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第27節 なんで!?

 2059年。今年はいつもと違ってウキウキして悶々して、そして虚無った。無理矢理優等生ちっくに言うと充実した年だったと言えるわなー。とりあえず。

 まぁしかし優輝ちゃんには完全にやられたわ。ずるい所長は俺に黙ってこそこそ優輝ちゃんを口説いてたって言うしよぉ。俺はそいつを何も知らないまま飄々と暮らしてたんだな。後になってから知るっつうのはホント腹立つんだわ。それまで知らなかった自分が遊ばれてたみたいでよぉ。そんな俺の頭ん中じゃあ『知らぬが仏、知らずに放っとけ』と昔の俺が囁いて来るんだが、そいつは昔の俺で今の俺じゃない──


 2059年11月15日の早朝、俺はライフ・ステーションで夜勤に(はげ)む。夜勤終了まであとちょい。

 長年アウター業をやって来た訳だが、夜勤っつうのはつまらん。つまらんのに忙しい。じゃなくて忙しいからつまらんのか?

「秋の夜長にアウター業 (せわ)しく見せても楽ちんちん」

「相変わらずつまらない事を言いますね」

「ああ眠いわぁ。早く帰りてぇ」

 という俺の希望を今日担当最後のビジターは叶えてくれた。入室30分足らずで熱反応が消えてブザーが鳴った。つまりお亡くなりになったって事だ。

「お、もうかよ」

「かなり早いっすね。こんなに早いのって覚えないっすよ」

 ほとんどのビジターは部屋に入った後、遺書を書いたり、迷っているのか部屋の中をウロウロしたりして1時間は当たり前で、時間ギリギリの3時間もざらだ。

 アウターはその日の担当を済ませちまえば帰る事ができる。これは夜勤アウターの特権だ。

「いくぜ、タカ!」

「うっす」

 俺達は愛用のお片づけセットを持って3号室に向かった。


 3号室前ではいつも通り木下所長が静かに俺達を待っていた。

 まあしかし所長ら統括管理職はえらい(大変だ)わな。いくら貰っとるか知らんけど下っ端以上に長時間労働で、あれこれ面倒事の処理をやんなきゃいかん訳だし。だから偉いさんは “えらい”って言うんだろうな。

 で、なんでこんな話が出るかと言うと所長の顔がやけに沈んでるし入室確認の声も何ちゅうか芯の無い細い感じの声に聞こえた。渋い声がただの暗い声って感じでな。

「所長、調子悪そうですけど風邪ですか?」

「……いや」

「そうっすか。風邪だったらちゃんとマスクしてウチらにうつらないように(たのん)ますよ」

 所長は俺の気配り発言に完璧無反応。冷ややかに笑うわけでもなく、お叱りの言葉もない。黙って部屋へ入って行った。そんな所長に対して俺達はヘッドセットマイクを外してヒソヒソ話。

「なんか所長おかしくねぇ?」

「ですよね。2時頃会った時はいつも通りでしたけどね。どうしたんでしょ?」

「ま、いいか」

「とにかく早く仕事終わらせましょうよ。実際、俺が風邪ひいたみたいなんで早く帰りたいっす。彼女から貰っちゃったみたいですわ」

 と言って高橋は嫌味なニヤリ・スマイル。つい俺は我慢できずに大声が。

「はあっ!? 手前ぇ! 舞ちゃんとチュッチュ・チュッチュしやがったなぁ!」

 静まり返った廊下に俺の素晴らしき大声が響き渡る。不調な所長も我慢できずに「大声出すんじゃないっ!」と所長らしからぬ大声でお叱りの言葉が部屋の中から飛び出す。その声を聞いて高橋と俺は見つめ合う。そして所長の耳に届かない様にまたヘッドセットを外してヒソヒソ。

