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志願兵の恋 2

 翌日の放課後。永田たちのグループは実習室に集まっていた。

 いつもは誰かしらに自主講座や他の予定が入っているため、この時間に全員が揃うのは意外とめずらしい。けれども今日と、あと一日だけは永田、雪、カズ、ミユ、ニッシー、そしてタカシと、六人全員がスケジュールを調整済みである。


「じゃあヒデ、さっそく始めてくれ」


 ニッシーが永田を促した。彼の手にはなぜか、自分のものらしいマグカップがしっかりと握られている。


「ニッシーさんも手伝うんですよ。そのためのリハーサルなんですから」

「でもたしかに、私も楽しみ。永田君が淹れてくれるコーヒー」


 呆れ顔で釘を刺すミユと、彼女の隣で笑う雪の手元にも、自分のものらしきマグカップが置いてある。よく見るとカズとタカシもで、つまりは全員がマイカップを持参済みだ。


「みんなには各テーブルからのゴミの回収や、淹れ終わったあとにそれぞれのコーヒーを交換する際の、配膳係をやって欲しいんだ」


 ひとりだけカフェエプロン姿で皆の前に立った永田は、そう説明して「お願いします」とあらためて頭を下げた。


「ウエイター役ってことだな。任せとけって。なんなら、トッピングとかもお勧めしてやるぞ」


 またしてもニッシーがやる気満々なところを見せるので、永田も思わず笑みをこぼした。

 訓練終了が近づくなか、永田もやっと自主講座の講師役を務めることが決まったところ、仲間たちが当然ごとくアシスタント役に立候補してくれたのだった。かくして、今は三日後の本番に備えリハーサル中というわけである。

 ちなみに講座名は『永田カフェ:美味しいコーヒーの淹れ方講座』。永田自身は単純に『美味しいコーヒーの淹れ方講座』にしようと思っていたのだが、


「むっつり若仙人だけど、ヒデは意外と人気あるからな。名前を前面に出しときゃ、集客もばっちりだ」


 などと言って、ニッシーが強引に変更したものだ。しかも、どうせ事務室で却下されるだろうと高をくくっていたら、予想に反してすんなりと受理されてしまった。書類を見たマイキーなどは「あら、いいですね! オブザーバーは私がやります!」と、むしろノリノリだったほどだ。

 講座名はさておき、こうして皆が助けてくれるのが本当に嬉しくてありがたい。心からの感謝とともに、永田はリハーサルをスタートさせた。


「OK。じゃあ始めます。まずは、何種類もある豆の説明からだけど――」


 軽く手を叩いてリハーサルを始めた瞬間。

 ノックの音とほぼ同時に、扉が勢いよく開いた。


「失礼します!」

「すみません、勉強中に!」


 血相を変えて飛び込んで来たのは、制服姿のリリちゃんと繋である。


「どうしたの?」


 問いかけたミユだけでなく全員が目を丸くするなか、リリちゃんが予想だにしなかった台詞を口にした。


「TTC、なくなっちゃうんですか!?」

「え? どういうこと?」


 カズがすぐに訊き返す。


「学校で顧問の先生に聞いたんです。TTCを閉鎖して、東北の方に新しい訓練所をつくる計画が、国やJIASではもう進んでるって」


 いつもは落ち着いている繋が、さすがに焦った声で答える。リリちゃんも同じ調子で続けた。


「だから私たちも、新しい活動先を見つけなきゃねって言われて」

「なんだと!?」


 ニッシーの叫びを聞くと同時に、永田はタカシの方を見た。


「まさか――!」


 タカシも目を見開いたまま頷き返す。昨日の偉そうな来客。そして、マイキーが所長と盛んにミーティングしていること。あれらはすべて、TTC閉鎖にまつわる動きだったのだろう。


「とりあえず所長に確認しよう!」


 カズの号令とともに、リリちゃんと繋を加えて八人に膨れ上がったメンバーは、実習室を飛び出した。




 高松所長の後ろ姿を見つけたのは、玄関ロビーでだった。ちょうど外出するところのようで、隣には昨日も見たポマード頭の男が、大きなバインダーを手に悠然と歩いている。そして彼らの背後には、肩を落としたマイキーの姿。


