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学級委員の恋 1

 九月も後半に入り、訓練期間も残り三分の一程度となってきた。隊次によっては不慮の事故や怪我、家庭の事情などで途中リタイアする者が出ることもあるそうだが、二五-二はここまでコッパツ隊、SN隊ともにひとりの辞退者も出さず、総勢一九三名での訓練を順調に消化できている。


「このまま皆さん全員を、無事に送り出したいです」


 夕食後の自由時間。笑顔で言ったマイキーが、一瞬だけ複雑な表情になるタカシにさり気なくウインクを送る。その瞬間を、永田はたまたま目撃した。

 食事を済ませていつものメンバーで移動していたところ、玄関ロビーで仕事中の彼女を見かけたので、全員で手伝いを申し出たところだった。世界各国で活躍中の先輩隊員から届いたレポートを、掲示板に貼っていたらしい。


 ウインクされたタカシの方を見ると、頬を染めつつも嬉しそうに頷いている。まだ恋人未満ではあるようだが、こちらの関係も順調な様子だ。交際が始まるのがタカシの出国前か、そのあとになるかはわからないが、彼らなら超遠距離恋愛になっても、きっと大丈夫だろう。そもそもマイキー自身がJIASの職員なので、海外出張等でタカシが派遣されている中南米方面へ、会いにいける機会があるかもしれない。いずれにせよ、この微笑ましいカップルは、同期の全員に応援されているのだった。


 いいなあ。


 永田も素直にそう思ったところで、斜向かいに座る、アフリカ方面からのレポートを手にした雪と目が合った。彼女も同じことを考えていたようだ。マイキーとタカシに素早く視線を走らせたあと、「ね」とでもいうように微笑んでくれた。


「ん? なんだよ、ヒデ。またユッキーに見とれてんのか? むっつり若エロ仙人め」

「違いますよ。ていうか、ますます呼び方がおかしくなってませんか」

「はっはっは。悔しかったら、俺みたいにオープンになりたまえ」

「どっちかっていうと、オープンに()()()ましたよね。奥さんに」

「い、嫌なことを思い出させるな!」


 先だっての家族訪問日に、十四歳年下の妻、恵子による予告なしの訪問を受けたニッシーは、結局そのまま彼女を岳ヶ根観光へと案内したのだった。


「ビール工場でお土産たんまり買わされて、ソースカツ丼も特上のを奢らされて、しかも帰りがけには、俺のカードでマツタケまで買っていきやがった……。なけなしの小遣いが……」


 と、TTCに帰ってきた彼は悄然としていたものである。ボラ同のリリちゃんに、淡い恋心を抱かせてしまった夫に対する、恵子からのささやかなお仕置きなのだろう。


「オープンといえばさ」


 切り返された矛先をかわそうと、ニッシーはわざとらしく話題を変えた。


「ヒデの班のケンちゃんと明日香、あそこはもう完全に付き合ってるし、オープンにしてんだろ?」

「ええ。みたいですね」


 永田と同じ三班のコッパツ隊訓練生、高島健一と中田明日香は、訓練開始当初から意気投合しており、同期における「岳ヶ根マジック」の先駆者(?)になると見られていた。そして遂に、訪問日の前後から正式に交際を始めたらしい。

 先週だったか、SN隊のおばちゃんに「で、あなたたち、もう付き合ってんの?」とストレートに訊かれた際、恥ずかしそうに、けれどもふたりで声を揃えて「はい」と頷く姿を永田も目にしている。健一は南米、明日香は東南アジアに派遣なので、やはり超遠距離恋愛になってしまうが、それでも愛を育む覚悟をおたがいが決めたのだろう。


「あと、確実なのはここか」


 ひょいとニッシーが親指を向けた先は、マイキーの隣で大きなポスターを抑える、ミユの後頭部である。

 背中越しに会話をすべて聞いていたらしく、小さな頭があたふたと振り返った。


「な、なんの話ですか!」

「ん? ミユとカズの話」


 例によってあっけらかんと答えるニッシーを、真赤になったミユが睨みつける。だが、もともと少女のような顔立ちなので、残念ながらあまり迫力は出ていない。ちなみに相手のカズは、「語学の復習しときたいから」と、食事が終わるなりすぐ部屋に戻ってしまっていた。