「やっぱなんか変ですよね」

「不倫がバレたんだ。夜勤を理由にして密会をしてたんだぜ」

「まさか」

「人は見かけによらぬ、だ。っちゅうか、なんか女の匂いがしねぇか?」

 部屋の中から甘い匂いが流れて来た。

「俺、今鼻がイカれてて全然分からないっすわ」

「こいつは女だな……」

 ほとんどの女は年に関係なく備え付けの匂い物を使う。アフターのプロとしての経験がそう語らせている。

「まさか所長の不倫相手が……」

 俺のその言葉に高橋は無言で目を丸くする。俺達は以心伝心と言わんばかりにそそくさとお片づけセットと共に入室。


 部屋の中は薄暗い。ま、これは普通だ。明りをバリバリ点けたまま自殺する奴は見たこと無い。廊下から入って来る光を受けて香水らしき瓶がテーブルの上で光っているのが見えた。

(やっぱ女だぜ)

 俺が瓶に気を取られていると、前にいる高橋がいきなり動きを止めた。お陰で俺は棺台の脚に脛をぶつけた。

「痛っ! 高はぁあしぃ。急に止まんなよっ。おもいっきし脛ぶったがやぁっ!」

 俺のド派手なリアクションに動じない高橋。そしてベッドで寝てるビジターを見たまま完全に動きが止まっていた。

 よく見ると高橋の奥で所長が膝まづいているじゃねぇいか。

(やっぱ不倫相手の女か。きっと所長に離婚するように迫ったが所長は「それはできん。子供たちがいるからな」なんて言ってキッパリ、あっさり断られてついには所長のお膝元で自殺。やるなぁ。どんな女だ?)

 不謹慎だと言われて当然だろう俺の妄想が興味を沸きたてた。そして俺は内心興味津津、外面(そとづら)悲痛な表情で注目を浴びているビジターを覗き込んだ。

「!」

 ベッドで眠るビジターを見た途端、自分が夢の中へワープしたような、爆発的に酒を飲んで酔っぱらったような、そんな現実感の無いふわふわした感じになって、でもなんか足は重くて、気のせいか手なんか震えちゃってる感じになった。


 ベッドで寝ていたのは白肌でサラツヤで伸ばしっぱなしの髪の毛で、むかつく高い鼻に配置良く並んだ目と口。涼しい顔して気持ちよく寝ている優輝ちゃん。


 それは優輝ちゃん。


 優輝ちゃん……?


「優輝……ちゃん……?」

「永沢。すまない……」

 所長が何か言うと俺の中の何かが一気に噴き出した。

「おいっ、なんでだよぉ! なんでだよぉ! なんでだよぉ……なあ、なんでだよぉぉっ!」


 ――毎日、死体をこの手で運んでいる俺はどんな人間の死んだ姿を見たって心が震えたことがなかったのにこの瞬間は違った。


 溢れ出す涙に鼻水。俺は立っていられず膝が落ちた。

「すまない、永沢……私の力不足だ……」

 弱っちぃ所長の言葉が俺をイラつかせた。

「所長っ! なんでここに優輝ちゃんがいるんだよっ! なんでだよっ! なんでだよぉ……」

 俺はもう一度ベッドに目をやる。涙でぼけた視界に入る男の顔。

「優輝ちゃん、起きろよ、クソたわけ。おい、笑えねえ―なぁ、こんなジョークよぉー、まったくよぉー、こんなとこに優輝ちゃんが寝てるなんてさぁ。ありえねーっ()うの」

 

 俺は笑えてきた。なんかイライラしてきて、ムカムカして、笑えてきた。だから大声で笑った。


「おいおい! って、ウソぉ。これ笑えるわぁー、このジョーク。なに? 今日はなんのサプライズ・デーよ? こんなイかしたサプライズ初めてだぜ。なぁ、優輝ちゃん、もう起きろよ。なぁー優輝ちゃんよぉ!」

