1話 始まりのベル
教室の空気は、梅雨明け前のように重苦しかった。
「なあ、レン……なんか、空、おかしくね?」
隣の席のカズマが、ぽつりとつぶやいた。
風間レン――俺は何気なく窓の外を見た。
……空が、“止まって”いた。
昼下がりの青空が、まるで写真のように静止していた。
雲も動かず、鳥も飛ばず、風も吹かない。
そして、次の瞬間。
〈全人類に通知〉
誰かの声ではない。
意識の奥底に直接流れ込んでくる、ノイズ混じりの無機質な音。
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【人類87億人、全員の強制参加が確認されました】
これより、「全人類バトルロワイヤル」を開始します。
あなたの使命は、最後の1人になるまで生き残ること。
死ねば即終了。
現実世界そのものが、あなたのフィールドです。
⸻
「え……?」「え、え、なにこれ……?」
教室中がざわめき、次第に悲鳴と動揺の波が広がっていった。
スマホはすべてフリーズ。電波もWi-Fiも、すでに死んでいる。
やがて、俺の視界にだけ、何か“透明な表示”が浮かび上がった。
文字。数値。アイコン。ステータス欄。
RPGの画面みたいなそれが、クラスメイト一人一人の頭上に重なっている。
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【名前:宮前カズマ|LV3|HP25|スキル:ハイスピード】
【名前:佐々木タイチ|LV2|HP22|スキル:皮膚硬化】
【名前:柏原カレン|LV1|HP15|スキル:気配遮断】
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(……何これ?)
息が詰まった。
俺だけが、この情報を“見てしまっている”。
自分自身に目を向けると、透けた文字が浮かんだ。
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【風間レン|LV1|HP1|スキル:???】
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(俺だけ、最弱……?)
指も震える。心臓も痛いくらいに打っている。
わけがわからない。これは夢だ。絶対に夢だ。
なのに――
「……うぅ……」
うめき声。
視線を向けると、佐々木タイチが机に突っ伏していた。
(やばい、やばい、やばい)
顔面は蒼白、口元から泡を吹いている。
誰かが駆け寄ろうとした、その瞬間――
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【死亡確認:佐々木タイチ】
死因:ゲーム導入時の不具合
現在の生存者数:86億9,999万9,999人
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誰かが息を呑み、教室が凍りついた。
(本当に、死んだ……?)
「ふざけんな……なんだよこれ……!」
「これ、ゲームじゃねぇだろ!? 誰が止めんだよッ!」
悲鳴と怒号が入り乱れる中、俺だけが、目の前の“ステータス表示”を見て震えていた。
この世界は、もう変わってしまった。
“ゲームのような現実”じゃない。
これは――現実そのものが、ゲームに変わったんだ。
昼休みが終わるはずのチャイムは、もう鳴らなかった。
スマホも黒いまま。電波はゼロ。
先生も来ない。校舎内には、もう俺たち以外の気配がなかった。
窓の外には、奇妙な光の壁。まるで校舎を丸ごと包むドームのように、歪んで見える。
「く、クソ……出られねぇ……! ドアも窓も全部、ビリビリするだけだ!」
クラスの運動系男子たちが出口に突っ込んでは感電し、のたうち回っていた。
「“生き残れ”って……マジでやるしかないってことかよ……?」
俺はまだ席に座ったままだった。
心臓の音が、さっきからずっと耳の奥で響いてる。
誰の声も、ちゃんと頭に入ってこない。
さっきから、俺の目にはずっと表示されている――情報の嵐が。
ステータス、スキル、HP、精神状態、アイテム。
全員の、全部が、わかってしまう。
目を合わせたクラスメイトの名前の横に、こんな表示が出た。
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【計画中:攻撃対象の選定】
【状態:不信/警戒/恐怖】
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(やっぱり……みんな、もう始めてる)
怖かった。
誰かが“殺す”準備を始めてるのが、わかってしまう。
俺は見えてしまう。
見たくないのに――。
そのとき、動いたのは、あの女子だった。
「……柏原カレン!? 何して――」
カズマの叫びの直後、何かが風を切る音。
ドスッ!
カズマの太ももに、小さな金属の針が突き刺さっていた。
同時に、カレンのスキル欄が変化した。
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【スキル使用:気配遮断 → 投擲強化】
【使用アイテム:麻痺針】
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「っ……あ、ぐ、ぅああああ……!」
カズマが崩れ落ちる。
目は虚ろ。口が動いても声が出ない。
カレンは表情ひとつ変えず、もう1本の針を取り出した。
(ま、待て……止めなきゃ……殺される……)
足が動かない。
喉が閉じる。
でも、俺の視界は、はっきりとこう告げていた。
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【柏原カレン|キルモード:ON|ターゲット:複数選択中】
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止められるわけがなかった。
そのとき――
別の机の下から、飛び出してきた男がいた。
「うおおおおあああああああ!!!!!」
野太い叫びとともに、椅子を持ち上げた金髪の男が、カレンに突撃した。
「死ねやああああああ!!」
――鈍い音。
――スプラッシュ。
――ステータス表示が、赤く染まる。
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【死亡確認:柏原カレン】
死因:頭部陥没
殺害者:土井マサト(ID:JP-051082)
現在の生存者数:86億9,998万9,789人
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床に広がる血の池。
土井マサトは、呼吸を荒げながら、叫んだ。
「いいかテメェら! これが“ルール”だ!! 殺すか、殺されるか!!」
教室の空気が、変わった。
誰も、もう元の世界には戻れないと悟った。
俺の視界には、新たな通知が表示されていた。
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【殺害ボーナス:ステータス+3/ランダムスキル1獲得】
土井マサト:LV1 → LV2
新スキル「接近衝撃」獲得
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「……やばい、こんなの、マジで殺し合いじゃん……」
俺は、机の下で小さく呟いた。
(こんな……こんな世界で、俺はどうすればいい……?)
まだまだ未熟ですので、多少変なところもあると思います。
これからよろしくお願いします。m(_ _)m