第6節 食堂パラダイス
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午前中のドタバタ・ハードワークが終わって、ようやく昼飯だ。今日は朝飯抜きで出てきたし、しかも朝からガツガツに働いたもんで腹のすき方が相当いってるわ。って事で俺とタカは揃って食堂へと向かった。
俺たちは食堂入ってすぐの配膳ボックスに置かれた米が入った小箱とおかずの入った箱を手にして適当に空いてる席に着いた。俺達は独身であり、独身であるがために毎日飯はステーションでまとめて発注してる仕出し弁当だ。早番時の昼飯はもちろん、昼勤、夜勤時の夕飯もだ。グルメな奴らは外にわざわざ食べに行ってるし、マメな野郎や女子なんかは手弁当を持ってきたりしている。俺達は腹が膨らめば問題ない雑把な野郎だ。値段も1食300円ポッキリはお得だろう。
話は変わってここの食堂なんだが、ここで飯食う奴はいつもだいたい40人程度しかいないのに、倍以上の椅子があってやたらだだっ広い。そしてこのただっ広い食堂の入口上部にはマルチスクリーンモニターが貼り付けられ、退屈なテレビ放送がむやみに流れている。俺はテレビ放送にはまったく興味無いんでいつもテレビを観ている女子を見ている……悪いか?
「永沢さん、いつも誰見てるんですか?」
俺の集中力が高まっているところで高橋が割って入ってきた。
「ん?」
「いつも永沢さんの目線、俺から外れてますよね?」
俺の正面で飯食う手を止めて高橋が言った。
「おいおい、当たり前だろぉ! なんで野郎のオマエを見て飯食わなくちゃいかんのだ!」
俺の声がだだっ広い食堂に響く。
「永沢さん、声デカすぎ。恥ずかしいじゃないですかぁ」
タカの指摘通り、俺の声のデカさで食堂にいた他の連中の目線を浴びた。そうだ、もちろんここには俺たち以外の仕事人がいるわけで、例えばコンダクター。これは女子が多い。そしてコンダクター。これがまた女子が多いんだ。
「いいなぁー、コンダクター」
「何を今さら言ってるんです?」
「女子」
パっと見で推定平均年齢26歳。脂ののった女子が多い。俺の中ではクライマックス感バリバリの女子だ。同じハコの中で仕事しているっていうのに、中々これがおしゃべりの機会が無いんだな。休憩時間も勤務時間もバラバラってこともあって面子が毎日違うっていうのがあると思うけど、どうもガイドとアフターには近寄り難いオーラが出ているらしい。ま、しゃあなあいか、チーム死神なんて言ってる奴もいるらしいしな。――それ、俺。
「女がいるから羨ましいんです?」
なに当たり前のことを聞いてくるんだアニキャラ高橋は。
「うん」
「じゃあ、所長に言ってみたらどうです? コンダクターやらせてくださいって」
なに馬鹿なこと言ってるんだアニキャラ高橋め。
「無理」
「ですよねー。永沢さんじゃ絶対話にならないっすよね。電話の相手が若い女だったら普通にしょうもないネタで無意味な会話をするんでしょうけど」
「高橋、その冷静的確な解析は止めてくれ。俺はな、純粋に男として女子が好きなんだ」
「永沢さんってアイドル好きでしたっけ?」
「いや、俺はああいう商業臭い作られた女は興味無ぇ。アイドルなんちゅうのはバーチャルキャラと大差ねぇだろう? 現実味がねぇんだなぁ。やっぱ実際に匂いとか、空気を伝わって聞こえてくる声とかがいいわけよ」
「でもなんかそれは意外ですね。永沢さんはゲーマーなんでかなりアイドルとかバーチャル好きかと思ってましたけど」
「そいつは偏見だなぁ。そういう高橋はどうなのよ?」
