活動報告書ーーカロンの場合
部屋に入ると、エーレが難しい顔をして、紙の束を見ていた。
その隣でリーベも同じことをしていて、シュトルツは二人にお茶を入れている。
僕、なんか入る部屋……間違えたかな?
レギオン本部に併設されている宿屋。
そこを拠点に僕たちはしばらく、動くことになっていた。
僕が入ってきても、誰もこちらを見ようとしない。
あのシュトルツでさえも、紙の束――書類を仕分けながら、一枚取り出して、眺め始めた
どう考えても、邪魔ものっぽいなぁ。
彼らが本以外のものをあんな真剣に読んでいるところは、初めて見る。
そろりと足音を殺して、近づき、紙の束を眺めてみると一番上には「活動報告書」と書かれていた。
活動報告書?
しかも、それを書いたクランは、僕たちのクランーーカロンではない。
どうして、他のクランの活動報告書なんて……
パラパラ捲ってみると、他にもレギオン合同作戦情報や、他クランの基本情報、詳細行動記録、極秘任務の概要、一時的な監視、保護対象リスト、クラン間の密告・内部告発記録などがあった。
レギオン本部が決めた順守項目はたったの7つ。
レギオンの合同作戦は任意であり、強制ではない。
だから、カロンは絶対に参加しない。
その上、他のクランと交流を持つことを避けている。
なのに、どうしてこんな書類を……
「ちょっと、手伝うか大人しくしてるか、どっちかにしてくんない?」
活字の嫌いなシュトルツが、書類を読んでいるせいか、普段より険のある声色で言って来た。
「手伝うっていっても、何してるんですか?」
「はい、これ」
そう言って渡してきた、紙きれ。
そこには調べようとしている内容だろう――一覧が綺麗な字で書かれてあった。
この流れるような達筆はエーレの字だ。
レギオンランク1位~3位までの活動報告内容。
クラン同士の交流情報。
依頼人が帝国、聖国の場合の概要。
クラン問わず、商人護衛時の任務の越境ルート。
どうしてこんなもの……
これからの作戦に必要なのかもしれないけれど、彼らは毎回こんなことをしていたのか。
そもそもレギオンはよく、持ち出しを許可したなぁ。
まぁ、ここはレギオン本部の宿だし。
どうせ半分、脅したんだろうけど。
「ま、そこに書いてあるのは、ついでだけどねぇ」
手が増えたのが嬉しいのか、シュトルツが数枚の紙をペラペラさせながら、ソファーに座り込んだ。
「ついでってエーレは何してるんですか?」
邪魔にならないように、束を抱えて、シュトルツの隣に座った後、エーレを見る。
彼は珍しく、黒縁の眼鏡をかけていた。
普段、本を読むときはかけていないのに。
いつもの険しい表情のままだけど、眼鏡をかけているだけで全然印象が違う。
黒縁のオーバル型。レンズが少しだけ色がついている。
「どうして、エーレ眼鏡かけてるんですか?」
シュトルツに耳打ちしてみる。
「あー、保護用だよ。
本は好きでも、書類は嫌いだからね。
ストレス具合で、目の疲労って変わってくるじゃん?」
エーレは一人で机に向かって、ああでもないこうでもないと何やら書いている。
彼がそんなに悩むなんて、珍しい。
「エーレさんの眼鏡姿、素敵だよねぇ。惚れ惚れしちゃう」
「まぁ……」
彼らの見場がいいなんてこと、最初から思っていたけど。
エーレ大好き人間のシュトルツからしたら、そうなんだろうなぁ。
オーバル型の眼鏡は、なんだかんだ似合っているし、見る分には、いつも以上に聡明さが増してて、怖さは半減してる。
どうせなら、いつもかけてくれてる方がいいかもしれない。
そう思いながら、僕は手の中の書類に、目を落とした。
部屋にはかなり長い時間、沈黙が漂っていた。
聞こえてくるのは、紙の上にペンが走る音と、紙を捲る音。
それを破ったのは、エーレの癇癪染みた声だった。
「ああ! もうどうでもいいだろう! こんなもん!」
そう言って、エーレはペンを乱暴に紙の上に走らせ始める。
前言撤回。
眼鏡をかけていても、エーレはエーレだ。
全然、怖い。
書き終えて、ペンを置いたエーレが「シュトルツ」と不機嫌そうに呼んだ。
「お疲れ様」
そう言って、一枚の紙を受け取った彼。
僕は気になって、その紙を覗き込むために立ち上がった。
それは、報告活動に関する用紙だった。
【レギオン本部宛:活動報告書(提出強制)】
提出者:クラン「カロン」クランマスター エーレ
1 作戦名:王国のどっかの魔物浄化(作戦名なんて知らん)
2 実施日:××××年 6月の中旬辺り
3 経過報告:敵生体出現→浄化→以上(詳細が必要なら、現地に誰か向かわせろ)
4 損傷・損失状況:
部隊損傷:雨で服が濡れた
人的損失:なし
5 特記事項:
途中までの馬車が大雨のせいで、立ち往生した。まともな馬車よこせ。
帰りに賊に出くわして、殲滅。放置してきたから、必要なら処理してくれ。俺たちの任務範囲外だ。責任は取らん。
6 総評:
報告書なんて面倒くせぇもん書かせるな。どうしても必要なら、文官に来させて、口頭で伝える。以上。
あー、大雨の時の魔物浄化依頼か。
雨のせいで、始終エーレが不機嫌だったやつだ。
まさかこれを書くのに、あんなに時間がかかってたのか……?
