第11節 永沢式恋愛理論
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さてさて、月は変わって8月。くどいようだが暑いぞっ! 天気の良い日にゃあギンギンギラギラ太陽が俺の白い軟肌を焼きつくし、天気が悪けりゃあ悪いで天然蒸し風呂状態とくる。外で息を吸って吐いているだけでも辛いっすわぁ。やっぱ夏は涼しい室内が一番だな。
だから一日中室内の仕事を手に入れた俺は幸せに感じたね。欲を言えば一般会社員的に9時5時固定コースだったらなぁと。実際ライフ・ケア・ステーションってところは今や認知度が高いサービス業っとなってるわけで、3交代24時間営業でバリバリ動いているからな。
そんな年中無休24時間営業のコンビニイメージのライフ・ケアだが、実は年に一度の大型連休が俺達従業員のために用意されている。俗に言う盆休みだ。つまり年に一度の永沢ゲームカーニバルがもうすぐやってくるのだ。クソ暑い8月もこれがあるおかげで楽しみに迎えることがなんとかできる。
そんなお楽しみの盆休みまでの楽しみであった橘優輝恋物語。優輝ちゃんとはシフトの違いがあってここのところ顔を合わせることが無かったのだが、情報収集も兼ねて俺はファンタスティック涼子に会いに行っていた。
が、察しはつくと思うが別にドラマチックな展開が起きるわけはない。
「ちわっす」
「いらっしゃませ」
「弁当温めてちょ」
「はい。830円です」
「IDで。この俺の透き通るような白い肌をスキャンしてちょ」
「はい」
「ちょいと教えて欲しんだけど、優輝ちゃんは最近来てる?」
「……?」
「俺よりちょいと背は低くて、俺よりでら細いヤツなんだけど」
「さあ」
「……そう」
「ありがとうございました」
ファンタスティック涼子よ、キミはサイボーグか? 顔の表情を一つも変えず、能面ヅラには関心しちまう。ファンタスティックボディは持っているがファンタスティックな笑顔は持っていない。
それに比べ希恵にゃんはどうだ。
「ちわっす」
「いらっしゃいませ! あ、どうもこんにちは!」
「いつも元気な笑顔いいねぇー」
「あ、どうもありがとうございます! お弁当は温めますか?」
「うん、お願い」
「はい。会計は800円です」
「IDで。この俺の透き通るような白い肌をスキャンしてちょ」
「はははー、ホント羨ましいくらい綺麗な肌してますね」
「太陽光線は俺の敵だ。希恵ちゃんこそ綺麗な白肌だねー」
「家系のせいか、私も紫外線に弱いんですよ。すぐに赤くなっちゃって。通勤の時はいつも長袖手を上に羽織るんです」
「家は近所?」
「はい、自転車で5分くらいのところです」
「そうなんだー。で、ちょいと教えて欲しんだけど、優輝ちゃんは最近来てる?」
「ユウキちゃん? 女性ですか?」
「いや、男。橘優輝って言って俺よりちょいと背は低くて、俺よりでら細いヤツなんだけど」
「うーん、ちょっと分からないですね」
「そっか。俺と同じ職場で働いてるんだけどシフト違いで最近顔合わせてなくてね」
「そうなんですかぁ。もし気がついたらお話してみますね」
「うん、タチバナ ユウキって名前ね。IDで払うと分かるだろうから」
「分かりました。はいナガサワ マモルさま、800円入りました。どうもありがとうございました!」
「ありがとね。また来るよー」
「ありがとうございましたー!」
とっても気さくにキラキラした声でお話ししてくれて、子猫のようなまん丸のおめめが素敵な希恵にゃん。優輝ちゃんには悪いが彼女の声と表情、そして対応に俺はちょっくらお股が熱くなったぞ。そこで俺はサイボーグ涼子のボディに希恵にゃんの顔と脳みそを入れた姿を脳内イメージで作り上げてみた……
(でらでらスーパーファンタスティックっ!)
