれなんですけど...」
博士は何かと研究熱心で、T によく薬を飲ませる。頭からキノコが生えるものもあれば、頭から花火が出るものもあった、時には甘食が出てくることもあるので油断がならない。
しかし、昨日の夕方に
「T 君、今日もお疲れ様」
「ありがとうございます」
ごっくん、と飲んでしまったのが運の尽きである。いや、運が向いたのかもしれない。何しろ、百点満点である。
「博士、私のこれなんですけど...」
もう一度、私は頭の上を指さしながら言った。格好で言えば変な感じだけど、博士ならば大丈夫だろう。ひょっとすると、私はにへらにへらと笑っていたのかもしれない。
「おお、T 君、顔が気持ち悪いぞ。どうかしたか?」
「え?」
「頭の上を示しているのは、何かあるのかね? 河童のお皿とか」
博士はにやにやしながら言った。
博士はときに意地悪だ。いや、悪意がある意地悪のほうじゃなくて、ちょっとお茶目な部分がある。私の頭の上にある『100』を見て、結果に満足しつつも、私をちょっとからかってみようと思っているのかもしれない。でも、普段の博士は非常にまじめで、研究熱心で、よく来る企業の人とかと熱心に議論を交わしている。原子力とか核融合とか地球の温暖化とか、そういうことに関心があるようだ。働き方改革とか自動化ロボットとか DX とかにも興味があるらしい。博士の研究熱心なところは、あちこちに飛び火して、あまり成果を生まないけど、そういうところが博士の良いところでもある。企業の人は、満足そうに帰っていくし、企業から新しい製品が目白押しだ。博士の研究室はあまり立派ではないけれど、私は満足だし、たぶん博士も満足だろう。
そういう研究の中で、私に対してちょっとしたいたずらをすることもあるけど、それは些細なことだ。なんせ、私に飲ませる薬は、毒にも薬にもならない研究対象にならないものが多い。ちょうど、ビタミン剤みたいなものだ。具合が悪くなることもないし、おなかを下すこともない。
「いえ、河童のお皿ではありません。天使の輪でもありませんよ。ちょっとチャクラに似ているけど、ベロの頭のアンテナでもないし、鬼太郎の妖怪アンテナのようなものでもありません」
「ふむ、そうかね。じゃあ、何だろうな?」
「・・・」
ひょっとして、博士に見えていない? と私は不安になった。博士は私をよく見ているようでいて、実は一介の研究員としてしか見ていないのかもしれない。ひょっとして、企業の人とうまくいくようになったら、私は不要になってしまうのだろうか。ずっと、博士のそばにいて研究をしたいと思っていたけど、それはかなわないのかなあ。
私は少ししょげてしまった。
「おお、T 君、そんなにしょげないでおくれよ。君は博士の大切な助手じゃないか。博士は君がいないと研究ができないんだよ」
「あの、博士、私の上の数字を見ています?」
「数字? いや、なんのことかわからないが、君がそんな顔をしてると、ああ、実に研究が成功したことがわかるよ」
「え?」
ちょ、ちょっと待って。何、私は実験台になったの? いや、いつも新薬の実験台になっているのでそれは別に構わないのだけど、いままでの新薬はビタミン剤ぐらいで体に害がないものであって、当然益にもならないのだけど、そういう薬をもらっていたけど、今回は違う? ひょっとして、研究の成果を人体実験するために私を使った?
