第15節 アプローチ
ライフ・ケアの最寄り駅は長久手古戦場駅だ。歩いて5分少々だがまだ日が沈み切っていない時間もあってか蒸し暑さは半端じゃない。地面からの熱もすごく、俺はすでに汗だくだった。デオドラント・コーティングの効果が何時まで持つのか? なんていう事をいつもなら絶対考えない俺でもちょいと今日は気がかりになる。
階段を息切らしぎみのまま上りきると、駅のホームには人がウジャウジャといた。俺は大きく溜息を出した。
「どうしたんです? さっきまでの元気は?」
高橋がニタついて言う。
「この暑さは我慢できねぇわ。しかも今からこの人の群れがリニモに乗るんだよな?」
俺は息を整えるべく膝に手をつき休憩した。
「今日からきっとどこも盆休み入るところが多いから余計人が多いかもしれないですね。まあたまには良いんじゃないですか。あ、あの子さっきの」
高橋はそう言って階段の方へ指差した先にはののちゃんと他の女子たちがいた。
「おおー、どもどもー」
俺から暑さへの苦痛が一気に吹き飛んだ。ののちゃんの他に、いち、にぃ、さん、しぃ、5人の女子……ん? いや、一人は女子じゃない。どの角度から見ても俺より年上だ。だから計4人の女子がいた。ののちゃん同様に食堂で見かける子たちばかりでみんないつもより輝いている。この至近距離。いいねぇー。ほんのり汗ばんだ額なんてサイコーじゃねぇか。
「あ、先ほどは」
そう言ってののちゃんはペコりと一礼して俺達の前を通過して行った。他の女子もだ。
「あれ? そっち行っちゃうわけ……?」
同じ職場で働く友じゃないか。俺は寂しかったよ。
「女性専用車両の方に行ったんですよ」
高橋は解説してくれた。
「女性専用車両だと? リニモにそんなんあったか?」
「昔からありましたよ。平日だけですけど」
「なんだよー。ののちゃん達とは離ればなれかよっ!」
さすがに今日の俺は高橋並みのビックリアクションで悔しさを表現した。
「そういうことですよ」
それに比べ高橋は異常なほど冷静沈着だ。
「けしからん」
「永沢さんみたいにヤバそうな男がいるからこんなものができるんですよ」
「どういうことよ?」
「エロい事ばっか考えてて、満員列車に乗り合わせた女性に如何わしい事をやるヤツがいるから」
「おい、高橋! たしかに俺はエロいことばっか考えている。が、やる勇気はないぞ!」
「やるやらないって問題じゃないっすよ。考えることがヤバいんすよ。魔が差すこともあるでしょう。だから健全な俺たちまでもが気を使わなくちゃいかんのです」
「こいつ、優等生ぶりやがって」
俺は高橋のどこかマジなツッコミ内容に腹を立て、奴の腹へ軽くパンチを入れた。が、奴は俺の動きを察知していて腰を上手く引いて避けた。そして涼しく言った。
「永沢さん来ましたよ」
リニモが俺達の前へ静かに到着した。中にはあまり人は乗っていなかったが一瞬にしてすし詰め状態となった。
「くそっ、この野郎どもの暑苦しさ、なんとかならんのか?」
俺の周りは老若男男ばかりで窒息しそうだ。
「俺に言わないでくださいよ。永沢さんの腹が俺の股間あたりにあたって仕方ないんですけど」
「この柔らかい感触はオマエのものだったか。よし、今から腹をゆすって固くしてやる」
「や、止めてくださいよー。チカンだ!って叫びますよ」
高橋は焦った表情で俺に訴えた。
「なんだ、興奮してきたか?」
「やっぱり永沢さんは変人ですね」
「変人だと? そもそも普通人ってなんだ? 俺は永沢守さまだ」
俺は高橋にそう言い放って腰を振るようにして腹を揺すった。
「ちょっとマジで止めてください。冗談キツすぎます。マジ気持ち悪いですわ」
「だな、俺もそう思う」
こんなくだらないことでもやってなきゃこのむさ苦しい空間には耐えられん。
そしてリニモに乗って5分少々で終着駅の藤が丘へと到着した。
「ふぅー。これほど外の空気が上手いと思ったこと無いぜ」
ぞろぞろとリニモから人が降りて改札口へと向かう。俺から数メーター前にはコンダクター女子の群が見える。
「そういえば永沢さん、馨さんからなんか連絡ありました?」
「ん? いや。何にも。現地集合だから、もう居るんじゃないの?」
「メールしたんですけどリターンがないんで」
「マメだなぁ、高橋。馨ちゃんは雑だからきっちりメール返ししてこねぇよ」
「そうなんです?」
「だよ」
今、高橋の言葉になんだかしっくり来ない感じがしたぞ。
「高橋ぃ。今、馨さんって言った?」
「でした?」
「そう聞こえた」
「言ったかも」
「お前ら付き合ってんのか?」
「いいえ」
「あ、そう」
俺は馨ちゃんと高橋との関係が気になった。この後のパライダス飲み会での出来事で余計にな。