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学級委員の恋 4

 十五分後。

 中庭のベンチへと、ミユはやってきた。よく晴れた午後にもかかわらず、周囲には誰もいない。フランの犬小屋と、隣には新しく作られたサコエモンの小屋も見えるが、彼らも空気を読んだかのように姿を消している。

 朝からずっと部屋にこもっていた彼女のスマートフォンが震えたのは、ほんの十分ほど前のことだった。


《所内にいるなら、すぐ中庭に来て欲しい。どうしてもミユに伝えたいことがあるから。来てくれるまで、ずっと待ってる》


 短いながらも、何かの決意が伝わってくるメッセージだった。昨日の返信もしていないのに。今日だって顔を合わせるのが怖くて、どうしていいかやっぱりわからなくて、こっちが勝手に逃げているだけなのに。


「ミユ」


 足を踏み入れたのとちょうど反対側、本館近くのベンチから声がかかる。はにかんだ笑顔で立ち上がったのは、呼び出したカズである。


「ありがとう。来てくれて」

「あ、ううん。ユッキーもメッセージをくれたから」


 あのあと体育館で繋が語った推理は、なるほどと唸らされるものだった。ただ、カズだけでなく他のメンバーも大いに納得するなか、雪だけは妙に落ち着いていた。姉弟らしく、同じ可能性を考えていたらしい。

 そうして弟の説明が終わるやいなや、彼女は真っ先に手を挙げてくれたのだ。


「繋の言う通りだと思う。だからカズ君、あらためて直接話をしてあげて。ミユちゃんは、私が責任を持って連れ出すから」


 宣言した雪は、その場でミユにメッセージも送ってみせた。じつは今朝も連絡しており、そちらにはすぐ返信があって、一日部屋で過ごすつもりだと書いてあったそうだ。


「私も日波さんに賛成だ。くだらないと言ったら失礼かもしれないが、そんなことのせいで、大切な人を失いたくはないだろう?」


 潮春までもがそう言って背中を押してくれたことで、カズの文字通り「人生をかけた」この時間がセッティングされたのだった。


「ユッキーやみんなの手も、借りちゃったけどさ」


 カズがあらためて口を開いた。大切な女性に。TTCで出会って、毎日顔を合わせて、自然と心惹かれていった人に。


「どうしてもミユに会いたかったんだ」

「…………」

「どうしてもミユの顔を見たかった。直接、話をしたかった」

「…………」


 なんと答えていいかわからない様子で、視線を逸らそうとする彼女に、カズはずばりと告げた。


「ミユ、好きだ。結婚することを前提に、俺と付き合って欲しい」

「!!」


 両手を口に当てたミユの、少女のような目が見開かれる。ようやく合わせてくれた視線を、もう二度と離さないと言わんばかりにカズは強く見つめ返した。

 間髪入れず、視線と同じ力強さで言葉が続く。


()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなもん、俺だってしたくないよ」


 これこそが、繋が語った答えだった。

 カズの出身地である名古屋では、ずばり『名古屋の嫁入り』と呼ばれる、仰々しい結婚の風習が今でも残っている。結婚式後、新郎新婦がおひねりよろしくお菓子を投げたり、嫁入り道具がわざと見えるようにした、ガラス張りの大型トラックで新居へ引っ越す様は、ド派手なこと極まりない。見栄っ張りな気風のある名古屋人らしい慣習だが、「娘が三人いれば家が傾く」とも言われるそうだ。


「多分、うちのお袋から見せられたんだろ? 姉ちゃんの結婚式の写真を。俺がまだ告白もしてないのに」

「……うん」


 家族訪問日、ミユを自分の両親へ紹介した際に、カズが席を外した時間があったかどうかを繋は訊いてきた。それはミユが『名古屋の嫁入り』について知るタイミングの有無を確認するためだったのだ。カズの両親としては、息子がいなくなった間をもたせるための何気ない行動だったかもしれない。だが結果として、それがミユを驚かせ、彼との交際を躊躇させる羽目になってしまった。


「私だってカズが好きだよ。もう二十五だから、将来のことだって考えたい、考えて欲しいって思ってた。だから――」

「ごめんな、ミユ」

「ううん、カズは悪くない。カズのご家族だって悪くない。私がいけないの。私が……私がこんなだから」


 その言葉をきっかけに、ミユは堰を切ったように語り始めた。年齢にしてはあどけなさの残る目元が、真っ赤になっている。


「私はカズの彼女になれるような女じゃないの。あんなに立派な結婚式だって、そもそも憧れる資格なんてない」

「ミユ?」

「私がどうしてコッパツ隊に参加したか知ってる? 看護師は今、人手不足なんだよ? お給料だって悪くなかったんだよ? なのにどうしてアフリカで二年間も暮らそうなんて思ったか、本当の理由をカズは知らないでしょう?」


