第19節 女神の告白
「で、馨ちゃん。高橋とはどうなの?」
俺は何の気なしに馨ちゃんへ聞いていた。
「え? 何が?」
「え?って、いい感じになってんじゃないのかよ?」
何の気なしで言っていたつもりだが、実際俺の心臓は妙にバクついていた。
「ええーっ! 何それ? 別に端から何にも無いわよ」
「高橋の奴が馨ちゃんに告ったとかは?」
「高橋君がそう言ってたの?」
「ああ」
と、俺は勢いに任せて鎌掛けをやった。ちなみにバクつき速度は徐々に加速しております。心弱き永沢守32歳。だから独身だ。
「そっか……」
馨ちゃんは唇を尖らせていうとビールを一口飲んだ。そして言った。
「まあ、付き合いたい、みたいな事は言われたけれどねぇ」
俺の鎌掛けにあっさり吐いた馨ちゃん。俺の妙なバクつき速度は急加速。
「なんだよ、男前で可愛い年下君をあっさり拒否したのか?」
俺の虚勢はバレていないかと心配な俺の心。
「こう見えても私は真面目で誠実な人間よ。変に振り回したり八方美人なことはできないわよ」
そんな風に真面目に答えられ、妙なバクつきは高速状態で安定中。虚勢に関しては問題ないようだ……
「で、高橋のヤツ振られた腹いせにコンダクター女子とニタニタ、イチャイチャ盛り上がってんのかよ。チャラいヤツだなぁ」
「違うわよ。高橋君は気遣いが上手だから。アンタと大違いで回りの女の子たちと会話のキャッチボールが巧いのよ」
と、馨ちゃんはいつものように高橋を擁護し俺を突き落とすような事を言う。俺の演技もなかなかのものだと自分自身を感心してみた。
でも、馨ちゃんの言い方はいつものチャキチャキ感が無い。なんちゅうか力が無いと言うか、抜けているといった感じ。
そして馨ちゃんはぼんやりと俺の後の方で盛り上がっている高橋を眺めて付け足した。
「高橋君は相手を立てるのが上手なのよ。それに基本的に女ってチヤホヤされるのが好きなものよ。その点、私は女失格かもね。猜疑心強いからああいうの信じられないし、昔からキャッキャッやるの苦手だったから」
「どうしたんだよ、馨ちゃん。なんか随分しょっぱい事言ってよぉ」
馨ちゃんは俺の言葉に微塵も反応しなかった。俺はらしくないことを口にする馨ちゃんに火をつけてやろうと思って言ってやった。
「ヘイヘイ、馨ちゃん。そんなしょっぱい顔してると小皺が目についてしかたないぜ」
するといきなり馨ちゃんはメガネを取って身を乗り出し、ほっぺを俺に向かって突き出すようにして言った。
「どう、三十路女の肌は?」
その予想外の挑発的行動にバクつきはレッドゾーンに突入し、お股の方はオーバーヒートしそうで俺は冷静でいられるのかもう分からない状態にさせられた。
「な、なんだよ、俺に見せつけてどうするんだよ?」
「だね」
――この会話のノリと展開はいつも通りと言えばいつも通りのはず。だが、俺がおかしいのか、馨ちゃんがおかしいのか、それとも二人ともイカれちまってんのか、俺達のいるこの空間は妙な空気が漂いまくっているように思えた。そういやぁこういう所で馨ちゃんと二人っきりっていうのは初めてだったな……
短い返事を口にして黙った馨ちゃん。どことなしか表情は寂しげだ。
それに同調したかのようにテーブルの色がピンクからアイスブルーの光に変わり、馨ちゃんの顔を照らす。少し寂しげな表情のまま頬杖をついて俺に見せた馨ちゃんの横顔は相変わらず綺麗だった。
――俺は間違いなく酔っ払っていたと言い訳をしておくが、俺はその横顔を見てついボソリと俺が口にしちゃ神様からクレームが来るような言葉が出ちまった。
「馨ちゃん、キレイだ……」
「ぶふぁーっ!」
俺の言葉とは自分でも思えないその言葉に馨ちゃんは間髪入れず飲みかけていたビールをジョッキに吐き戻すというお下品な反応をした。
「うわっ、汚ねぇーっ!」
と、俺は大げさに体を引き嫌な顔してみせる。
(俺は何を口走ってんだ……)
俺は真面目に後悔した。こんな事を言って良いのは完成度の高い二枚目俳優ぐらいだ。リアルで口にしたら気持ち悪ぃ言葉だってことは分かっている。
「アンタが意味不明な事を突然言うからでしょーっ!」
「俺が何言ったーっ?」
「変な事言ったでしょうぉっ!」
「なんも言ってねぇーよ!」
白を切る。こんな時に使う言葉だ。
「いやいやいやー、言った言ったぁー」
そう言って馨ちゃんは口の周りを紙布巾で拭きながら俺を睨みつけてきた。
「何て俺は言ったーっ!?」
再び白を切る。白を切り通すぞ。無かったことにするぞ。
「ちょっと、もう一回言ってみぃ」
そう言って馨ちゃんはまた俺の顔に近づいてきた。こぶし二つ分の距離。まさに至近距離。こんなに馨ちゃんを近くで見るのは初めてだ。
(お、女の匂い……)
いつもの俺なら目じりの皺の具合や肌の肌理具合を確認するところだろうが、今日の俺はただただ目の前にいる『女』が『女』としか見れず、馨ちゃんの唇が異常にツヤツヤで濡れた感じ見え、俺のお股の硬度がついにダイアモンドとタイマン張れそうなくらいまできていた。
「だからなんも言ってねぇーつぅーの」
俺のお股が熱くなるだけならまだしも頭の中が暴走しそうで自分が何かとんでも無いことをしでかしそうで自制心が崩壊する前に俺は身をのけぞらせて馨ちゃんから少し離れた。
「ふ……まあいいや」
馨ちゃんは大人しく引き下がってくれた。しかし、俺のお股の熱は治まらねぇ……
「まあ、なんだかんだ言っても私は器用に立ち回る男より、アンタのような不器用な男が好きよ。よく見るとさぁ、永沢君の顔って可愛いよねぇー」
――ここでどうしてそういう言葉出るのかなぁ、馨ちゃん? それは二人とも酔っ払っていたからさ。きっとな。
「っだよー、気持ち悪ぃこと言いやがって。馨ちゃん、マジに酔っ払ってんな?」
「ブサイク具合が」
「チッ、そういうことか。あーあー、どうもありがとさん。なんだよ、俺はマジっで言ってんのに……」
「ふふふ、マジで言ったんだ?」
(しまった、口が滑った……)
「でもホント、永沢くんは気取らない自然体でいつもいるし、テキトーな感じも好きよ」
俺に対してどんな意味だろうが『好き』という言葉をストレートに使われると俺は硬直する。免疫がないと人間は拒否反応が起きちまうんだ。
「アホか……」
俺はそれしか返す言葉が無くジョッキ半分残っていたビールを一気に飲みきった。
そして俺達の会話は止まった――
と、まあ普通で言やぁちょっとした休憩だ。よくあることだ。二人だけで喋り続けてりゃ疲れて休憩もするわなぁ。でもなんか違うんだな。この妙な空気感。俺は馨ちゃんがいつもとは違う感じがしてしょうがなかった。もちろん俺もだが……