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13階のなまはげオフィス

作者: 日結月航路

筆休みのつもりで、短編の童話を投稿致します。いや、現実逃避ぢゃないですよ!?

皆さんはなまはげをご存じですか?


秋田県に伝わる、恐ろしい鬼のような姿をした神様です。

大晦日の夜に家々を訪れ、「悪い子はいねぇかー!」と叫びながら、怠け者や泣き虫の子どもを探しに来ると言われています。

けれど、なまはげが家に来るのは、その家の人々が健康で幸せに過ごせるようにという願いが込められているのだとか。


この広い世界には、私たちの知らない様々な生き物の世界があるように、もしかしたら、なまはげたちが利用する、不思議な場所もあるのかもしれません。

そして、ふとしたきっかけで、そんな世界へ迷い込んでしまう子どもがいるとしたら……。

これは、そんな不思議な体験をした一人の男の子のお話です。


ある晴れた土曜日の午後。


小学三年生のケンタは、いつものように駅前の本屋さんで夢中になって漫画を読んでいました。


ふと気がつくと、お腹のあたりがムズムズし始めます。


「トイレに行きたい!」


ケンタはパッと顔を上げ、本屋から飛び出しました。


駅前には、以前お母さんと一緒に病院に行ったことのあるオフィスビルがそびえ立っています。

たしか12階に、外の人も使えるきれいなトイレがあったはずです。


ケンタは迷わずそのビルへと向かいました。


エレベーターで12階に着くと運の悪いことに、目的のトイレは「清掃中」の札がかかっています。


「えー!」


ケンタはがっかりです。もう我慢の限界。


仕方なく、すぐそばの非常階段を駆け上がって13階へ。

ここならきっと空いているだろうと考えました。


13階のトイレのドアを開けると、やった! 個室が一つだけ空いています。


ケンタはホッと胸をなでおろし、中に入って鍵をかけました。


用を足して安心した途端、ウトウトと眠くなってきます。

ズボンをはいて少し休憩することにしました。

扉の向こうからは、ビジネスマンらしき男性たちが小用を足しながら、世間話をしている声が聞こえてきました。


「昨日の会議はさぁ」

「いやぁ、ほんとそれな!」


その声が子守唄のように聞こえ、ケンタは一瞬、意識が遠のきました。


どれくらい時間が経ったでしょう。


ふと目を覚ますと、さっきまで聞こえていたはずの話し声がピタッと止まっていました。


代わりに、ずしん、ずしんと、まるで重い何かを引きずるような、不規則な足音が聞こえてきます。

そして、「ガサッ、ガサッ」と、藁のようなものが擦れるような妙な音。


個室のドアの隙間からは、普段見慣れた革靴ではなく、藁で作られた草履のような、ごつごつとした大きな足が見えました。

その瞬間、ケンタの心臓はドクンと大きく跳ね上がりました。

これは、ビジネスマンの足じゃない……!


恐る恐る個室のドアを開けると、そこは信じられないほど静まり返っています。

誰もいません……。


それに壁も床もどこか薄汚れていて、まるで何十年も前の建物みたいです。

いつもお母さんと来ていた、ピカピカのオフィスビルとはまるで違います。


ケンタは不安になって、あたりを見回しました。


その時、どこからか「ガヤガヤ」「ザワザワ」とたくさんの話し声が聞こえてきます。


声のする方へ恐る恐る進んでいくと、開け放たれた会議室のような部屋がありました。

ケンタはそっと中を覗きました。


「ひぃっ!」


そこには、恐ろしい形相のなまはげが、なんと十数匹も腰掛けているではありませんか!