というか、これ活動報告書って言ってもいいの?
最後完全に文句だけど。
「自分だけするのは、不公平だからって俺たちに必要になってくる情報整理させてたんだよねぇ」
シュトルツが半笑いで、僕を見てきた。
「活動報告書なんて、定期的に提出するし、今まで散々出してきたんじゃ?」
すると、今まで沈黙していたリーベが、書類をテーブルの上に置いて、こちらを見た。
「活動報告? 必要か?」
「え?」
一番、まともだと思っていたリーベの発言に僕は開いた口が塞がらなかった。
「いや、これ提出強制って書いてあるし。逆に今までどうしてきてたんですか!?」
「え、無視してたけど」
当たり前のように言ったシュトルツ。
レギオンランク4位のクランが、これでいいのか……
「今回は色々あったし、どうしてもレギオンマスターに頭が上がらなくてな。
書いてやるから、他の書類を寄越せと言ったんだ」
眼鏡を外して、椅子に凭れたエーレ。
「他のクランの活動報告書も似たりよったりだ。
アヴィリオン(1位)も同じくらい適当だし、ブラッドハウンズ(3位)は文字すらまともに書けてねぇ」
あー、僕はそのクランの面々を想像して、納得した。
「ジュティケイター(2位)は?」
すると、僕以外の3人が一瞬、沈黙する。
そこに、リーベが一枚の紙を渡してきた。
用紙びっしりに書かれた活動報告書。
鉄律のジュティケイターと呼ばれるーー堅苦しいレギオンランク2位のクラン。
時間なんて、秒単位で書かれてある。
「参考になるわけねぇだろ」
エーレが吐き捨てるように言った。
「じゃ、俺これ出してくるから」
シュトルツが持っている紙をひらひらさせて、部屋を出ていく。
僕はなんだか、レギオンの職員が気の毒になってきた。
レギオンに所属するクランーー傭兵たちは皆、個性が豊かだし。
その中でも、トップランカーたちは特にだった。
レギオンのランキングは総合評価順。
僕たちカロンは実力こそあれど、レギオンの合同作戦には参加しないし、他のクランの支援もしない。
いくら実力があっても、その分の貢献度はマイナスされてる。
それでもレギオンランクは4位。
「エーレって書類仕事苦手なんですか?」
「好きなやつなんかいねぇだろ」
「難しい本は読んでるじゃないですか」
エーレとリーベは学者並みに、魔法理論書を漁って読んでる。
「書類はリーベの方が得意だろ。シュトルツは論外だしな」
「まぁ、私は嫌いではないが」
お茶のカップの底をリーベに振って、示したエーレ。
「俺は必要性を感じることしかしない。
そもそも、やることはきっちりやってんだから、報告書なんていらねぇだろ」
いまだに機嫌が直りきらないエーレを見て、僕はため息をついた。
貴方たちが必要性を感じなくても、レギオンには必要なんだと思いますよ‥‥…
勿論、口には出さない。
知るか、だとか、俺たちには関係ないだとか。
そんな返答が返ってくるのが目に見えてる。
「出してきたよ〜。
快く受け取ってくれたから〜、苦笑いしてたけど」
シュトルツが楽しそうに帰ってきた。
苦笑いって、もうそれ、快くではないと思います。
「あの、一つ提案していいですか?」
考えるより、先に僕は手を挙げていた。
3人の視線が集まる。
「今度からその報告書、僕が書いてもいいですか?」
「は?」
エーレに凄まれた。
え、さすがに差し出がましい提案だったか?
「そういうのはもっと早くに言え! 遅ぇんだよ!」
そっちかー
もう本当に、レギオン職員の皆さん、ごめんなさい。
僕は心の中で、全レギオン職員に謝った。
眼鏡をかけたエーレさんを書きたかっただけなのに、何故か報告書ネタになってしまいました。
なんかあんまり面白くなくてすみません。