第12節 ウッキーッ!
まぁー何はともあれ、優輝ちゃんのマジ恋物語は着々と進んでいると見てよさそうだ。
「ちょっといいですか?」
俺達の恋愛話に聞きなれない野郎の声が割り込んできた。そしてそいつはコンダクター女子を俺の視界から奪う不届き者だ。四角い顔に四角い黒縁メガネ。なんか見覚えがあるような……
「お宅は……」
「突然、すみません。コンダクターの林です」
思い出したわ。そういやぁ、こいつも俺と同期だったわ。
「お、そうだそうだ、ゴメンゴメン、男の名前はすぐ忘れちまうよ」
「顔はちょくちょく合わせるようなことがあっても話をすることがないですからね。ちょっとお邪魔します」
そう言ってコンダクター林は俺の前に座って続けた。
「それでホント突然の話なんですけど、実は今度の盆休み前の最終日、終業後に飲み会をやろうってことになりましてね。それも、ここのライフケアのメンバー全員に声をかけて」
なんと、コンダクター女子と飲み会だと! コンダクター林から思いがけない話が出てきたぞ。
「なんという素晴らしい企画だ! しかもコンダクターさんから誘ってくれるなんて嬉しいじゃねぇかー。なぁ、優輝ちゃん?」
「え? あ、はい。そうですね……」
「なんだい気の無い返事だなぁ。ま、優輝ちゃんは希恵ちゃんのことで忙しいからな」
こんな素敵な話に優輝ちゃんはノーリアクション。きっとヤツの頭の中では希恵にゃんがぴょんぴょん飛び回ってんだぞ、こりゃ。ボーっとした顔つきだしよ。
って、そんな優輝ちゃんの頭の中はどうだっていい。俺は何より重要な事を聞かなくては。
「ちなみに、今はどれくらい集まってんの?」
「だいたい40人弱ですね」
「おおー、大所帯だなぁ」
「そうなんですよ。ウチのコンダクターチームの思いつきで声をかけ始めたんですけど意外に集まって」
「まさか、野郎ばっかじゃないよな?」
そう。重要な部分だ。
「まさか。どうかき集めても男だけで40人にはならないですよ」
俺の頭ん中でウキウキ猿が集まってウッキャウッキャと騒いじまってるよ。嫌でも鼻の下が伸びちまうぜ。
「だよなー。そういえば、昔、ここが始まった年に一回やったけなー?」
「そうですね。あの時とは随分スタッフの顔ぶれも変わっちゃいましたし、あの時は形だけの堅苦しいものでしたからね。今回は純粋に有志だけでってことで声をかけたんですよ。正直、参加する人なんて少ないだろうって思ってたら意外に集まっちゃって」
「アウターにはもう声かけてあるの?」
「ええ。あと、ガイドさんとアフターさんなんですけど。それで勝手言いますけど、永沢さんにガイドとアフターのメンバーを取りまとめてもらえないかと思いまして」
「まぁ、そりゃあ、そうだわな。両方に顔利くのは今じゃ俺しか生き残ってねぇからな」
「すみません。で、急で悪いんですけど、前日までに人数を確定したいんで、それまでにそちらの方たちの参加者を教えてもらえません?」
「おおー、即行で全員に声かけとくわ。多分、みんな参加するぜ。なんつったって女子に飢えてるからよぉー」
「それ、永沢さんだけですよ」
「なんだよ、高橋、今日は珍しく外飯なんか行きやがって。寂しかったぞ」
今日は「ちょっと外で食べて来るんで」なんて言って出て行った高橋が戻ってきた。しかもその横には馨ちゃんがいるじゃないの。どーいうの?