彼らはテーブルを囲み、まるで会社の会議のように真剣な顔で話し合いをしています。


「今年の怠け者はどうする?」

「もっと厳しく回らねばならん!」

「包丁を研いでおくか!」


そして、会議室の壁には、彼らが使う大きな包丁や出刃包丁、さらには藁で作られたケラ(蓑)やハッパ(足半)が、まるで美術品のようにずらりと掛けられています。

その光景を目にした瞬間、なまはげたちが一斉にギョロッとケンタの方を振り返りました。


ケンタは心臓が口から飛び出しそうなくらい驚き、その場に固まってしまいました。

しかし、なまはげたちはケンタに気づく様子もなく、会議を続けています。


「いや、逃げなきゃ!」


ケンタは、我を忘れて一目散にその場から逃げ出しました。


ケンタは会議室から飛び出すと、来た道を戻ろうとしました。


けれど、目の前にはさっきまでなかったはずの、薄暗い倉庫のような空間が広がっています。

どこへ行っても、見慣れない、ちぐはぐな場所ばかりです。

壁のシミや床のひび割れが、まるで生き物のように蠢いているかのようです。


「なまはげだぁ! 悪い子はいねぇがぁ! 怠け者はいねぇがぁ!」


背後からは、数匹のなまはげが、あの恐ろしい叫び声を上げながら、猛烈な勢いで追いかけてきます。

彼らの足音はドスンドスンと響き、そのたびに床が揺れるようでした。

ケンタは必死に足を動かし、曲がりくねった廊下を走り抜けます。


「うわぁぁぁ!」


目の前に突然現れたのは、まるで廃墟のようながらんとしたオフィスフロア。

散乱した書類、ひっくり返った椅子、蜘蛛の巣だらけの天井。

ここは本当にさっきまでいたオフィスビルなの? ケンタは混乱しながらも、ただひたすら逃げ続けました。


「悪い子はいねぇがぁ! 包丁とったかぁ!」


なまはげの声がすぐそこまで迫ってきます。

もうダメだ、捕まってしまう! ケンタは絶望的な気持ちで、目の前の非常階段のドアに飛び込もうとしました。


その瞬間、ドアの向こうから「おや、坊主。こんなところで何してるんだい?」と、穏やかな声が聞こえてきました。


そこに立っていたのは、くたびれた作業着を着た、白髪の清掃員のおじいさんでした。

おじいさんは、手に持ったモップを傾け、不思議そうな顔でケンタを見ています。


ケンタは、息を切らしながら「な、なまはげが! 追いかけてくるんです!」と叫びました。


その言葉を聞いた瞬間、廊下の奥から「ドスンドスン!」という激しい足音と共に、赤鬼と青鬼のなまはげが姿を現しました。

彼らは大きな包丁や出刃包丁を振り回し、「悪い子はいねぇがぁ!」「怠け者はいねぇがぁ!」と、さらに大きな声で叫びながら、ケンタめがけて突進してきます。


それでも清掃員のおじいさんは、まるで動じることなく、静かにモップを床に立てかけました。

そして、なまはげたちに向かって、ゆっくりと語りかけ始めたのです。

その声は、まるで子守唄のような、懐かしい響きを持っていました。


「ゆりかごゆらゆら、まどろむ子らよ。 昔こら、この地の守り神。 春には恵みを。今は、穏やかになぁ。 ちいせぇ命に、慈悲の目を。 また来る春まで、ちょびっと眠ってなぁ。」


おじいさんの言葉は、不思議な歌のように、なまはげたちの心に染み渡っていくようでした。

なまはげたちは、その歌声を聞くと、ピタリと動きを止めました。

彼らの荒々しい表情が、まるで雪が溶けるように、少しずつ穏やかになっていくように見えます。


「……うむ。この老人の歌、心に響く」

「……今年は、これくらいにしておいてやるか」


なまはげたちは、そうつぶやくと、振り上げていた包丁を下ろし、互いに顔を見合わせました。

そして、まるで夢から覚めたように、静かにゆっくりと、来た道を戻っていくではありませんか。

やがて、彼らの姿は薄暗い廊下の奥へと消え、足音も聞こえなくなりました。


ケンタは、呆然と立ち尽くしていました。

目の前で起こったことが信じられません。

おじいさんは、そんなケンタに優しく微笑みかけました。


「ほら、もう大丈夫だよ。さあ、もう遅いから早くお家に帰りなさい」


おじいさんの言葉に、ケンタはハッとしました。

振り返っても、そこにはなまはげの姿はありません。

ただ、薄暗い廊下が広がっているだけです。

ケンタは、まだ少し震える足で、おじいさんを見上げました。


「あの、おじいさん……なまはげは、やっぱり怖いものなの?」


おじいさんは、ケンタの頭を優しく撫でながら、穏やかな声で言いました。


「いいかい、坊主。なまはげはね、本当は悪いものじゃないんだよ。確かに見た目はちょっぴり怖いかもしれないけれど、あれはね、悪いものや、怠け心を追い払って、みんなが元気に、幸せに過ごせるように見守ってくれる、昔からの神様みたいな存在なんだ。だからね、本当は怖いものなんかじゃないんだよ。むしろ、ワシらの暮らしを守ってくれている、ありがたい守り神さ。さあ、もう遅いから、気をつけてお家に帰るんだよ」


ケンタは、おじいさんの言葉を繰り返し心の中で唱えました。

守り神……。

そうか、怖いだけじゃないんだ。

少しだけ、なまはげへの恐怖が和らいだ気がしました。


ケンタは、おじいさんに深く頭を下げると、言われるがままに階段を降りていきました。

一階に着き、ビルの外に出ると、そこにはいつもの駅前の風景が広がっていました。

夕焼けに染まる空を見上げながら、ケンタはふと、おじいさんの後ろ姿を思い出しました。

その背中が、どこか遠い昔に、自分と同じように迷い込み、誰かに導かれたかのような、深い物語を秘めているように見えたのは、気のせいでしょうか。


駅前の雑踏に紛れながら、ケンタは先ほどいたビルを見上げました。

特に変わった様子もなく、ただそこにあるだけの、ごく普通のオフィスビルです。


けれどケンタの心の中では、あの13階というフロアが、まるで別の世界と繋がっていたかのように、特別な場所として記憶されました。

13という数字は、古くから魔力や神秘が宿るとされ、時に幸運を、時に試練をもたらすと言い伝えられています。

ケンタにとってあの13階は、まさに不思議な世界への入り口であり、守り神との出会いの場所だったのかもしれません。


ケンタは、あのなまはげたちは幻だったのか、それともおじいさんが助けてくれたのか、いまだにわかりません。

ただ、あの日の夜の出来事と、不思議な清掃員のおじいさんの歌声、そして「守り神」という言葉は、ケンタの心に深く深く刻み込まれたのでした。

そして、それ以来、ケンタは駅前のオフィスビルのトイレには、絶対に近づかないと心に決めたのでした。

とても眠たくて気持ち良くウトウトすることってありますよね? ひょっとすると、現実と別世界への狭間が見え隠れする状態なのかもしれません。

ケンタのように迷い込んだ際には、くれぐれもご注意下さい……。

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