第7話「イデアの檻」
——あまりに美しい場所だった。
ユウとニーチェくんが辿り着いたのは、白亜の建物と豊かな緑に囲まれた“理想の村”だった。
「ここは……別世界か?」
清らかな川、穏やかな人々、完璧な調和。空気まで澄んでいるようだった。
「ここは、イデア教団が管理する“最も理想に近い共同体”だゾ」
ユウが言葉を失っていると、静かに足音が近づく。
「ようこそ、再び会えたことを嬉しく思います」
現れたのは、白銀のローブをまとう少女——ソフィアだった。
「あなたがかつて逃れた“影の洞窟”の先に、光の世界があると証明したかったのです」
ソフィアの案内で村を歩くと、人々は笑顔で挨拶し、互いを助け合い、争いも差別もなかった。だが——。
「……なんか、気味悪い」
ユウはそう呟いた。
「みんな、同じ顔してる。いや、違う。表情は違うのに……言ってることが、全部“正しい”んだ」
誰もが「善こそすべて」「美は真理である」と答える。
「“正しさ”だけが支配する世界。それは、“思考の自由”を凍らせるゾ」
ニーチェくんの声は低かった。
ユウは村の奥、ある少年と出会う。彼は、ユウの問いかけに対し、こう言った。
「正しさを疑うのは、不安になるから。疑うくらいなら、信じたい。それが、安心なんだ」
ユウはその言葉に言い返せなかった。
——確かに、正しさに身を委ねる方が楽だ。誰かに導かれた方が、生きやすい。
だが、ふと脳裏にリラの言葉が蘇る。
“自由であることは、孤独と向き合うことでもある。”
その瞬間、ユウは静かに言った。
「ここに、俺はいられない」
ソフィアは一切驚かなかった。ただ、微笑んだ。
「また、いつでもお帰りなさい。あなたが疲れたとき、ここは変わらず在り続けます」
ユウは背を向けて歩き出した。
理想とは、必ずしも“幸せ”を約束するものではない。
——だからこそ、自分で問い、選び続けるしかないのだ。