 目尻からこぼれる滴を拭おうともせず、ミユは心の内側を吐露し続ける。


「私、医療事故の現場にいたの。目の前で新人の先生がミスして、患者さんの命が失われていくのをこの目で見てたの。何もできないまま」

「えっ」

「事故調査委員会に、何度も話を聞かれた。オペのスタッフとして、できることはなかったか、自分でも何度も何度も考えた。でも結局、答えは同じだった。私にできることなんて何もない。ちょっとだけ知識があって、ちょっとだけ医療器具が扱えるだけ。看護師が自分でメスを握ることなんて、もちろんできない。この先生にこのオペはまだ早い、って思っても止められない。国家資格を取って偉そうにナース服を着てたって、白衣の天使だなんて言われたって、私にはなんにもできないの」

「そんなことないよ」

「そんなことあるの!」


 すかさず発したカズの言葉を、だがミユはそれ以上の勢いで否定した。自分自身を拒絶する言葉とともに。


「私は……私は、カズが好きになってくれるような女の子じゃないの! 責任は問われなかったけど、それでも医療事故の関係者なんだよ!? 宮崎の貧乏な家のひとり娘で、看護学校も奨学金で行かせてもらったんだよ!? ユッキーみたいに綺麗じゃなくて、マイキーさんみたいにきびきびしてなくて、背がちっちゃくてスタイルもよくなくて……そんな、そんな女が……!」


 涙とともに溢れる支離滅裂な言葉を遮ったのは、カズの、カズらしくない叫びだった。


「関係ねえよ、そんなもん!!」

「!?」

「そんな風に自分を言うんじゃねえよ! 俺が好きになった女のことを、自分で見下さないでくれよ! 医療事故だろうが奨学金だろうが、そんなもんどうでもいいんだよ! 俺はミユがいいんだ! 菅美優子が好きなんだって、言ってんだろうが!」


 その言葉遣いと勢いは、まるでニッシーだった。

 優等生の鎧を脱ぎ捨てたカズは、本当の気持ちを本当の言葉とともにぶつけ続ける。


「そんなこと言うんなら、俺だって後ろめたいことは山ほどあるよ! ミユの方こそ知らないだろう? 俺がここにいるわけを! コッパツ隊に来たわけを!」

「カズ?」

「俺は、()()()()()()()()()()()()()()()! インナーメイルのウェアとシューズを身に着けてるのに、筋肉増強剤を打って日本選手権に出た陸上選手の担当営業だったんだよ! もちろん俺はなんにも知らなかったけど、それでもドーピング選手のそばにいたことには変わりねえんだよ! そういう目で見られちまうんだよ!」


 両手を白くなるほど握り締めたまま、カズは自分の過去を叫んだ。彼が元勤務先のシャツやシューズを身に着けないのには、こうした理由があったのだ。


「だから関係ねえじゃんか! おたがいさまだ、そんなもん! 医療事故もドーピングも、名古屋の嫁入りも糞食らえだ! 俺はミユがいればいいんだ! ミユだけが欲しいんだ! なんにも気にしないで俺を好きになって、身体ひとつで俺のものになってくれ!」


 ひょっとしたら、TTCの敷地外にまで聞こえるのではないかという大音声で、告げられた想い。なりふり構わない心からの告白。

 そこになんと、拍手が湧き起こった。


「!?」


 驚いて顔を上げたふたりは見た。中庭を囲む本館、別館、さらには連絡棟のいたるところで、同期の仲間たちが笑顔で手を叩く姿を。


「よく言った、カズ!」

「ミユちゃんも頑張ったわね!」

「やっぱりお似合いだぞ、おまえら!」


 コッパツ隊もSN隊も関係なく、今この場にいる沢山の訓練生たちが、まるで我がことのように自分たちを祝福してくれている。大声でなされたやり取りが、自然と聞こえていたのだろう。


「ワン!」

「ニャ!」


 どこからか飛び出してきたのは、フランとサコエモンだ。彼らも嬉しそうに、ふたりのまわりを跳ね回る。


「カズ!」

「ミユちゃん!」


 連絡棟の二階から、永田と雪の声も降ってきた。並ぶようにしてニッシー、リリちゃん、繋、そしていつの間にか帰ってきたらしいマイキーとタカシも手を振っている。


「ミユちゃん、早く返事をしてあげて!」


 雪の声で、ミユがハッと思いだした顔になった。もっとも、答えは決まっていることが、誰の目にも明らかだ。


「カズ」


 健気でチャーミングな看護師が、真っ赤な眼をしたまま好きな人を見つめる。


「よろしくお願いします。私を彼女に、そして将来、奥さんにしてください」

「ありがとう!」


 しっかりと抱き合うふたり。ふたたびの大歓声と拍手。

 仲間たちの祝福が一段落したところで、やっと身体を離したミユの声が聞こえてくる。


「でも、本当に私でいいの?」


 ようやく恋人になってくれた女性に、「当たり前だろ」とカズが何度も頷く。だが照れくさかったのか、続けた台詞は微妙にずれたものだった。


「言ったじゃんか。ミユの身体だけでいいって」

「か、身体だけ!?」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて!」

「こんな告白しといて、最後はセクハラ!?」

「違うって!」


 真っ赤になって釈明する姿に、中庭を取り囲む全方向から大きな笑い声が上がる。

 不器用な恋人たちを見守るように、空からも明るい陽射しが降り注いでいた。

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