「所長!」


 カズの呼びかけに、マイキーが真っ先に振り返った。釣られる形で、高松とポマード男も足を止める。


「!! みんな!」

「マイキーさん!」


 ハッとするマイキーに、めずらしくタカシが大きな声を出し駆け寄ってゆく。

 それも当然だった。彼女の目は潤んで、赤くなっていた。


「あ、違うの! 大丈夫! 私は大丈夫だから!」


 慌てて目元を拭うマイキーだが、その顔と仕草、さらにはカズや永田たちもいるのに「皆さん」ではなく、思わず「みんな」と呼んでしまったことからも、何かがあったのは明らかだ。


「本当に大丈夫ですか?」

「うん、ありがとう」


 心配そうに顔を覗き込むタカシに、マイキーはそれでも健気に笑顔をつくってみせる。 ふたりをかばうように、カズが一歩前へ出た。


「所長。TTCが閉鎖されるって話を聞いたんですが、本当ですか?」


 だが返事を寄越したのは、聞かれた本人ではなくポマード男だった。


「なんだね、君たちは?」


 昂然と胸を反らせたポマード男が、横柄な態度に相応しい横柄な声で質問を返してくる。さすがにカズもむっとした表情になるが、それでもなんとか堪えたようだ。


「すみませんが、お客さんには関係ないことです」

「関係は大ありだよ」


 ふん、と鼻を鳴らすポマード男。下品なストライプ柄のスーツが、顔に浮かぶいやらしい笑みと絶妙にマッチしている。


「私の会社がここの取り壊しと次のTTC、いや、MTCの建設を担当するんだからね」

「MTC?」

「私は、こういう者だ」


 バインダーを持ったままスーツの内ポケットを探ったポマード男は、ワニ革っぽい名刺入れから一枚を取り出し、片手で雑に差し出してきた。


「おい、おっさん。名刺の渡し方も知らねえのか」


 つっかかろうとするニッシーを手で制したカズは、受け取った名刺を、全員に聞こえるようにして読み上げた。


「アース&ハート社 代表取締役社長 ()()()(みつ)()?」

「そうだ。自分で言うのもなんだが、君たち訓練生のメインスポンサーというわけだ」


 現われた面々が、訓練生とその手伝いをしている高校生だというのは、理解していたらしい。狡猾そうな笑みを浮かべたまま、加賀谷なる男は、全員の顔に視線を走らせてくる。


「アース&ハート社……」


 つぶやいた永田はすぐに思い出した。TTCのいたるところ、いたる物品に付いている、地球儀にハートの矢が刺さったロゴマーク。いつだったか、雪ともその話をしたことがあった。


「うちはもともと、岳ヶ根に本社を構えるゼネコンでね。オンボロのTTCを撤去して、福島の()()(すぎ)に新しい訓練所をつくるよう、JIASさん、つまりは外務省から依頼を受けたってわけなのだよ」

「そんな!」


 ミユの声など聞こえないかのように、加賀谷は得意げに口を動かし続ける。


「ボロっちいTTCを取り壊し、震災から復興した東北に最新鋭の『三田杉トレーニングセンター』、通称MTCをつくる。建設を請け負うのは、そのノウハウをもったオンリーワン企業。まさに理想的なウィンウィンの関係じゃないか。はっはっは」


 ――違う。


 永田はすぐに思った。仲間たちも言わずもがな、同じ気持ちを顔に出している。

 絶対に違う。一方的な施設移転で喜ぶのは、外務省と加賀谷、あとは三田杉市の一部の人だけだ。この場所でかけがえのない時間を過ごしてきた自分たち訓練生や、コッパツ隊、SN隊の現役隊員、OB、OG、そして何よりTTCをずっと支え、応援してきてくれたリリちゃんたち地元の人々の気持ちはどうなるのか。

 気持ちだけの問題ではない。ささやかながら、「コッパツ隊&SN隊の故郷」というのを看板にして営まれてきた岳ヶ根市の産業にとっては、大きな打撃になってしまうことだろう。


「所長、このおっさんの話、本当に本当なんすか!?」


 ニッシーが重ねて問うが、高松からはなんの返事もない。むしろ視線を逸らすばかりである。すなわち、それこそが答えだった。


「どうして現役の訓練生である俺たちに、何も言ってくれなかったんですか? こんなにでかい話なら、そもそも俺たちが入所する前から進んでいたんでしょう?」


 カズの声も大きくなったところで、マイキーが弱々しく口を開いた。


「ごめんね、みんな……。私じゃ、力になれなかった……」


 完全に涙声になってしまっている彼女の肩を優しく抱いて、今度はタカシが、おそらくはこの二ヶ月半でもっとも長い言葉で訴えかけた。


「閉鎖を免れる道はないんですか? 僕たちは、いえ、僕たちだけじゃなくて歴代のコッパツ隊やSN隊の先輩方も、みんなこのTTCで育ってきました。TTCで家族みたいな仲間ができて、TTCが我が家みたいになって。自分たちの家を唐突に、しかも一方的に取り壊しますなんて言われて、納得する人は一人もいないと思います」


