2話 最弱の視界
世界は、変わった。
それはただの比喩じゃなかった。
あの通知が来た瞬間から、本当に、世界そのものが別のルールで動き始めた。
テレビも止まり、街の音も消え、空も時間も――すべてが変わった。
そして、“それ”は、俺たちの教室でも始まった。
カズマは動けないまま倒れていて、カレンは――死んだ。
土井マサトが、初めて“人を殺した”プレイヤーになった。
スキルを得て、レベルが上がって、力を手にした“殺人者”。
だけど……俺は――
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【風間レン|LV1|HP1|スキル:???|状態:困惑/恐怖/拒絶】
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何も変わっていなかった。
「なぁ……レン、何が起きてるんだよ……」
机の下で、目を伏せていた俺に、カズマがかすれ声で言った。
彼はまだ助かっていた。足は麻痺してるが、意識はあった。
だけどその目は、俺に向けられてなかった。
カズマの視線の先――そこにある“ステータス画面”を、俺は知っている。
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【カズマ|HP:10/状態異常:麻痺(残り5分)/精神状態:混乱】
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「……俺、死ぬのかな……? なあレン……お前、なんか……見えてんだろ?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
俺の“スキル”――
それが何なのかは、未だにわからない。
けど、俺だけが、全人類の情報を“見てしまう”という事実だけは、はっきりしている。
(なんで、俺だけ……?)
「見えてるんだろ? だったら……俺たちに、教えてくれよ……何をしたら、生き残れるのかって……」
カズマが俺にそう言い、俺はようやく顔を上げる
俺は――
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【選択肢が現れる】
1.「……逃げよう。ここから」
2.「戦うしかない。……でも俺には無理だ」
3.「俺のスキルを、試してみる」
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(……どうする?)
心の中で問われた。
全世界が、もうこのゲームの中にある。
逃げ場なんて、もうどこにもない。
「……戦うしかない。……でも俺には無理だ」
気づけば、そう口にしていた。
カズマは、黙っていた。
俺の目をじっと見つめるだけ。
その表情は、責めるでもなく、諦めるでもなく――ただ、受け入れているようだった。
「……そっか。じゃあ、俺が守るわ」
「は?」
「お前、なんか見えるんだろ? だったら情報役やってくれ。俺が戦う」
「お、おいカズマ、お前まだ麻痺が……」
「さっきアイテム通知で出てた。『状態異常回復:空気中に10分経過で解除』って。もうそろ治る」
言ってる間に、カズマの足先がわずかに動いた。
(こいつ……冷静だ。さっきまで殺されかけてたのに……)
けど、わかってる。
俺のこのスキルが、ただの“チート”なんかじゃないことを。
――呪いだ。
誰が何を考えてるのか、今にも人を殺しそうなやつが誰なのか、
何人が死んだのか、どこでどんなスキルが発動されたのか。
見たくなくても、全部、流れてくる。
(世界中が見える、ってことは……誰が俺を殺そうとしてるかも、全部……)
そう考えたとき、ふと、視界の隅に異様な通知が現れた。
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【ミッション:開始】
【サプライズイベント】《逃走禁止ゾーン:開放》
この建物の5分以内に行動を起こさない者は、自動で“処分”されます。
残り時間:04:59
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(な、に……? 動かなきゃ、殺されるってことか!?)
すぐに、カズマの視界にも表示されたらしく、彼は立ち上がった。
「動くぞレン! とりあえずどっか安全な場所に移動だ!」
「で、でもどこに!?」
「保健室! 医療系アイテムある可能性高いし、窓少ない!」
俺たちは同時に駆け出した。
教室に残ってる奴らも、それぞれバラバラに廊下へと走っていく。
パニックと殺意の入り混じる足音――
だけど、俺の視界には、それ以上のものが見えていた。
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【プレイヤーID:JP-038441|中嶋ユウナ|スキル:幻覚誘導(準備中)|ターゲット:中島カズマ】
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(……狙われてる!?)
咄嗟に、カズマの背中を引っ張った。
「おいレン、な――」
「来る!」
叫んだ瞬間、視界が歪んだ。
カラフルな靄のようなものが、俺たちの目の前に広がったかと思うと、廊下の壁が“ぐにゃり”と曲がる。
「幻覚か……!? ユウナのスキルだ!」
「……お前、見えてんのかよ、ほんとに……!」
「こっちじゃない! 右! 階段から保健室へ!」
カズマは迷いなく走った。俺の言葉だけを頼りに。
(……俺は、戦えない。でも“見える”。)
(なら――俺がこの情報で、仲間を生かすしかない)
それが、俺の戦い方だ。
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【残り時間:00:53】
保健室に到着。探索開始。
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中は静かだった。
カズマがすぐにロッカーを開けて、包帯、注射器、錠剤、そして何かのスプレーを手に取る。
「これ、全部スキャンしてくれ! 使えるかどうか!」
「わ、わかった!」
スプレーに目をやる。
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【名称:ステータス強化剤(小)|使用者の筋力+1(5分)】
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「それ使え! 筋力上がる!」
「了解!」
カズマが一気に噴射。身体に力が入る様子が見て取れる。
次の瞬間――
またしても、世界が揺れた。
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【重大通知】
ボスモンスター《ルートガーディアン・TYPE-Z》がこの建物内に出現しました。
出現場所:体育館
撃破報酬:スキル「空間裂き」/EXP+10,000/レアアイテム2つ
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「……おいレン。今の見たか?」
「ああ、バケモン来る……しかも俺たちの校内……」
「……行くしかねぇだろ」
「……は?」
「倒せば一気にレベル上がる。生き残れる確率が上がる。だったら、行く」
「でも、相手は“ボス”だぞ……!?」
「大丈夫だ。俺には“お前”がいる」
カズマはそう言って、スプレーをもう1本握った。