俺の妄想は暴走し始め、一気にお股が熱くなる。むむむ、今晩はこの妄想を維持して自分を慰めてみようか……
32歳独身男の夏まっ只中。なんて虚しくかつむさ苦しい夏だろうか……
さて、日は変わって久々に優輝ちゃんと食堂で遭遇したのだが、その優輝ちゃんは今までに比べてなんだかちょいと動きが軽やかに見えたんだな。いつもはもっさりしていたのに。こいつはもしかして希恵にゃんと着々と進んでるのか? そんな事を思ったらちょいと悔しく感じたぜ、優輝ちゃん。真相を確かめてやろう。
「よ、優輝ちゃん、お久しぶりぶりだな」
「あ、永沢さん。ども」
「どうよ?」
「え?」
「希恵ちゃんとは?」
「いや、別にどうって、何も……」
「いやいや、その顔は違うな。ちゃっかりコンビニで買い物しちゃってるしよぉ」
ここの弁当オンリーだった優輝ちゃんが普通にコンビニ袋引っ提げて食堂にやってくること自体異常だ。
「自分でも、あんまし良く分からないんですけど、なんとなく行きたくなるんですよね」
そんなことを口にして優輝ちゃんは俺の横に座った。今日はどうしたっていうんだ? 今までひっそり独りで食べてた優輝ちゃんなのに。
「つまり希恵ちゃんに会いたいってことだろ?」
「でしょうか?」
「でしょうか?って変なこと言うなぁ。ちょっとは色々と喋ったりしてんだろ?」
「まあ……」
「メルアドの交換とか、デートの約束とかはしてねぇのかよぉ?」
「まさか。そんな必要も無いですし」
淡々と語る口調はいつもの優輝ちゃんだな。
「なんと、必要が無いってどういう意味だて? まったく優輝ちゃんは面白いこと言うなぁ。そういうのって必要とか必要じゃないとかじゃないっしょー」
「そういうものですか?」
「何がどうであれ、お互いを知らなきゃ始まらねぇからなぁ」
恋愛スキルはレベル1クラスの俺は知ったかぶりで理論だけを話すハッタリ野郎だ。奇跡的に唯一無二だった彼女がいたのはハイスクールの時だった。これまた奇跡的にエロい関係になったが、社会人になったとたんあっさり鞍替えされ俺の20代は孤独だったな……
「ああ、なるほどぉ……」
優輝ちゃんは意外なほど素直に俺の話に耳を傾けている。この変身しぶり、ホンモノだな。
「希恵ちゃんのことを知りたいと思ってないのか?」
「……それが自分でもよく分からないんです。でも、彼女の声が聞きたくなるっていうか、顔が見たくなるって感じは……」
優輝ちゃんは開けかけていたパンの袋を手にしたままなんか遠くを見ている感じで固まっている。優輝ちゃんは俺以上に純だねぇ。可愛いすぎるぜ。
「それはなあ、優輝ちゃん。優輝ちゃんは希恵ちゃんが好きなんだよ。恋しちゃったんだな」
「恋ですか?」
「世の中、男と女しかいないんだわ。そりぁ、そういう気持ちをもって惹かれたりするのは当然だって。理屈じゃないわなぁ。優輝ちゃんは男なんだから、女に惚れて当たり前。そして男と女のやることは一つ。所詮オスとメスの動物よ」
『永沢式恋愛理論』。野生本能に基づいて行動する。男が女を追っかけようが女が男を追っかけようが性別の違いは関係無ぇ。
「男と女は凸凹の関係なわけよ。出てるものと凹んでるものが合体して形が完成するってわけだ」
「凸と凹ですか……」
「ユウキちゃん、女に惚れたりしたことないのか? もしかして付き合ったりしたことないとか?」
「まあ、付き合ってたのか良く分からないですけど、何人かは……」
「!」
畜生。優輝ちゃん、さらりと俺に対してモテモテ度をアピールしてきやがった。先輩である三十路男への気遣いは無いのかよぉ……さすが優輝ちゃん。
「まぁ、嫌われたり、避けられたりするんじゃないかと色々と頭ん中で考えるけどな。最後はそんなもん、当たって砕けろだて。いちいちビビってたってしゃあないよ」
『永沢式恋愛理論』。結局は投げやりなのである。
「そうですね、当たって砕けろですよね」
「だよ。優輝ちゃんは細いから当たったら砕けちまうかもしれねぇから、もっと肉をもっとガッと食っていこうぜ。そうすりゃあ俺みたいに当たって砕けてもビクとしなくなるぜ」
本当は砕けたら修復にかなり時間がかかる俺は『インチキ投げやり永沢式恋愛理論』をまだ語る。
「肉食獣みたく獲物を見つけたらそろりそろりと近づき、そして隙を見て一気にガーッと行く。そりゃあ時には失敗もするだろうが食わにゃきゃあ死んじまうから、最終的には食う」
「だから肉食獣って単独行動なんですよね。草食動物は仲間同士群れを作って外敵から身を守ってる。独りで生きて行くには肉食にならなくちゃいけいんですね、きっと」
「そうだな」
優輝ちゃんは複雑に考えてんなぁ。『インチキ投げやり永沢恋愛理論』は単純に野生の勘のみでの行動ってだけなんだけどな。理性はお仕事の時だけ使えば良いのだ。って言うと性犯罪者みたいになっちまいそうだが。