 マイキーを支えるのとは逆側で、タカシの左手は真っ白になるほど握り締められている。温厚な彼も、心のなかは怒りや悔しさで一杯なのだろう。


「カズやタカシの言う通りです」


 永田も続いた。高松と加賀谷を交互に見据え、気持ちを言葉にしてゆく。冷静になれ、と自分に言い聞かせながら。


「彼女――リリちゃんが教えてくれたから助かったけど、それがなければこのまま水面下で話を進めて、何も知らせないまま、俺たちを任国に送り出すつもりだったんでしょう? そうやって、さっさとTTCを閉鎖するつもりだったんですよね。どうしてですか? 悪意があるとしか思えない」


 だが、答えるのは所長たる高松ではなく、あくまでも加賀谷だった。しかも、こちらを小馬鹿にする表情をもはや隠そうともしない。


「やれやれ、威勢がいいな。問題児集団のくせに」

「あ? なんだと?」


 睨み返すニッシーの視線をしれっと受け止め、「くっくっく」と下卑た笑い声を漏らす。


「さすがはTTCの取り壊しに、最後の一押しをしてくれる人間たちだ」

「どういうことだ?」


 カズが訝ったところで、加賀谷は手にしていたバインダーをひょいと持ち上げた。なかを開き、ページをぱらぱらと捲り始める。


「眼鏡の君、名前は?」

「……森本和茂だ」


 老眼なのだろうか、バインダーを遠ざけつつ上下していた目の動きが、けれども数秒後、ぴたりと落ち着いた。


「森本……っと。ああ、これか。ふむ。インナーメイル社でドーピング幇助の疑い、と」

「!!」

「ほう。この代の訓練生のリーダーか。道理で弁が立つわけだ」


 あ然とする皆の方など見向きもせず、加賀谷は声に出して他も確認してゆく。


「森本君とつるんでいるグループは……医療事故関係者の看護師、元引きこもりの栄養士、それに女子高生と淫行疑惑の農家、か。おやおや、見事なまでの愚連隊だな」

「ど、どうして!」

「!!」

「なっ!?」


 個人情報を並べ立てられたミユ、タカシ、ニッシーが愕然となる。情報の漏洩先にいち早く気付いたのは、気を取り直したカズだった。


「所長!」

「……申し訳ない」


 射るような視線を向けられた高松が、がっくりとうなだれた。こちら側では「最低ね」とつぶやいた雪が、まるで自分が馬鹿にされたかのごとく、ぎゅっと唇を噛んでいる。


 そうだ。こんなの最低だ。


 雪にちらりと目をやってから、永田も加賀谷を睨みつけて口を開いた。高松に声をかけても、どうせ返事はないだろう。


「つまり俺たちはわざと集められた、ってことか」


 もはや敬語を使う気もおきない。彼らへの嫌悪感、不快感がどんどん膨れ上がってゆく。

 加賀谷からの答えは、果たして予想通りのものだった。


「さすがに全員ではないがね。いずれにせよ、TTC最後の訓練生となる君たち二五-二次隊のメンバーに、脛に傷を持つ人間が多く集められたのはたしかだ。私のJIASへの進言によって」


