第21節 夢見盛り
そのまま俺は便所へとスタスタと歩いていく馨ちゃんのケツを視界から消えるまで見送った。前に高橋が言っていたようにナイスな腰をピタピタシャツとジーンズで強調している。
「……女の色気を俺に見せつけるとは……」
俺は馨ちゃんの横顔に惚れていたが、今はあのケツと腰も良いなと思った。
「永沢さぁん! こんなところで独りで飲んでたんですかぁー?」
馬鹿デカイ声で俺の幸せ気分をぶち壊したのは眠そうな目をした高橋だった。そして高橋は俺に寄りかかるようにして隣へ座った。
「オマエかなり酔ってんなぁ」
「全然そんなこと無いっすよぉぅ。永沢さぁん、コンダクター女子は諦めたんすっか? こんな隅っこで独り飲んじゃって」
高橋は酔っ払いの名に相応しい馬鹿デカイ声とビック・アクションで俺の肩を抱いてきた。まったく野郎に肩を抱かれて気持ち悪いぜ……
と思うだけの冷静さを保っている俺。俺もかなり飲んでるから高橋のようになっていてもおかしくないはず。いつもなら。
だが、今日の俺は違う。気味が悪いくらい冷静だ。高橋の姿が醜く見えて仕方ねぇ。モテモテ高橋を最初は羨ましいと思ってたが、今ではなぜかヤツの姿が悲しく見える。俺の中に優越感みたいな不思議な余裕があった。
高橋は俺にへばりつきながら俺が飲んでたジョッキを手に取りビールを旨そうにグビクビやっている。
(きっと馨ちゃんのこと知ってんだな……)
なんてことを思った俺だが、なぜか高橋のヤツの体温が伝わってくると頭の中では馨ちゃんの細い体が俺のふにゃふにゃボディクッションに寄りかかっている姿が浮かび上がってきた。
傍目じゃまさに同性愛を満喫しているように見えただろうよ――
やっぱり俺は酔っていたんだな。高橋の存在など頭から消えていて、さっきまでいたあの優しく抱かないと簡単に折れちまいそうな華奢な馨ちゃんがいるように感じていた。そしてお股が熱くなる。
「アンタら、何愛し合ってんの?」
馨ちゃんの声だ。
「愛してるに決まってるじゃないか……」
俺は甘く囁く。
「ああーっ! 馨さーんっ! いつ来てたんスかぁー!? しかも永沢さんとこんな隅っでぇー。オレに黙ってぇー」
高橋が俺から離れ大声を出すと俺は目の前に本物の馨ちゃんがいることに気付いた。
「二人でコントやってたわけ? それとも実は……そういう関係?」
俺は本物の馨ちゃんを確認すると高橋を押し飛ばした。
「なんだ、オマエーっ!」
俺は叫びつつ自分がとんでもない妄想をしていたことに恥ずかしくなったことを誤魔化した。
「なーんすかぁー、永沢さぁん! こんなとこで馨さんと二人でやってたんですかーっ!」
「何もヤってねぇーよー」
「何すかーっ永沢っ! そのリアル・マジな反応はーっ!」
高橋は眠たそうな目をしたまま叫ぶ。眠そうなくせに眼光が鋭く感じたのは俺の精神状態のせいか? さっきとは違うバクバクが始まっていた。
「二人ともデカイ声出して。もう、みっともない」
馨ちゃんは落ち着いた口調で言って再び俺の対面へと座った。
――この後どうなるかと俺は焦ったが、上手い具合に飲み会終了時間となり騒がしいフロアでは幹事が何やら喋ってお決まりの締めをやってあっさり終わった。
やっぱし高橋は相当酔っていたようだ。立ち上がると足はフラフラだった。なんだかんだと言っても職場のパートナーだ。俺はヤツを肩で支えながら外へと出た。そして二次会の話がいつの間にか決まっていて、何だか今日は面倒くせぇなぁと思ったものの高橋は行く気満々の上、馨ちゃんも「朝まで行くぞー」なんて言うんで俺も「おぅー」なんて合わせて付いて行った。
10代の時以来だな。ボウリングにアーケードゲーム、そしてカラオケと24時間のアミューズメントパークで朝まで遊んだのは。
年増軍団は終電に間に合うよう行儀よく帰って行ったこともあって、ここでは夢見たコンダクター女子と絡んで楽しく遊べたんだ。でも、なんだろう。楽しかったんだけど、コンダクター女子よりも妙に馨ちゃんとの会話とかの方がいつも以上に楽しく思えたんだよな。トークの間やネタの内容とかがほんのりズレてたりするのね。
(年代格差か?)
で、最終的に始発が動く時間までカラオケボックスで15人くらいの人間が過ごした。高橋は爆睡し、俺と馨ちゃんの年寄り組と若きコンダクターたちは張りあうように朝まで歌いまくった。
そして俺はかつてないほどに肉体を酷使して朝まで過ごしたおかげで家に着いたらまっすぐベッドイン。一瞬にして意識を無くした。もちろんひとりぼっちだがな。
――今回の飲み会は俺らしからぬ自分が現れた。そんな事を思っちまうような時間を過ごした。なんせ絶えず馨ちゃんの動きが気になって無意識にチラ見をしていた自分をあくる日も忘れずに覚えていたんだからな。そして飲み会での馨ちゃんの涙と言葉を……