第2話「哲学って、強いのか?」
——石の床は冷たく、空気は息苦しいほど静かだった。
ユウは目を覚ますと、そこが牢屋の中であることに気づいた。光は一筋の天窓から差し込むだけ。壁には、謎の幾何学模様と「善なる者だけが理想を見いだす」と刻まれた碑文。
「……なんだよここ……ってか、なんで俺、縛られてんの?」
「“現象界”に囚われた者よ。あなたの魂を理想へ導くため、あなたを浄化します」
荘厳な声とともに現れたのは、白銀のローブをまとう少女だった。真っ直ぐな瞳と静かな笑みが、どこか異様に見える。
「……誰?」
「わたしはソフィア。この“イデア教団”に仕える者です。あなたの魂は、現実という影に縛られています。真の善、美、正義を知らぬままでは、あなたは生を生きているとは言えません」
「いや、あの、いきなりなんの話?」
「すべての存在には役割があります。あなたにも、“本当のかたち”があるはず」
少女は指先を振ると、周囲の壁が光を帯びた。すると、ユウの過去の記憶が次々と浮かび上がる。仕事に追われ、他人の顔色を伺い、何も言えず、ただ消耗していく姿——。
「やめろ!!」
「これはあなた自身が作り出した“影”です。あなたは、影の牢獄の中にいる」
ユウは頭を抱え、叫んだ。
「ちがう……俺は……俺は、こんなふうに生きたかったんじゃない!」
その瞬間、天窓から差す光が強くなり、影が一瞬揺らぐ。
「ならば、自分の意志で“洞窟”から出てきなさい」
「……誰の意志でもない。俺の——俺自身の……!」
手錠が崩れ落ちた。ユウの内から、微かな“力”が解き放たれる。
そこへ、タイミングよく跳ねて現れたのが、あのウサギ。
「おおっと脱出イベントだゾ! 哲学とは“現実を乗り越える意志”なのだッ!」
「ニーチェくん!? もっと早く来いよ!!」
「試練のなかでこそ、人間は変わるのだゾ!」
牢獄の壁を突き破り、ユウは外の光へと走り出した。
背後でソフィアは静かに呟いた——
「まだあなたは、“善のかたち”を知らない……」
——少年の哲学旅は始まったばかり。
次なる出会いは、“理性の騎士”と“定言命法”だった。