第8節 その後の高橋、帰宅後の俺
つまらなくなった食堂とはおさらばしてアフター待機部屋に戻った俺はハンディパソコンを出してチーム・ビッグマックのコミュニティサイトへ入り、隊長のリョウさんの作戦プランの書き込みをチェックした。
俺は考えることはてんでダメダメなんでリョウさんの指示に対しどれだけ忠実に動けるかという点に力を入れていつも行動している。
リョウさんを司令塔として今まで市街地戦を得意としてやってきたチームだったんだが、「これからはチームのレベル底上げを図るためにフィールド戦ベースのトレーニングを当面やりたい」なんて書かれていた。そのメッセージの横にはリョウさんのキャラ、日に焼けた感じのいい男フェイスの白人がVサインを出してニコニコしている。テンションあがってるようだ。俺は「ガッテンだ」と返事しておいた。
「永沢さん、さっきはありがとうございました」
そこへ高橋が来た。
「なんだよ、あらたまって気味悪ぃ」
「俺に気ぃ使って席外してくれちゃったんですよね? おかげで鹿島さんとのメルアド交換が達成できましたよ」
高橋の奴はそんなことを思ってたのだな。まあ、良い方に解釈してくれてたんだから悪いこっちゃないな。
「なーんだ、そんなことか。そんなもん、俺が教えてやったのに」
「それじゃあ、ダメなんですよぉ。やっぱり本人との会話を構築していく中から自然に連絡先を教え合うっていうこの展開、組み立てが将来に繋がるんですよ。楽しちゃダメっす」
まったく高橋には関心するよ。かなり熱くなってるみたいね。でも人の恋愛の様を見ていると面白いわ。
「おまえ、本当に本気なんだなぁ」
「本当に本気っすよ。改めてさっき、俺は鹿島さんに惚れてるなって自覚しましたよ」
腕を組んでしみじみと語るアニキャラ高橋。
「そうかそうか。上手くいくといいなぁ」
なーんて俺が本気で思っているわけはない。人の不幸は蜜の味、なんて言うだろ?
「久々に恋愛本気モードに入ってるんで頑張りますわ」
と、俺の思いを知ることなく高橋は俺に向かってVサインを出して言った。
一日の活動のうち半分は当然ここで仕事してるわけで、仕事も慣れてくると退屈してきたりするんだな。そういう中ではこういったイベントがなくちゃ、ちっとも面白くない。これで当分は高橋の恋愛話で楽しめそうだ。
しかし、俺にはよくわからんのだが、恋愛は頑張るものなのか? 努力が苦手な永沢守32歳。座右の銘は“茄子がママなら胡瓜はパパ”なのだ。
さて、午後のお仕事もきっちりと済ませ早番定時の5時になると俺達は「またな」といって退却。実際のところ最近睡眠不足ぎみでかなりダルさがきてたから俺は帰って今日はゆっくり寝ることにした。
家に帰るといつも通りすぐさまバケットシートに体を押し込めパソコンを起動させた。するとパソコンモニターに新着の動画メールを知らせる表示が点灯していた。わざわざ動画メールをよこす奴はほとんどいない。俺は嫌な予感がした。
『守、母さんだよ。たまには連絡くれたらどう……』
予感的中だ。小うるさいおせっかい婆さんだった。これ以上、顔も声も聞きたくねぇから即消去。まったく、疲れるぜ。いつまで子供扱いする気なんだよ。
「はぁ……」
嫌なものを見ちまって溜息がオートで出る。そしてそんな事はとっと忘れることにして俺は分身、ライアンとなってチーム・ビック・マックのブリーフィングルームに入る。まだ時間が早いせいか誰も入っていなかった。
ちなみに俺の分身は自分に似せた体格とツラにしてある。っていうのはこのツラと体格のくせにサクサク動いてできる男になれる感覚が味わえるからだ。バーチャルだからって俺は男前キャラにするとか、女キャラでネカマをやりたいなんて気は全く起きない。だから敢えてチャットや交信の際の声も生声だ。そのくせ名前がライアンっていうのはギャップが面白いだろ?
ブリーフィングルームには人数分の机が用意されていて、正面には作戦プランなどを表示するモニターが置かれている。俺はその横にある伝言板に「今日は休息させてもらいます」と書き残してそのまま寝ることにした。
が、ネットから抜けて入眠用音楽をかけたとたんスマートフォンが鳴った。
俺はスマートフォンを手に取って表示を見るとお袋の名前が出ていた。
「くそっ、うっとーしいーなぁー」
俺はこのまま放置しておこうかと一瞬思ったが、このまま放置しといたら何度も電話がかかってくる可能性の方が高いと思って、しゃあないんで出てやった。
「はい」
『ああ、守かい? 母さんだよ』
「わかっとるわ」
『なんだい、その口は』
「この口はこの口だ」
『まあいいわ。で、今度の見合いはいつ?』
「なんだよ、うるせぇなぁ。そんなのいつだっていいだろーが」
『よく無いわいよ。もういい加減、早く落ち着いてほしいのよ。早く独り立ちしてくれたは良いけれど、いつまでも独りでゲームばっかりやっていてほしくないのよ』
「そんなの俺の自由だろうが。別にちゃんと仕事だって真面目にやってるっしょぉ。もぉ、いい加減ほっといてくれねぇか」
『そりゃあ、私はアンタの母親なんだから心配に決まってるでしょ?』
「もう、俺、とっくに30過ぎてるんだぜ? いつまでも子供扱いは堪らねぇーよ」
『30過ぎてるからこそ心配してるんでしょ? とにかく、アンタは大したいい男でもなんでもないんだから、今度の見合い相手で決めるんだよ。いいね?』
「っつうーか、俺が良いと思っても向こうが断ったら終わりだろうが。だいたい自分たちが不細工のくせして何言ってんだよ。馬鹿じゃねぇか?」
『親に何て言う口のきき方するの!』
「はいはい、もう、わかったから。じゃな」
俺はうっとうしいお袋からの電話を一方的に切った。分かってることをいちいち言われるというのはホント腹立つね。わかった上で俺自身が望んでやってることに口を出してくるっていうのには腹が立つ。自分の事を棚に上げてな。大したこと自分たちはやってもいないくせに、その血を継いだ子供に欲張った希望を持つなっていうの。
と、まあ気分の良くない状態だったが久々にベッドの上に横になったら一瞬にして眠りにつくことができた。