「こんにちは」
馨ちゃんはなんとも爽やかで、らしくない笑顔であいさつした。
「こんにちは、ってエラい丁寧なあいさつが気持ち悪いぞ、馨ちゃん」
すると俺の横にいた優輝ちゃんが「こんにちは」とボソり言った。
「何言ってんの、橘君に言ったに決まってるでしょ」
「なんだよ、馨ちゃん。結局馨ちゃんも若いのが好きなんだろ? 俺にはそんな可愛らしく挨拶してくれねぇのによぉ」
「歳の問題じゃ無くて、その人の持ってる雰囲気の問題よ。アンタは『むさい男』を絵に描いたようだからね」
「なんちゅー挑発的言葉! これだからオバさんは困るんだな」
「オッサンがよく言うわ」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて。それで、コンダクターさんがここにいるなんて珍しいですね」
高橋は俺を利用するかのごとく、大人チックな冷静な対応で入ってくる。くーっ、嫌だねぇ。
「今、永沢さんに話したんですけど、今度の盆休み前にみんなで飲み会やる企画があって、その話を」
高橋と馨ちゃんは並んで優輝ちゃんの前に座り、林さまの話を聞く。
「あ、そうなんですか? ここでそんな話が持ち上がるなんて信じられないっすねー。で、メンバー集まりそうなんですか?」
「今、コンダクターとアウターで40人くらいはいますよ」
「おおー、すごい」
高橋と馨ちゃんのハモリ。
「わ、楽しそうねぇ。いいなぁ」
「あ、こちら、メイクで時々ここに来てる鹿島さんです」
高橋は林さまへナチュラルに馨ちゃんを紹介。
「あ、そうでしたか。どうも初めまして、林です。どうぞ、良かったらぜひ参加してください。そうそう、ちなみに会費は全員一律4000円でいく予定です」
「場所は?」
「藤が丘にある『ランデヴー』を押えました」
「老舗ですね」
「人数が多くなりそうなんで、大きくて確実なところにしました」
「俺はもち参加。鹿島さんも参加します?」
「盆休み前っていうと何日?」
「えーっと、12日ですよ」
「うん、たしか大丈夫」
なんだか知らねぇが、高橋と馨ちゃん、こいつらいつの間にかまとまっちまってんのか? 優輝ちゃんには希恵にゃんがいるし。俺には……?
(コンダクターちゃん達がいっぱいいるじゃなーい)
「林さま、大丈夫です。俺の方できっちりまとめて連絡するんで」
俺は丁重に林さまにお返事した。俺はこの話にビンビン来てるんだ。俺の野生の勘がだ!
「林様って……では、永沢さん、お願いします」
林さまはそう言うと席を立ち上がり席を離れた。俺はその林様に対し深く頭を下げた。
「どうしたんですか永沢さん、急に態度変わっちゃって」
「当たり前だろ、高橋。コンダクター女子との飲み会だぞ? 今となってはありえなかったような話がやってきたんだ。これは林さまのおかげだ」
「ホント、好きだねー永沢くんは」
馨ちゃんは頬杖をついて俺を上目づかいで見てきた。こいつ可愛い子ぶってんのか?
「で、今日はもしかして二人でランチデートか?」
「です」
俺の質問に高橋は威張り口調で片手頬杖ついて言ってきた。二人の仲の良さをアピールしてんのか? くだらねぇ。
「なんだなんだ、随分と良い感じじゃねぇーか」
「そう思います?」
高橋はさらに増して俺に自慢げな挑発口調で言ってきた。
「デートなんて大げさなもんじゃないわよ。今日は二人手伝いで来てて、それで高橋くんからこの辺りでどっか良い店知らないかって聞いてね。で、連れて行ってもらったの」
ま、そーいうことだと思ったぜ。
「ま、俺には関係ねぇ話だからな。で、二人は飲み会参加で?」
「俺はもち」
高橋は馨ちゃんをチラ見しながら返事。
「うん、スケジュールの方は大丈夫だから、私もぜひ」
馨ちゃんは手にしたスマートフォンをチェックして気軽に返事。
「優輝ちゃんは?」
俺達の会話を聞いていたのか聞いていなかったのかよくわからんような反応の優輝ちゃん。そもそも今まで気配すら消していたと言っていい状態だったな。
「俺は、止めときます。そういうの苦手だから……」
優輝ちゃんはゆっくり立ち上がりながらボソりと答えた。
「こんな話は二度と無いかも知れんぞ。一生の思い出としてどうだ、優輝ちゃんも?」
「永沢さんも大げさですねぇ」
「そうよ。飲み会を一生の思い出にするって。まぁ、なんかアンタらしいけど」
「うっせー。一期一会の心よ」
馨ちゃんと高橋は俺の言葉に顔を見合わせて笑っていやがる。こいつらのせいで俺の頭ん中のウキウキ猿達がいつのまにかキーキー言って暴れてやがるぜ。
「すみません、お先に」
優輝ちゃんはそう言って去って行った。
「優輝ちゃん、気が変わったらいつでもメールな!」
ま、無理矢理っていうのは何事も良くないからな。俺は優輝ちゃんにそう声だけをかけて見送った。