第2節 俺の仕事はアフター
「いやぁー、朝のシャワーって気持ちいい!」
シャワーを浴びてすっきりして眠気も消えてさっぱり。時計を見ると時間は9時を少し回っていた。
「まだ大丈夫だな」
始業時間を過ぎて誰もいないロッカールームで俺は昨晩の戦闘を思い出していた。そして少ししてから俺は気分晴れやかにみんなの仕事場センタールームに入るとすぐさま俺のヘッドセットホンに所長の説教が響いた。
『永沢! シャワー浴びろとは言ったが、のんびりしてこいなんて言ってないぞ! もうちょっと早くしろ。今、君の担当の白井さん家族が到着したからすぐ行って案内を頼む。部屋は3号室だ』
「はい、所長」
所長の説教を軽やかに受け流した俺は正面玄関へ向かった。玄関ホールのベンチに俺より少し若い感じの夫婦と子供がいた。
「えーっと、白井さんですね?」
俺の問いかけに男が「はい」と答えベンチから立ち上がった。
「私が今回、白井さまの受け入れ担当となります永沢です。今から部屋の方を案内しますのでどうぞ」
俺の迫真の演技。落ち着いた大人な口調で相手を動揺させない配慮をする。
「あの、色々と荷物があるのですが、いいでしょうか?」
白石さんからのご質問。俺は優しくかつマイルドに対応する。
「はい。荷物は車ですか? では、私も一緒に行きますのでお持ちしますよ」
病院からのビジターはまず終末患者だ。医療が発達したといえども、やはりこの世は金次第。人造臓器や義肢の開発は進んでいても、それ相当の金が必要だ。ナノ・マシン治療も同じく。悪性のガンが進行しちまった支払い能力のない奴らは死を待つだけだ。だから未だ金を稼げない病人は安楽死を望むことが多い。くたばるまで他人やお国が金を払い続けてくれるわけもない。借金したってアテがないわけだしな。家族側も余裕なければ正直ありがたいとすら思っている。そして病院サイドも院内で死なれるより手間がかからない上にベッドが空いて助かるって寸法だ。それに死人が出た病院の病室があるだけで今じゃイメージダウンだ。
どんな理由であれ、ここではそれでもなかなかのドラマがある。開店当初には無かったが、いつの間にか今では家族みんなでここにやってきて最後を看取るっていうのが増えている。病院の雰囲気より断然ここの方が静かで良いという評判がネットで広がってるんだ。
でも実際は何より魅力なのが金額らしい。所得年収に応じてだが、なんと言っても最低料金が1万円からだ。それで火葬、納骨とできてこの価格は魅力に違いない。金のない奴も1万円はなんとか用意できる。遺品を担保にもできるしな。
白井さん一家を部屋に案内するとすぐに、ビジターの白井さんが病院から到着したと連絡が入った。俺は白井さんの家族に「到着したようなので失礼します」と言い残して病院ビジター専用入り口へと向う。
専用入り口にはアウターをやってる小島の兄ちゃんがいた。小島の兄ちゃんは俺を見つけると手を挙げた。
「おはよう、永沢。これ、白井さんのカード」
「ようっす、ジマさーん」
小島の兄ちゃんも俺と同様ここの開店当時からのスタッフだ。俺とは真逆のアクティブ・アウトドア流イケイケ独身キャラで、休みの日にゃあテニスやらゴルフやら年甲斐もなく玉を打ってばかりいるらしい兄ちゃんだ。俺的に言うと小麦色なんていう綺麗な色じゃないドス黒い日に焼けた肌がいかにもって感じで語っていやがる。40歳になったんじゃねぇか?