 そのとき。


「ふざけんな!」

「何よ、それ!」

「俺たちだって認めねえぞ!」


 何かを言おうとした永田よりも先に、いくつもの声が出入り口の方から聞こえてきた。同時に沢山の足音も。さすがに加賀谷と高松も、そちらの方向を振り返る。

 ロビーに続々と集まってきたのは、さらに沢山の訓練生仲間や職員たち、そしてこの二ヶ月半の間、所外実習や外出の際に自分たちを温かく迎えてくれた岳ヶ根市の人々だった。


「そんな勝手なこと、許されるわけねえだろ!」

「そうよ! ネットで暴露してやるんだから!」


 手を繋いだまま鼻息荒くまくしたてるのは、永田と同じ三班の、健一と明日香だ。


「うちらだって、なーんにも聞いてないんですけど? 所長、どういうことです?」


 健一と明日香のそばでは、エプロン姿の食堂のおばちゃんたちが、おたまやしゃもじを所長に向けている。


「私たちも、リリからのメッセージで知ったぐらいです。聞いてません!」


 リリちゃんと繋の仲間であるボラ同の高校生も、制服姿で抗議の声を上げる。さらには意外なサポーターまで加勢していた。


「TTCがなくなったら私、困ります! 私も大人になったらバブリー兄ちゃんや雪さんみたいに、ここでコッパツ隊になるんだから!」

「うちの娘だって、こう言ってますぜ」

「地元にこれだけ愛されてる施設を、なんの相談もなしになくしちまうなんて、許されるわけねえよなあ」


 花卉農家を営む秦家の詩織ちゃんとお父さん、そして渋谷米店のご主人だった。彼らの向こう側にも、何十人もの顔が見える。その全員が、突然の決定にまったく納得していない表情だ。


「みんな……!」


 マイキーがふたたび目を潤ませたところで、人垣を割って年配の男性が歩み出てきた。


「私も今朝、以前の同期から聞いてね。これは一大事だと思って、すぐ皆さんに伝えさせてもらったんだ。そうしたら、自然とこうなったってわけだよ」


 いつもの優しい微笑を浮かべるのは、大ベテラン訓練生の潮春である。さすがの機転と行動力だ。


「所長」


 ふたたびカズが高松に声をかける。今度は逃がさないぞ、とばかりに近寄って、強引に顔を覗き込みながら。


「これだけ存続を願う声があるんです。というか、そもそもの決定方法からして強引極まりない話じゃないですか。訓練生一堂を代表して、TTC閉鎖の再考をお願いします」

「そ、それは」


 視線を泳がせる高松にカズ以上の圧力をかけたのは、隣に立つ加賀谷だった。


「だらしないな、高松さん」

「いや、けど……」

「あとはJIASを通じて外務省にハンコもらえば、万事解決だろうが。昭和の遺物みたいな訓練所から、震災復興のシンボルとしてもアピールできる福島の訓練所へ。ついでに、あんたの借金もうちの会社が肩代わりで、めでたしめでたしってわけだ」

「なっ!?」

「マジか、所長! あんたってやつは!」


 愕然とする永田とともに、ニッシーがぎょろりと目を剥く。

 つまりは、そういう裏事情があったらしい。ボランティア訓練所を東北へ移転させたい外務省。その意向を知り、移転事業の受託を狙ったアース&ハート社。彼らを推薦しつつ、見返りとして借金を肩代わりしてもらう高松。三社の思惑が合致しての、そして訓練生や岳ヶ根市のことは完全に無視したうえでの計画だったのだ。


「お集まりの諸君、聞こえたかな?」


 芝居がかった仕草で片手を広げた加賀谷が、ぐるりと身体を一回転させる。


「今言った通り、TTC取り壊しはもう既定路線なんだよ。こうして申請書類も揃っている。あとは外務次官と大臣に承認印を押してもらうだけだ。残念だが諦めてくれたまえ」

「ふざけんな! 俺たちは絶対に認めねえぞ!」


 かみつきそうな勢いのニッシーをちらりと見た加賀谷は、「さっきから下品な男だな」と、またしても偉そうな笑みを浮かべて続けた。


「やはりこの期の訓練生は、ボロ施設に相応しい問題児集団のようだな。これじゃまるで、ボランティア訓練所ではなく刑務所か強制労働所だ。はっはっは」

「貴様!」


 さすがに自分も我慢できなくなり、永田が前に出ようとしたとき。

 握り締めた右手が、そっと握られた。


「永田君!」


 雪だった。しかし彼女の声は、加賀谷にも聞こえてしまったようだった。


「永田? ああ、君がそうなのか」


 つまらなそうに頷いた加賀谷の手が、手元の資料をふたたび捲り出す。


「これだったな。永田秀樹君」

「!!」


 さっと青ざめた永田の顔を見て、加賀谷がにやりと笑う。卑劣という言葉が形をとったかのような、醜い表情。


「永田君こそ、一番の問題児じゃないか」

「やめろ!」


 叫んだが無駄だった。


「なんせ君、()()()()()()()だからね」


 はっきりと、周囲の仲間たちが息を呑んだ気配を永田は感じた。感じてしまった。


「ま、冤罪事件だったらしいけど。本当かどうかは、神のみぞ知るってやつだな。くっくっく」


 毒を吐くように喉を鳴らす加賀谷を、永田は燃えるような目で睨み続けるしかなかった。

 視線を動かせば、皆の顔が目に入ってしまうから。

 彼らの目に映る自分が、どんな表情をしているかわからなかったから。

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