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第26節 まさか!?

 目の前のブラックアウトしたモニターにうっすら白く浮かび上がっている『11月18日 火曜日 am9:10』の文字。窓から見える黄色く染まり始めた銀杏の木が陽に照らせら眩しく目に映る。季節はもうすっかり秋。おーたむ。時折肌をかすめる冷たい風が寂しさを誘い人恋しさを覚える季節……

(…………)

「なんちゃってーっ!」

 と、俺の声が男臭い部屋にうるさく響く。

「フッ……」

 アンニュイ・ボケに独りつっこみ。俺は背もたれを倒したバケットシートに体を埋めたまま缶ビールをグビグビ。そんな自分が写りこんでいる目の前のモニター。

「くだらねぇ……」

 記憶が俺の頭ん中に沁み込んじまって酒で誤魔化そうとしたって浮き出てくる過去――


 悶々呆けで俺はすっかり橘優輝の夏恋物語を忘れていた。理由は簡単だ。悶々状態から回復して行ったと共に再び戦闘への意欲が増して忙しかったからだ。

 そんなことで昼飯時間に食堂でハンディノート(フィルムノートタイプの小型パソコンの事)をイジイジしているタケちゃん(本名 竹田)を見つけた時にふと優輝ちゃんの顔が浮かんだんだな。


(そういやあ、優輝ちゃんと最近喋ってねぇなぁ。っちゅうか顔も見てない気がする)


 タケちゃんは昔一緒にチーム組んで戦った戦友だ。でも今はたるいファンタジーRPGに走りやがった。そんなたるいタケちゃんは優輝ちゃんと同じガイドをやってるマニアック・ガイだ。

「なぁ、タケちゃんよぉ。最近、ユウキちゃん見ないよなぁ。ちゃんと生きてる?」

 俺が優輝ちゃんのことを聞くと、タケちゃんはただでさえ馬鹿でかいギョロギョロの目を落としそうな勢いで見開いて言った。

「ええっ? 知らないんですかぁ? 橘さんは9月いっぱいで辞めましたよ」

 タケちゃんは目を落とすことなく言うと、またパソコンをイジイジし始めた。

「ちょちょちょちょっと、タケちゃん。そんな話、俺聞いてねぇよ。嘘でしょ?」

「マジです。ホントホント」

 タケちゃんは俺の本気の動揺を気にすることなく答えちゃってくれている。

「俺の許可なしにそりゃないでしょおータケちゃん」

 俺はタケちゃんのイジイジを止めて見つめ合う。

「いやぁ、永沢さんの許可はいらないでしょう。ここ辞めてく人ってみんな知らないうちにいなくなってますよね」

「もしかして、あのオジちゃんが優輝ちゃんの代わり?」

 マルチモニターの番組を見ながら飯をガツガツやっている全く見覚えのないタヌキ系おやじに俺は指差した。

「ですよ。永沢さん、今まで気がつかなかったんですか?」

 俺の不覚だった。優輝ちゃんとはラブラブというまでの仲ではなかったが、それでもなんだかんだとここでは喋る仲だったのに……

 俺はケツからスマートフォンを取り出して優輝ちゃんへ電話した。が、想像してた通り留守電モードだった。

(優輝ちゃん、知らんぷりかよ……)

