第1話「さよなら現代、こんにちは哲学」
——目覚まし時計の音すら、もはや聞こえない。
一ノ瀬ユウ、23歳。かつては平凡な高校生だったが、今はブラック企業に飲み込まれた若き社畜。
「納期、終わってない? いや、寝たら死ぬ……寝たら、納期に……」
ガリガリに痩せた体で、ユウは夜の街をふらついていた。コンビニの明かりがまぶしく、スマホに映る未読のLINEはもう300件を超えている。
——それでも、誰もユウの本当の気持ちには気づいていない。
そして、横断歩道を渡ろうとした瞬間——
世界が、止まった。
いや、正確には、ユウが倒れたのだ。
* * *
意識を失った彼が、目を覚ましたのは、まっしろな“虚無の空間”だった。
「……どこだ、ここ……?」
重力も音もないその場所で、ユウは自分の存在すらあやふやになるのを感じていた。そこへ、突然響く声。
『神は死んだ。次は——お前の番だ。』
「は? 誰……?」
『この世界に“意味”を与える者となれ。一ノ瀬ユウ』
神のような、機械のようなその声は、そう言い残して消えた。
そしてユウの目の前に、突如現れたのは……ウサギだった。
「ようこそ、哲学的異世界へ! 案内役のニーチェくんだゾ☆」
「……は?」
「さっきの声? 神だよ、でも死んだ。だから君が“超人”になって、世界に意味を作るんだゾ!」
「いや意味わかんねぇ……」
「意味は自分で作れ! それがニーチェ哲学の真髄だゾ!!」
ふわふわと浮くウサギに翻弄されながら、ユウの身体は光に包まれていく。
「ちょ、待っ——!」
光に飲み込まれたその瞬間、彼の“哲学的”転生が、始まった。
* * *
目を覚ますと、そこは石造りの塔の中。
見下ろす大地は、空想じみた中世ファンタジーのような風景。
「……マジかよ……」
混乱するユウの頭上で、再びニーチェくんが飛び跳ねる。
「ようこそ“意志の国”へ! ここは思想が“魔法”になる世界だゾ! キミの武器は“力への意志”。生きるとは、価値を創ること——その第一歩を踏み出せ、超人候補ユウ!」
——現代社会で意味を見失った少年は、いま、価値を創り出す旅へと出る。
哲学とは、人生の“攻略法”だ。
そしてその物語は、ここから始まる——。