第14節 前哨戦
*
今日は8月12日。待ちに待った今年夏の大イベント・デーだぜ。昨日の夜の戦闘は全然集中できずに皆に怒られちまったよ。だが、そんなことはヘッチャラよ。今オレにとって大切なのは今夜のイベントだからだ。
だが、今夜のイベントを迎える前に、毎年恒例のつまらんイベントが待っている。盆休みは年に一回だけの完全休業だからウチではこの日が大掃除の日となっているのだ。言ってみりゃあ仕事納めの日でもあるな。この日だけは従業員全員が午後出勤して自分たちの関係部署を中心にあれこれとやる。
が、実際のところそんなにやることはないんだな。皆ダラダラと喋りながらテキトーにやって時間潰しに専念。
そんでもって、本日の終業時刻17時になると納骨堂前に全員集合する。ここでちょっとした儀式を行うんだ。
ここの従業員は全員でどんだけいるのか俺は全く知らないが100人くらいはいるのかね。クソ暑い時期だけにこんだけ人が集まるとかなり蒸し暑さが増す。俺は掃除の時からヤル気あるように見せかけるためのタオルを首に巻きつけたまま参加。この時に一番汗が出るからな。
この時間はいつもなら苦痛に思っていたが、今日はこの後にコンダクターのお姉ちゃん達とガン冷えビールが待っていると思うと耐え甲斐のある時間となるな。我慢した分、楽しさも倍増するってもんだ。なんてストイックな俺なんだ。マゾヒスティック永沢32歳。高揚してきてます。
納骨堂の前に各部署のメンバーが綺麗に整列し揃うと木下所長が現れた。悔しいことにセンタールームと同様の並び順だからコンダクターと俺達アウターの間にはガイドが並んでいる。ガイドの奴の横顔の向こう側にはチラチラとコンダクター女子が望める。このチラチラ見えるのも悪くないか。今日はどんな子たちが来るんだ?
そんなことを考えている俺の耳には締めのお言葉を皆の前で語る木下所長の声など入ってくるわけがない。
「黙とう!」
という言葉だけに俺は反応し、そのまま目をつむる。すると俺の頭の中にはこのあとコンダクター女子たちとやんややんやと盛り上がる風景が浮かび上がる。
「永沢さん、もう終わりましたよ」
俺の体が揺れると同時に高橋の声が聞こえた。俺は妄想に浸りすぎて目をつむったまま突っ立っていたのだ。
「目をつむったままニヤついてましたよ。こんなところで何考えてたんですか? 不謹慎っすよ」
「悪ぃ悪ぃ。よっしゃ、高橋。行くぜ」
やる事が済んだらここからはとっとと退散だ。俺は更衣室へとスタスタと向かった。そして更衣室で俺は汗ばんだ体を使い捨てウェットタオルで念入りに拭き拭きし、仕上げにデオドラントで体をコーティングする。
「すげぇ気合い入ってますね」
「当たり前だ。お前も興奮してんだろ。早くしろ高橋」
「たかが飲み会に興奮するわけないでしょ」
「こんな時にのんびりしていられるか。そんじゃオレは外で待ってるからよぉ、早くしろよ」
いつもの俺ならクソ暑い外で待つなどということは絶対しないが今日は特別だ。
通用口周辺には見覚えがあるような無いような野郎ばかりがいた。女子はいない。やはり女子はいろいろと準備で出てくるのに時間がかかるんだな。うむ。計画通りだ。
俺は通用口すぐ横の壁にもたれて高橋や他の連中を待った。すると優輝ちゃんがぞろぞろと束になって出てくる野郎の中にいるのを見つけた。
「よぉ、優輝ちゃん。お疲れ」
俺の声に優輝ちゃんは驚いたように一瞬立ち止まり周りを見渡し俺が通用口すぐ横にいるのを見つけるとローテンションで応えた。
「どうもお疲れ様です」
優輝ちゃんはこんな素敵な日でもいつも通りのテンションだな。
「ホントに今日は参加しねぇのか?」
「はい。すみません。それじゃお先に失礼します」
「お、おう。良い休みで」
優輝ちゃんは淡白な挨拶をして自転車置き場へと向かって行った。
「何食わぬ顔してたけど、実は優輝ちゃん、希恵ちゃんとデートだったりして」
俺はそうあって欲しいなという親心チックな気持ちになった。
優輝ちゃんを見送って再び通用口に目をやると優輝ちゃんと同世代くらいの髪の毛の長い女子が独り立っていた。きっとお友達を待っているのだろう。
「ども、お疲れさまでしたぁ」
俺はひとまず究極の極上スマイルで声をかけた。
「あ、どうも。お疲れさまでした」
髪の毛がスタンダード・パイの先まであるこの子は少し鼻にかかった声で頭だけペコリと下げて言った。馨ちゃんとはちょいと違うほんわか風味のちょいタレ目奥二重は何とも可愛らしい。体型はほどよいむっちり感でナイス。ミニスカートから延びる生足は挑発しすぎだ。俺が生活指導部長だったらお仕置きをするレベルだ。食堂でちょくちょく目にしていた子だが化粧の具合が違いエロさも放出している。
「今日はもしかしてこの後参加する?」
「はい」
彼女の言葉に脳内猿たちの活動が一気に激しくなった。
「おおー、そっかー。俺、アフターの永沢です。よろしくっす」
もちろん大人な俺は猿たちを頭の中で押さえつけ落ち着いた対応をする。
「コンダクターの野々宮です」
「連れ待ち?」
「そうです」
「俺もだ。今日はずいぶんと集まるらしいから楽しみだぜ」
「そうですね。普段、アフターさんたちとはお話する機会ないですからね。よろしくお願いします」
随分と他人行儀ではあるが礼儀正しいのは好感がもてるものだ。
「よかったら一緒に行こう」
「え? あ、そうですね」
ののちゃん(俺の中ではすでに彼女はののちゃんなのだ)は可愛いタレ目をパチクリさせて言った。
「永沢さん、お待たせしましたー」
そこで高橋とその仲間たちがぞろぞろと出てきた。
「おう、待ったぞ。こちらコンダクターの野々宮さんだ」
俺は高橋とその仲間たちに紹介した。
「どもー、お疲れさまでしたー」
高橋とその仲間たちが一斉に声をあげた。女に飢えた野獣たち。
「そんじゃ行きましょうか永沢さん」
「お、この子たちと一緒に行かねぇか?」
「あんなに早く行くぞ言ってたのに何ですか」
高橋はわざとらしく大声で言った。
「折角じゃねぇか」
「あ、お構いなくどうぞ。まだ時間かかると思いますから」
と言ってののちゃんはまたステーションへ入って行った。
「ほら、永沢さんがエロい目で彼女見てたから逃げて行きましたよ」
高橋がバカなツッコミを入れてきた。
「なんだよー。でら紳士的な態度だったて」
「もういいから行きましょう。この時間はきっとリニモ混みますから」
高橋はそう言って駅の方へと歩き始めた。
「ま、いっか」
(今夜は長い。ここでエネルギーを消耗するわけにはいかんな)
俺はそのまま高橋達のケツを追った。