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第3節 化粧師の馨ちゃん

 タカに部屋の片づけを任せると俺は遺体を地下にある安置室へと運んだ。

 安置室は安眠室とは比べ物にならないほど殺風景だ。はっきり言って何も無い。壁も天井も無処理の裸のままでエアコン用の通風孔と部屋の照明だけだ。ちなみに一部屋あたり6人納まる広さはある。

 そして重要なのはここだ。部屋の中は遺体の腐食スピードが早まらないよう年中冷蔵庫状態にしてあるのだ……ふふふ、バレましたか。そうなんですよ、夏場はここサイコーっす。上はもちろん外よりは涼しいんだけれど、ここには敵わないんだな。俺は遺体の爺ちゃんと一緒に少しここで涼もうと思ったわけよ。でも、不謹慎だなんて言わないでくれ。実はまだここでやらなくちゃいけないことがあったりするんですわ。

 それは、納棺。

 がしかし、これまた楽ちんちんなのだ。ストレッチャーのベースがもうすでに棺桶になってるんだな。後は上から箱を被せるだけっす!

 でも、それは俺の仕事じゃないっす。

 なぜなら、こちらのお客さんは化粧希望なんでね。

「よぉー、永沢くん。やっぱりあんたが来たね」

 おっと、噂をすればお出ましだ。死化粧専門の姉ちゃん、鹿島(かおる)ちゃんがやってきた。

 控えめな茶色い短髪に切れ長二重の目がパッと見キレイ系のできる女と見えなくはないが痩せている上に歳は俺と変わんねぇ。つまりもうおばさんだ。俺のハートには全く掛かりゃしない。喋りもチャキチャキだしな。

「おはっち! 馨ちゃん」

「ほら、ノート出して、さっさっと上に帰った帰った」

 しかも俺の爽やかな挨拶に無反応のうえ顎で俺に物をいう(つわもの)女ときている。

「おい、もうちょっと女らしい口の利き方できねぇのかよ」

「永沢くんに私の色気出しても意味ないでしょ。っていうより、もったいないね。女を見せるには相手とTPOを選ばなくちゃね」

 馨ちゃんはそう言い終わるとふてぶてしい態度で俺の手からビジターのフィルムノートを奪い取っていきやがった。そして黙ったまま野良猫を追い払うように「シッシッ」までやりやがった。しかし、優しい俺はそんなことで怒ることはない。

 

 実は馨ちゃんとの付き合いはそれなりに長い。どうだったかなぁ、もう10年くらいになるか? そんなこともあってお互い言いたいことをいつも言っている。

 お、勘違いしないでくれ。別に馨ちゃんに気があるわけじゃないぜ。残念ながら立つべきものは立たねぇからな。俺は掴めるだけのパイが無い女に興味はねぇんだな。それに30オーバーは危険だ。理由はない。


「ねぇ、馨ちゃん。最近、冷たいんじゃないの? なんか悩み事でも?」

 優しい俺の言葉に微塵の反応も見せず馨ちゃんは仕事に取り掛かっていた。

「あ、もしかして、見合いで大失敗しちゃった?」

 今度の言葉はキル・ショットだったな。馨ちゃんは手にしていた筆の柄で俺の頭をパチパチ叩いてきやがった。

「うるっさいなぁー、こんなところで油売ってんじゃないよ。早く上に上がって高橋君を手伝ってきなよ」

「悪ぃ、悪ぃ。実はもうすぐさぁ、俺もなんだよねぇ、強制見合い」

「3回目だったっけ?」

 馨ちゃんの手が止まって俺をチラ見。

「そう。ちゃんと覚えてくれてたのね」

「アンタと合う人間なんているのかねぇ」

 馨ちゃんの食い付きがいいようだ。このままもう少し涼んでいくぜ。

「いないと思う」

 ちょっと、げんなり気味に返す。

「だよね。あんなコンピューター選抜の推奨パートナーなんて信用できないね」

 そんなことを言いながら馨ちゃんは爺さんに化粧。

「そんなに相手とのウマが合わなかったんだ?」

 俺の返した言葉に馨ちゃんは黙った。俺はちょっとだけ気になって馨ちゃんの横顔を眺めた。馨ちゃんは軽く下唇を噛みながら真剣な表情で化粧作業をしている。この子の横顔は俺、実は好きなのね。鼻すじが通っていて、少し厚めのぷっくりとした下唇。そして顎の線がまたいい具合。顎は第2の鼻っていうのをどっかで聞いたことがあるな、そういえば。ってことで馨ちゃんは横顔美人。

 俺はしばらく馨ちゃんの横顔を眺めていた。基本的に美人は見てて飽きないのは確かだな。

 黙って眺めていたらいきなり馨ちゃんは俺を睨みつけ言ってきた。

「何やってるの?」

「へ?」

「もう、ホントいい加減戻らないとマズイでしょ?」

「いや、見合いの話……」

「そんな話どうだっていいでしょ。ご遺体の前でつまない話をしてちゃいけないの。失礼でしょ。それに遺族の方が待ってるんだから」

 馨ちゃんは眉間に皺を寄せて言っている。たまにこういう怒らせ方をして顔を崩させるのが面白い。

『おーい、永沢さーん。何涼んでるんすかー? もう次が来ちゃいますよ。早く戻ってきてくださいよ』

 お楽しみ中の俺のイヤホンにタカの声が入ってきた。

「ごめん、すぐ行くわ」

「ほら、高橋君からでしょ? 早く行きなよ。いつもこんなことやって、そのうち私から所長へ言うわよ」

 俺にまた横顔を見せて言う馨ちゃん。アピールしすぎだぜ。

「そりゃあ、マズいわ。じゃあ、またな。そういえば今日は病院組がいっぱいだったんだわ」

 俺は馨ちゃんに敬礼をして部屋を出た。やっぱり部屋の外はぬるーい暑さでしょんぼりしてしまうな。

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