 そう言って俺は寝ている優輝ちゃんに触れた。


 優輝ちゃんの腕は力なくベッドから垂れた……


       *


 寝ていた俺の頭ん中でしつこく喚く女の声で目を覚ました。

「あ、頭痛ぇ……久しぶりに飲んだわ、マジで……」

「マモル、起きて。ねぇ、起きて。電話よ」

 二日酔いの気持ち悪い痛みを感じながらもスピーカーから鳴り響く声にようやく気付いた。

「誰よこんな時に。今日は俺っち休みっち」

「木下所長からよ」

 俺のお気に入りお天気キャスター佐々木マコちゃんが俺に応えてくれるが俺はぐだぐだ状態だ。

「だから、俺っち休みっち」

 と、口にしつつもパソコンの受話ボタンを押して電話回線をつないでいた。

「もすもす……」

『ああ永沢。私だ。木下だ』

「所長……なんか臭い……」

『なんだ、寝ぼけてるのか? 昨晩は相当飲んだのか?』

「え? まぁ……」

『昨日の葬儀には来なかったな』

「え? ああ、すんません……」

 所長のことばで頭痛中の頭ん中に優輝ちゃんの寝顔が浮かんだ。

『私に謝ることじゃない。永沢。理由はいちいち聞かないが、そのままで良いのか?』

「え? ああ、そうですね……まぁ……」

『今日の夕方に橘君の家に遺品の回収に行くから永沢も来い』

「はぁ」

『そのあと橘君に会いに行け』

「はぁ」

『橘君の住所は知っているか? 一応住所送っておくから。それまでに酔いを覚ましておけよ』

 俺の返事を聞くことなく所長は電話を切った。

「……」

 所長はやたら優輝ちゃん優輝ちゃんって言ってた気がするな。

「優輝ちゃん、頭痛ぇわ……」

 俺はそう呟いてからしばらく、しばらくどころじゃないな、かなりの時間ふわふわ状態でいた。

 そしてどんなけ経ったか分からないが“ふわふわ”が“ふわ”になってきた頃、俺は無意識で部屋唯一の窓をブラインドモードから透過モードに変えた。すると馬鹿眩しい光が暗かった部屋を照らした。

「うげっ! 何だこれぇぇーっ!」

 俺の周りに敷き詰められた空き缶や空き瓶たちを見て一気に意識が全開になった。

「飲み屑や、(つわもの)どもが夢の跡……」

 俺の切れ味の良い一句が早々に出た。同時に脳ミソの回りが良くなってきて自分の部屋の酒臭さと俺は大変な事をしていた事に気がついた。

「ゲェーッ! 何だこれぇーっ! くっせぇーっ!」

 俺の胸元から腹にかけて吐いた後が。

「寝ゲロすんなよー……」

 俺は即行で室内換気モードにして汚れたスウェットを脱いだ。

「うぇっぷ……」

 でも臭ぇげっぷが自分に追い討ちをかける。

「臭ぇ汚ぇ……」

 汚く酒臭い部屋の中に俺一人。目の前の黒いモニターに映るのはいつもの不細工な俺。

「俺は俺だ」

 俺はモニターに映る自分に言ったのか、それとも別の誰かに言ったのかは分からんが勝手に口から出た。

「俺は俺だ」

「俺は俺だ」

 俺はバケットシートから体を離して馬鹿眩しい光の方へ向かった。そして窓を全開。

 そこからは馬鹿青い澄んだ空が広がっていた。

「俺は俺だっつぅーの!」


 馬鹿青い空に俺は叫んでいた――


「優輝ちゃぁぁんっ! 今から行くぜぇぇぇぇっ! うぇっぷ……」

 止まらない臭ぇげっぷは青空には似合わん。


 ――永沢さん、臭いますよ……


「ごめん、優輝ちゃん、昨日は飲みすぎちゃってよぉ。風呂も入ってねぇし」


 ――だからマジ臭いますから……


「やっぱし? だよねぇー、寝ゲロだもんなぁー」

 俺は優輝ちゃんの機嫌を損ねちゃ悪いと思って風呂に入ってサッパリしてから出かけることにした。


第三章 完

 最初から最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございます。この三章は2章分もの文量になってしまいました。(お喋りが多かったですからね)

 自滅支援事業も中盤へと入り、次章からは女性がすべて主人公となります。今までとはまた違った感じであろうかと思います。

 興味がある方はぜひ次章以降も。また、一章、二章を読まれていない方は是非読んでみてください。

 ではひとまず後書きはこのくらいで。

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