第6話「友情か、原理か」
——その村は、静かに燃えていた。
「火事か!? ニーチェくん、急ごう!」
ユウが走り出すと、すでに何人かの村人が逃げ惑っていた。原因は山から降りてきた巨大な魔獣。村の防衛はおろか、反撃もできずにただ混乱していた。
そこに、ひときわ鋭く魔獣を切り裂く光が走った。
「クラウス!」
ユウが叫ぶと、銀髪の騎士はちらりと振り返り、微かに頷いた。
「貴君も来たか。手を貸せ」
二人は見事な連携で魔獣を追い払い、村を守り抜いた。歓声と感謝が二人に向けられるが、クラウスは表情を変えない。
「この村は、“定言命法”に反した慣習を保持している。裁きを下す」
「……は?」
ユウは耳を疑った。
「何言ってんだよ! 今助けたばっかじゃないか!?」
「それとこれとは別だ。規範は普遍的でなければならない。感情に左右される判断は、倫理ではない」
クラウスの瞳には一片の迷いもない。
「彼らは“共同体のために自己犠牲を強制する祭事”を続けている。それは他者の尊厳を踏みにじる」
ユウは怒りとも困惑とも言えぬ感情に駆られた。
「じゃあ、“彼ら自身が望んでそうしてる”っていうのは、間違いなのかよ!?」
「“本人が望んだ”という主観は、普遍的道徳にはなり得ない」
「……それが、お前の正義か」
クラウスは答えない。ただ、剣を鞘に納める。
「今回は保留とする。だが私は、いつでも理性に従う者だ。感情に流されぬこと。それが、信念だ」
「信念、ね……」
二人の間に、重い沈黙が流れる。
やがてクラウスは村を後にし、ユウもその背を黙って見送った。
「……あいつ、嫌いじゃない」
ユウの言葉に、ニーチェくんが静かに呟く。
「矛盾のない論理ほど、時に人間を苦しめる。でもそれは、弱さじゃない。“意志”のかたちの一つなんだゾ」
——信念と友情、原理と現実。その狭間で、ユウの思索はまた一歩進んだ。