だからか知らねぇが『だらりん・インドア流だらだら独身生活』を満喫している俺に会うたび「なんだこの贅肉わぁ?」と嫌がらせを言って体を触ってきやがる。こいつはセクハラだ。
だが優しい俺は男に全く興味はないが「もっと触らせてあげるわよ」と言って生の肌に触らせてやっていた。その効果が最近効いてきたようで大人しくなったな。
その小島の兄ちゃんから俺はビジターの本人確認用カードを受け取った。このカードは病院発行の個人認証用カードで表にはビジター白井さんの顔写真と名前「白井新太郎」が表示されている。
小島の兄ちゃんは俺にカードを手渡すとすぐに車からベッドに乗ったビジターさんを連れてきた。俺は手にしたカードと見比べるようにビジター白井さんを見る。当人は随分と衰弱してその姿は痛々しい。写真はかなり昔のものだろうがガッツな笑顔で写っている。
俺は常備しているIDチェック用スキャナーにカードを通し、そしてビジターの手にスキャナーを当て本人であるかを確認した。
「白井新太郎さん本人を間違いなく確認しました。ここからは永沢が引き継ぎます」
「お願いします」
と、お互いかしこまった言葉で儀式を済ませると小島の兄ちゃんとは軽く手を挙げて別れ、ベッドごとビジターを専用受付室へ移動させた。
この後は優輝ちゃんがやってるガイドの仕事になる。その後俺はパートナーのタカ(本当の名前は高橋という後輩だ)と合流し、次々とやってくる病院ビジターの受け入れをした。
午前第一波のビジターの受け入れを完了した俺たちはアフター用の部屋でビジターさん達の安楽死を待つ。
待ってる間は暇だ。背もたれ付きの椅子にダラりと座って安眠室のチェックモニターとにらめっこ。と、言ってもモニターを眺めているだけじゃ退屈なんでいつも電子雑誌を読んで待っている。
そしてぼちぼち電子雑誌に飽きてきた頃に3号室の熱反応ランプが消えるとともに合図の味気ないブザー音が鳴る。どうせなら美人アナウンサーの声でお知らせしてもらいたいものだ。
俺は椅子から起き上がると端末のモニターから3号室ビジターのデータを確認する。こちらのお客さんはウチですべての処理依頼している。ウチらでいうフルコースだ。フルコースっていうのは、ウチで安置・化粧・納棺・葬儀・火葬・遺品処理に書類作成までともろもろをやる。
と、色々大変そうに思わせといて、実はウチらアフターは安置と納棺をサクっとやって、あとは安眠室の片付けとベッドメイキングだけだ。残りはアウターや外部委託の業者にやらせるというズルをやっている。まあ、これも共存共栄のためのシステムなんだな。業者の仕事を全部取っちゃうとマズいでしょ? 頭の良い人たちは色々と考えてますわ、ホント。
ってことで俺はタカと一緒に遺体安置道具と清掃道具一式を専用ワゴンで部屋まで運ぶ。ちなみにこれを俺たちアフターの中ではまとめて「お片づけセット」と呼んでいる。
3号室にノックして入ると家族の皆様と山本副所長が死亡確認のやり取りをしていた。俺たちは部屋の隅で副所長から指示出るまでそのまま黙って待つ。
ビジターの奥さんらしき婆さんは背中を丸めまくって声を出して泣いていた。毎日見ていると麻痺してくる。悲しい光景なんだろうけど最近、ちょっと笑えてきちゃうようになっちまった。だって、なんかテレビドラマみたいでさぁ、嘘くさく見えるのね。慣れというのはホント恐いわ。
そんな感じで見守っていた俺に山本副所長が声をかけてきた。
「永沢くん、高橋くん。確認が済んだので安置納棺を」
普段はニコニコして人よさそうな目じりの皺が好感触な山本副所長もここじゃ渋さ100パーセントでいる。声もいつもより低かったりして。
俺たちも「はい」と渋い声で答え安置処理に取り掛かる。お客さんが大抵見てるんでとんだヘマはできない。できれば出て行ってほしいんだけど。
俺たちは遺体に手を合わせた後、穴ふさぎをする。ちなみに消毒なんて古風なことはここではやらない。すでに自滅器には自殺用ナノ・マシンとあわせて肉体の腐食を遅らせるナノ・マシンが組み込んであるんだそうだ。こんな訳の分からない難しいものを作った奴は馬鹿みたいに頭良いんだろうな。俺の仕事を楽にさせてくれてありがとよ。
後はそのまま専用ストレッチャーを使ってベッドから遺体を移動させるとそのまま安置室へゴーだ。まったく遺体に手を触れなくても済んじゃう楽ちんシステム。
なんと言ってもここに来る前の遺体処理業は酷かったからな。まともな死体なんて見たことねぇ。元々は美人さんだったんだろうと思うようなお姉ちゃんがブリブリな顔になっちゃって首吊ってるとかさぁ、落下したあとの砕け散った肉片とかね。孤独死系も虚しくなってくるわな。臭ぇし、ウジ虫ちゃんがウヨウヨとかね。
それ思えばここではみんなキレイに寝た状態で死んでくれ、すぐ処理できるんで楽ちんちん。そう、だからオレは即行で転職したね。こんな楽ちんちんな仕事で給料もこっちの方が断然良かったしな。世間でなんて言われようとライフ・ケアは楽ちんちんなのだ。