第5話「価値とは、誰のもの?」
——喧噪の中に、哲学があった。
ユウとニーチェくんは、“思想市場”と呼ばれる町に足を踏み入れていた。
「ここでは、思想が“商品”になるのだゾ」
「商品って、……どういう意味だよ」
辺りを見渡せば、活気ある露店が立ち並び、人々が熱心に議論を交わしている。
「この“幸せ保証パッケージ”が今なら3割引きです! “効率至上主義”もセットでどうぞ!」
「“自由意志強化スキル”と“選択回避癖”のバランス調整済み! オススメですよ!」
ユウは呆然と立ち尽くした。ここでは、思想——つまり「生き方の方針」が、まるでスマホアプリのように取引されているのだ。
「……みんな、自分の考えってないのか?」
「それは“ない”というより、“考える余裕がない”のかもしれないゾ」
そう呟いた声に、振り返ると、そこに立っていたのは、一人の少女だった。
落ち着いた瞳、知的な雰囲気。彼女は自身を「思想研究家のアリシア」と名乗った。
「この町では、“売れる思想”ばかりが力を持つ。“本当に信じたい思想”は、いつも少数派」
アリシアはユウを連れて、市場の裏手にある広場へ案内した。
そこでは、疲れきった表情の人々が黙々と“思想のアップデート”を受けていた。
「誰かの理論で“救われた気”になっても、それは“自分の言葉”じゃない。だから、すぐ壊れる」
ユウはその光景を見て、胸が締めつけられるようだった。
「じゃあ……俺は? 俺の“力への意志”も、誰かの思想に乗っかっただけなんじゃ……」
「違うゾ」
ニーチェくんが、ぴょんと跳ねて前へ出る。
「キミがあの時、自分の人生を“然り”と肯定したのは、誰かの言葉じゃなく、“自分の叫び”だったゾ!」
その言葉に、ユウは拳を握った。
「……そうか。誰かの言葉じゃなく、自分の言葉で、生きてみせる」
彼の中にまた一つ、確かな“意志”が芽生えた。
市場の喧噪が、どこか遠くに感じられた。
——他人に売られた価値じゃない、“自分の価値”を創る旅は、まだ続く。