「なあ、高橋ぃ。優輝ちゃんが辞めたって知ってたか?」

「え? いや、初耳ですよ。単純にシフト関係で最近会わないなとは思ってましたけど」

「だよなぁー。俺もそう思ってた」


 次の日もまた次の日も留守電状態で、仕舞いには番号を変えたのか繋がらなくなった。悶々ボケのせいで優輝ちゃんが居なくなった事に気がつかなかったとは不覚だった。


 そして明くる日、俺の不覚第二弾を高橋に教えられた。

「そういえば、あのコンビニの子。あの子も見なくないです? この前行った時永沢さんの好きな胸デカの子だけしか見ませんでしたよ」

「マジで?」

 頻繁にあそこのコンビニは行っていたがそんなことも気づかない悶々病だった俺。サイボーグ女にはとっくに興味失せてたから当然なんだが。

 俺は突然ピーンと来た。

「二人で逃避行だな」

「橘くんとですか? まさかぁ。なんで逃避行しなくちゃいけないんですか?」

「希恵ちゃんの親父さんが『自滅支援で働いてる奴と付き合うことは許さん! そんな風に育てた覚えはねぇぞ!』とか言っちゃってよぉ」

「そんなぁ、クラシック・メロドラマじゃあるまいし」

「いやいや。現実は意外とそうだったりするもんだぜ。事実は小説よりも奇なりっていうじゃねぇか」

「永沢さんにしては珍しく知的な言葉が出てきましたね。気になるなら所長にでも聞いてみたらどうです?」

「だな」

 高橋の言葉に押されすぐに俺は所長へ所内メールで優輝ちゃんの事を聞いた。するとさすが木下所長。超事務的淡白文章にてすぐに返ってきた。

『橘君は9月末付で退職した。理由は自己都合だ』

 こんな内容で納得も理解もできない俺は休憩時間に木下所長に会いに行き直接聞いた。

「所長、自己都合って言ったってなんか知ってるんでしょ?」

「知っていたとしても個人情報だから教えることはできん」

 所長の落ち着いた低く甘い声。もし俺が女だったらこの声だけで胸キュンになって大人しくなるかも知れねぇ。だが俺は男だ。

「いやぁ、そりゃあ無いっしょ。俺と優輝ちゃんの仲を知ってるでしょ、所長?」

「そういう仲なら私より永沢の方が詳しいんじゃないのか? 私の方が教えてほしいくらいだ」

 甘い声でもイライラした感じのトゲトゲしい言い方での返事。所長の言葉はマジだと思った。そしてその所長の気迫に押されて俺はつい黙り込んじまった。

 男二人の緊迫空間ができて静まり返る所長室。でもすぐにいつもの所長の落ち着いた甘い声が出た。

「なあ、永沢。ひとつ教えてくれないか」

「はい?」

「橘君には彼女がいたのか?」

「へ?」

 突拍子もない質問だった。いつもの俺だったら「個人情報ですから」と言って茶化すんだが今はそんな雰囲気じゃない。所長の目はマジだ。そして突然黙って辞めていった優輝ちゃんが気がかりで仕方ない俺自身実際マジだ。だから素直に答えた。

「ん、まぁそれらしき人物は……」

「二十歳の?」

「はい? ああ、たしかそれくらいだったかなあ」

「そうか」

 所長はそう言ったきり目を瞑ったまま沈黙。

(まさか本当に希恵ちゃんと逃避行? ま、まさか東尋坊へ?)

 所長のだんまりのせいで俺の妄想が暴走する。

「希恵ちゃんが関係してるんです?」

「希恵という名前なのか?」

「所長知ってるんです?」

 俺の質問には馬耳東風を決め込む所長は目を閉じまたまた沈黙。

「知ってるんですよね所長? ねえ?」

 沈黙継続中の所長。

(まさか所長は希恵ちゃんの事を知ってる? でもなんで所長が? おいおい、まさか優輝ちゃん、俺を差し置いて渋く大人な木下所長に恋愛相談をしてたのか?)

 そう思ったらますます優輝ちゃんと希恵ちゃんの事が気になった。


(きっと所長に相談したら「まだ二人とも若いんだ。じっくり時間をかければいい。そうすればご両親も理解してくれるだろう」なんて所長が言ったんだけど、血気盛んな二人は熱くなった気持ちを押えられずに逃避行を。そして二人だけの世界で若さ溢れる情熱で愛し合う二人。あんな事やこんな事を……優輝ちゃんエロすぎるぜ)


 完成度高い俺の暴走妄想を所長が卑怯な手で止めてきた。

「永沢。もう休憩時間終わりだぞ」

「へ? そりゃ無いっしょ所長。教えてくださいよ。秘密を一人で抱えていると体に悪いっすよ。王様の耳はロバの耳ーっ! て言っちゃった方がスッキリするって幼稚園で習うでしょ?」

「そう言う永沢はどうなんだ? その女性の事で何か隠しては無いのか?」

「いやあ、隠してるっていうレベルのモンは無いですよ。希恵ちゃんはまん丸おめめが可愛くて愛想がとっても良くってそこに優輝ちゃんが惚れたってところですかねぇ」

「それだけか?」

「え? まあ、後は貧乳って事ぐらいで……」

「ああ、高橋君、木下だ。永沢は今私のところにいる。すぐそっちへ向かわせるから」

 俺から貴重な情報を聞き出しながら高橋と連絡を取っていたとは。さすが隙と抜かりの無い出来た男だぜ。

「永沢。早く持ち場へ戻れ!」

「はい……」

 所長の初めて聞くドスの効いた声に俺はビビった。おかげで結局所長に情報を入れただけで所長からは何も聞けなかった。

「優輝ちゃん、今頃希恵にゃんとじゃれあってるのかなぁ」

次回、最終節となります。

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