「そうりゃあ、そういう点では永沢さんと一緒で完全リアル派ですよ。しかし、さっきはほとんど鹿島さんと話できなかったなぁ。でも、なんで鹿島さんが来る時に限って俺が下に行くことが無いんだろ?」
「運命だな」
「うわっ、しょーもねぇー。似合わねぇー。永沢さんの口から運命とは」
「なんだ羨ましいか?」
「運命だったら羨ましいですけれど、それは無いとオレは断言しますよ」
「なんだよ、羨ましがれよ」
「もしかして、鹿島さんとメールとかでやり取りしてます?」
高橋のやつ、俺を窺うように聞き込んできた。そんな高橋にはさらっと返す。
「ああ。今日こっち来るからってメールが一昨日来てたんだ」
「げーっ! やっぱり運命でも何でもないじゃないですかぁ!」
高橋は俺の言葉に手にしていた箸まで落として反応しやがった。アニキャラは伊達じゃねぇなぁ。
「高橋くん、悪いがな、これは俺が仕組んだことでも何でもないんだ。だから運命だと言ってるんだ」
真実のみを語る大人の俺に対して高橋はこの後とんでもない事をぬかした。
「実は永沢さん、鹿島さんに惚れてるんじゃないですか?」
付き合いの長い馨ちゃんではあるが、女を感じたことがないんだな。それはなぜなら……
「悪いがそいつは無ぇわ。俺、ガリガリ君は苦手でね」
「ガリガリじゃないでしょ、鹿島さんは。めちゃめちゃスタイル良いっすよ。腰なんかすげぇ締まってて」
高橋は随分と興奮してガリガリを否定した。高橋の奴は俺と別視点で女を見ているんだな。このエロエロ高橋め。
「高橋、なかなかエロいなぁ。腰を見てるとは。だがなぁ、馨ちゃんはパイが無いだろ?」
「パイ? パイって胸ですか?」
「当たり前だ」
「永沢語は未だに分からないっすわぁ。たしかに控えめですわね」
「けっ、なにが控えめだ。小奇麗な言い方しやがって」
「鹿島さんに失礼でしょ。まぁ、オレ的には永沢さんが本気モードでも全然良いですけどね」
「おっ、なかなか自信あるんじゃないの?」
「ええ。永沢さんが間違いなくフられる自信はありますよ」
当たり前の事を威張って高橋は言ってるわ。非モテ男な上に、そもそも俺にコクるなんて勇気があるわけねぇだろうぉ……リアルの傷にはとことん弱い俺。
などと、女がらみの雑談に花咲かしている俺達の視界に優輝ちゃんが入った。
「お、優輝ちゃんだ」
相変わらず覇気が無くぽわんとした雰囲気だ。しかし、入り口で何つっ立てるんだ?
「あ、永沢さん! 今日の弁当注文してないでしょう!」
アニキャラ高橋は大げさに目をおっぴろげて俺に指差してきた。
(弁当の注文だと……?)
アニキャラ高橋の言葉に少し考えてみた。
(弁当の注文……? 弁当の注文……? 弁当の注文……?)
思い出した! そういや今朝、シャワー浴びてて弁当注文しとくの忘れてたことを忘れてたわ。
「え? そだっけ?」
ウソのつけない俺は、心とは裏腹の言葉についニヤけてしまった。
「優輝ちゃん、ごめん! 今朝ここでシャワー浴びてる間に完全に弁当頼むこと忘れてたわ。つい頼んだつもりで弁当食べちゃった。ホントごめん」
俺は茫然と立っていた優輝ちゃんに拝み倒しで許してもらうことにした。
「ああ、ぜんぜん構わないですよ。コンビニでなんか買ってきますから」
優輝ちゃんは爽やかな笑顔で言ってくれた。優しいなぁ。好きだよ優輝ちゃん。
「悪いねぇ、優輝ちゃん。今度の弁当はオレ奢るから」
俺は優輝ちゃんを心から拝んだ。
「永沢さん。俺、今の言葉覚えときますからね。ちゃんと橘さんに奢らなくちゃダメですからね」
「何、高橋君? この俺がウソを言うとでも?」
「調子良いのが永沢くんの特徴だからね」
などと言って俺達の会話に不意に割り込んできたチャキチャキ女の声。それはチャッキー馨鹿島だった。