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学級委員の恋 2

 雪によれば、カズとミユがたがいに素っ気なくなったのは、「訪問日のあとからだったはずよ」ということだった。


 相変わらず鋭いな。


 別れた足で直接カズの部屋へ向かいながら、永田はあらためて感心するしかなかった。訓練生仲間に雪は、「ちょっと天然気味なところのある、綺麗なお姉さん」というキャラクターで知られているが、特に仲のいい永田たちのグループでは、そこに「勘の鋭い人」という評価が付け加わる。ニッシーの言い草ではないが、彼女の前では本当に悪いことができないような気がするほどだ。

 などと思い返しているうちに、自分の部屋にもほど近い三一二号室、カズの部屋に到着した。


 岳ヶ根駅で出会って、すぐさま仲良くなれたことを昨日のように思い出す。あれ以来、カズとはたがいの部屋を気軽に訪ねられる、親友と言っていい間柄である。もちろん相手のミユだって大切な友人だ。ふたりの間に何かが起こっているなら、ぜひ話して欲しい。

 いつものように二回ノックしてから、永田は呼びかけた。


「カズ、いる? 永田だけど」

「ああ、ちょっと待って」


 返事がして、やはりいつもと同じタイミングですんなりとドアが開く。


「ごめん、勉強中だった?」


 先に永田が謝ると、カズは「いや……」と曖昧な表情で頭をかいた。入浴はすでに済ませたようだが、普段はしっかりドライヤーをかけるタイプにもかかわらず、今日は髪がぼさぼさである。部屋の奥、机の上に語学のテキストとノートらしきものが見えるが、これも開いていた様子はない。

 話をどう切り出そうか永田が迷っていると、逆にカズが謝ってきた。


「ごめん」

「え?」

「多分あれだろ? 俺のこと、心配してくれてっていうか」

「ああ、うん」


 見た目こそ多少乱れているものの、相手の気持ちや空気を読み取る、如才なさは健在のようだ。それだけでも永田は一安心できた。


「敵わないな、ヒデには」

「いや、俺じゃないよ」

「じゃあユッキー?」


 すぐに察する台詞で、ますます安心する。本当に中身は通常営業だ。


「日波さんだけじゃなくて、みんなだよ」


 永田が笑ってみせると、カズも笑みを浮かべて、「まあ、入ってよ」とこれまたいつも通りに部屋へ招き入れてくれた。


「ありがとう。お邪魔します」


 部屋に入った永田がドアを閉めると、カズはベッドに腰掛け、さっきまで自分が座っていた勉強机の椅子を手で示した。どこの部屋も椅子はひとつしかないので、訪問者に対しては自然とこうした形になる。


「カズ、あのさ――」


 どう伝えていいものか、と永田がふたたび言葉を選び始めると、またしてもカズが先回りしてくれた。


「ミユのことだろ? いや、()()()()()()、か」

「あ、うん」


 自分から言ってもらえたことで、逆に意を決することができた。ここまできたら、ずばっと訊いてみた方がいい。


「ミユと喧嘩してるの?」


 いや、そうじゃない。もっと大事なことを訊かなければ。


「ていうか……ミユとは、まだ付き合ってないの?」


 その問いは、思ったよりもすんなりと口から出てきた。まるで「今日の語学、どうだった?」となんでもないことを訊くかのように。カズも同様に感じたのだろう、「さらっと聞くなあ」と苦笑している。


「付き合ってないよ。もちろん、俺は付き合いたいって思ってるけど」


 笑みを浮かべたまま、カズもストレートに答える。その返事に、ミユ本人ではないのに自分までほっとしたことを感じて永田も笑ってしまった。

 親友と笑い合ってしまえば、あとはさらにスムーズだ。


「じゃあなんでここんとこ、おたがいに素っ気ないの? やっぱり喧嘩してるとか?」

「喧嘩してるわけじゃないんだけどさ。もともとはミユからなんだよ」


 カズは眼鏡をずりあげて、困惑した顔を向けてきた。眉間にしわも寄っている。


「ミユから?」

「ああ。訪問日に俺たち、おたがいの両親に挨拶しただろ。本当は付き合ってからそうしたかったけど、まあこの際前後したって仕方ないかって、俺の方は特に気にしてなかった。ミユだって、多分同じ気持ちだったと思う。あ、いや、こんな風に言うと自惚れてるみたいだけど」

「ううん。カズたちが両想いなのは、誰が見ても明らかだよ」

「サンキュ。ヒデもだけどな」

「え?」

「はは。そういうところが、鈍感だって言われるんだよ」


 ここへ来る前も同じような評価をされたっけ、と永田は思い出しかけたが、今は自分のことを考えている場合ではない。気を取り直して、先ほどのカズの台詞を確認する。


「ミユの方から、素っ気無くなったってこと?」


 正直、意外だった。たしかにミユは、カズの話題になると不自然なまでに無関心を装っていたが、それは彼に冷たくされたからだとばかり思っていた。


「ああ。俺自身、わけがわからない」


 答えるとカズは、ベッドの上で仰向けに倒れこんだ。天井を見つめながらひとりごちる。


「女心となんとやらっていうけど、だとしてもなあ……」

「本当に、なんにも心当たりはないの?」


 あらためて確認しても、やはりカズには思い当たる節はないらしい。


「う~ん、少なくとも嫌われるようなことはしてないと思う」

「訪問日は?」

「全然問題なかった。おたがい両親に紹介して、挨拶と軽く話をしておしまい」

「それまでに付き合えなかったから、ミユが怒ってるとかは?」

「いや、ないと思う。うちの親と楽しそうに話してたし、俺とだって、そもそも訪問日の朝までは今まで通りだったんだよ」

「そっか」


 聞けば聞くほど、永田にもわからなくなってきた。友達以上恋人未満で、あとは気持ちを伝え合うのみといった関係の彼らに、一体何があったのだろう。


「困ったな」


 つぶやいた言葉が、ふたりの間で見事に重なった。顔を見合わせて、おたがいに笑ってしまう。

 するとカズは身体を起こして、「でも、ありがとう」と穏やかに告げてきた。


「お礼を言うのも変かもしれないけどさ、こうやってヒデやユッキーや、みんなが気にかけてくれてマジで嬉しいよ」

「だってカズが凹んでると、二五-二全体が締まらないからね」

「はいはい。持ち上げたって、なんにも出ないぞ」


 照れくさそうに頭をかいてから、カズは深呼吸した。数瞬の後、何かを決意した表情で「そうだよな」と顔を上げる。


「みんなにこれ以上心配かけるわけにもいかないし、自分でなんとかしなきゃな」


 はっきりと口にして立ち上がり、勉強机の上に置きっぱなしにしていたスマートフォンを手に取る。


「まずはメッセージを送ってみるよ」

「ミユに?」

「ああ。電話だと逆に言いづらいことも、文章なら伝えられるってことあるだろ。こっちも気持ちを込めて送る」

「なるほど。いい考えかも」


 頷いた永田は自分も立ち上がった。


「じゃあ俺、行くよ」


 こちらを見上げたカズが、きょとんとしている。


「あれ? もういいの?」

「だって、これからミユに、気持ちの込もったメッセージを送るんでしょ。邪魔はできないって」

「相変わらず優しいなあ、ヒデは。でも優しすぎると、相手が物足りなく感じるかもしれないから気をつけてな」

「?」


 意味がわからなかった永田だが、「期待に応えられるよう、頑張るよ」と笑うカズに、笑顔を返して部屋をあとにした。

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