「博士、ひょっとして、私のことを...」
「おや、今度は赤くなってきたね。まるで茹でタコのようだよ。まるでハリセンボンのように頬を膨らませてどうしたのかな。うむ、眉毛も上がっているね。目が夜叉のようだよ。まるで角が生えるような感じだ」
「角...ですか? 私、角が生えてしまうんですか?」
私は一気に悲しくなってしまった。不思議な薬を飲まされた挙句に、角まで生えてしまうらしい。まるでしかのこのこのここしたんたんのようじゃないか。鹿ならば角が生えたって、電線に引っかかるだけで済むけれども、私の場合はどうなってしまうのだろう。いや、鹿の角とは限らない。牛の角かもしれない。一角獣かもしれないし、ヘラジカの角かもしれないじゃないか。そうなると、私は路頭に迷ってしまう。だって、ここの研究室のドアは、ヘラジカの大きな角が通るほど広くはない。廊下だって狭いものだ。別にヘラジカを通さないために通路を狭くしているわけではないだろうけど、ヘラジカになってしまったらここを通れない。ここには通えない。博士に会えなくなってしまう。ああ、悲しい。
私は、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「おお、T 君。そんなに悲しまないでおくれよ。さっき言った角というのは例えの話だ。別に本当に角が生えてくるわけではないよ。第一、人間に角なんて生えたりしたらおかしいじゃないか。それはアニメだけの世界で十分だよ。ただし、アニメだったら人気が出るかもしれないけどね」
「あ、アニメならば大丈夫なんですか?」
「まあ、アニメならね。でも、あれは現実の話ではないから無理だよ」
「現実の話じゃないんですか?」
「そう、空想の話。たまに、現実の話をもとにしているものがあるけどね。たとえば「チ。」とか。でも、あれも脚色が入っているから必ずしも歴史に沿ったものじゃないね。まあ、エンターテインメントとしてはそういうのは重要だから、少しの味付けとしてフィクションの要素は必要とは思うけど」
「フィクションですか」
「フィクションだね。でもフィクションは重要だよ。現実世界が自分とは関係ないところで動いているところで、自分が何もできないと嘆いてしまうよりも、フィクションとして自分が活躍できる場があったほうがいいだろう? 例えば、アニメの世界であったとしても、高校生の時代を再認識できるとか、ちょっとした異世界転生の中で自分が活躍できる場を持つとか、そういう空想は大切なことだ」
「それが、うその世界だとしてもですか?」
「そう、うその世界だとしてもだ。でもね、今はうそかもしれないけど、実はちょっとした自分の心がけ次第で、うそも現実になることがあるんだよ。それは、いまは現実ではないけれども、将来的に何か成し遂げられるかもしれない、という期待を持って未来を見据えることができる楽観性かもしれないけどね」
私はちょっと楽しくなった。なるほど、博士の言うことももっともだ。感情は起伏があってこそ楽しい。嬉しさもあれば悲しみもある。喜劇もあれば悲劇もあるのだ。たまに少女漫画が悲劇にまみれていたり、少年漫画が冒険にまみれていたりするのもそういうことだろう。友情と勇気から努力が抜けてしまったら、それはきっと、つまらない世界かもしれない。楽しい中にもちょっとしたスパイスとしての悲しみがある。ずっと悲惨なことが続くわけではなく、楽しいこともある。
それに常に無表情で理性的である必要もない。ちょっとぐらい怒ったっていいじゃないか、喧嘩したっていいじゃないか。泣いたり笑ったりするのが人間だ。私は博士の言葉にうなずいた。
「いや、成功成功。さすがだよ T 君。君は本当に優秀なロボットだ。喜怒哀楽の感情も百点満点だよ。ほら頭の上を見てごらん。減点は一切なしだ。ほら、鏡をご覧」
T は、いやヒト型ロボットは鏡を見た。頭の上には『100』の数字が輝いていた。
「というところで、どうです?」
俺は編集長にそっとプロットを差し出した。ここは T のように満面の笑みをだして原稿を差し出したいところだが、それはお話の中であって、今は現実だ。苦笑いをながら原稿を差し出すしかない。
「ボーツッ、これ X の四コマで見たことがあるよ」
俺の頭の上に「0」が浮かんだのは言うまでもない。
【完】
ちょっと、元ネタを忘れたのですが、元の四コマがあったはずなんですよ。きっと、たぶん。
 