「おまえら、まだ付き合ってねえの? 訪問日、おたがいの両親に挨拶したんだろ?」

「まあ、一応」

「ご両親に、なんつってカズのこと紹介したんだよ」

「……同期のリーダー役っていうか、学級委員みたいな人って」

「え? それだけ?」

「…………」

「彼氏ですとか、少なくとも内定済みですとか、そういうのは?」


 まるで就職活動のような扱いだが、言葉はどうあれ、今ではこのふたりも周囲にとって公認と言っていいカップルである。

 けれども、ミユの返答は意外なものだった。


「なんにも言ってません。ていうか、そんな関係じゃないですし」

「はあ!?」

「ええっ!」

「え!?」


 ニッシーだけでなくマイキーと永田の声も重なった。口にこそ出さないが、タカシと雪も意外そうな顔で目を丸くしている。


「い、いいじゃないですか、別に」

「いや、よくねえだろ。そういうことは、はっきりしといた方がいいぞ。俺なんてカミさんと付き合い始めてすぐ、向こうの両親にもきちんと挨拶に行ったんだから」

「ニッシーさんの場合は、犯罪だから当然です」


 容赦なく切り捨てるミユの姿に笑いながらも、マイキーがもう一度問いかけた。


「じゃあカズさんの方は、ミユさんをなんて言ってご両親に紹介してたんですか?」

「アフリカ派遣の看護師さんで一番仲良くしてくれてる人、って言ってました」

「それは……なんだか微妙ね」

「微妙ですね」


 眉間にしわを寄せてしまったマイキーの視線を受けて、隣のタカシがすかさず繰り返す。それこそ仲のいいふたりの声を受けて、ミユはますます口調を固くした。


「別にいいんです。私はここに、コッパツ隊の研修に来てるんですから。恋人探しのためじゃありません」

「いや、それを言っちゃおしまいだろ」


 渋い顔をするニッシーとともに、永田も心配になってきた。


「カズと喧嘩でもしてるの?」


 ずばり尋ねてみたが、ミユの返事はまたしても「ううん、別に」という素っ気無いものである。


 これ以上は、訊かない方がよさそうだけど……。


 どうしたものかと思案していると、すぐそばから視線を感じた。見ると雪が苦笑して、「今はそっとしておきましょう」といったアイコンタクトを送ってきたところだった。

 視線を移した雪が、微笑んでミユに告げる。


「でも、何か悩んでることとか困ってることがあったら、私たちにいつでも相談してね」


 優しい言葉に、ミユが一瞬だけ申し訳なさそうな表情になったのを、永田は見逃さなかった。マイキーとタカシ、そしてニッシーも気付いた様子だ。だが誰も、さらにつっこんで尋ねたりはしない。勘のいい雪がこう言ったので、とりあえずは仲間うちでも静観しようという空気がしっかりと共有されている。


「みんな、ありがとう」


 全員に視線を走らせたミユが、最後に心のこもった声でつぶやいた。




「永田君」


 作業が終わって解散したところで、雪がさり気なく声をかけてきた。先ほどと同じく、目で何かを伝えてくる。


「あ、うん」


 彼女の視線から「いつも会ってる教室で」という意図を汲み取った永田は、一度部屋に帰ったあと、すぐに一階へと戻った。

 入浴後に雪とよく遭遇する教室へ足を運ぶと、果たして彼女はそこにいた。いつの間にか、フランとサコエモンまで連れている。部屋に入ってきたのが永田だと気付いた二匹は、嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。


「やあ、フラン、サコエモン」


 伸び上がって前脚をかけてくる二匹を交互に撫でながら、永田は雪に軽く謝った。


「ごめん。一回、部屋まで帰ったから遅くなっちゃって」

「ううん、私もそうしたから。で、さっき教室の前まで来たら、この子たちがちょうど待ってたような顔で座ってて」

「へえ」


 感心した口調で雪が言うので、永田も目を丸くするしかなかった。動物ならではの勘だろうか。雪の鋭さもかなりのものだと思うが、フランとサコエモンはさすがにそれ以上の何かを嗅ぎつけるようだ。

 じゃれついてくる二匹から離れて、永田は雪のそばに歩み寄った。どちらからともなく、手近な椅子に腰を降ろす。


「ミユとカズのことだよね?」


 あらためて確認すると、雪はしっかりと頷いた。


「うん。じつを言うと私、ここ何日かちょっと心配してたの。ふたりが痴話喧嘩でもしたのかなって」

「へえ」

「永田君は感じなかった? カズ君の方も最近、ちょっと変でしょう?」

「そうだね。正直、日波さんほどは気にしてなかったけど」


 雪が指摘する通りで、ここ数日カズの、特に見た目が彼らしくないとは、永田も感じていた。


「なんかちょっと、ニッシーさん入ってるな、みたいには思ってた」


 たしかに最近のカズは、小奇麗な彼らしからぬよれたTシャツ姿だったり、一昨日などはなんと、無精ひげが顔に残ったりもしていた。ちょうど語学クラスで一斉テストがあったので、単に時間がないだけだろうとも考えたが、やはり不自然だ。


「あ、見た目だけじゃないか」


 喋りながら、永田は他のことにも思い当たった。

 例えば朝食の時間にカズが他のグループのところに座っていたり、いつも通り自分たちと一緒だとしても、定位置となっていたミユの隣か正面ではなく、もっとも遠い対角線上の席に着いたりといったことだ。それでも「二五-二の学級委員」たる彼なら、どこのテーブルにいても違和感はないし、ミユとの席こそ離れていても、自分たちのグループ内での立ち居振る舞いが露骨におかしいということもなかったので、時間が経てばすぐに忘れてしまっていた。

 雪がもう一度頷く。


「うん。ちょっとミユちゃんのこと、避けてるよね。逆に、彼女もそんな感じだし。やっぱりふたりの間で、何かあったんだと思う」

「そう……なのかな」

「そうよ」


 なぜかきっぱりと断言された。けれども雪が言うのだから、ほぼ間違いないのだろう。彼女はこれまでも、カズに淡い恋心を抱いた詩織ちゃんの居場所や、タカシとサコエモンの関係、そしてニッシーがじつは既婚者であることなどに、仲間たちよりも一歩先に勘付いていた。いつだったか男性浴場で、


「ヒデ、おまえは絶対に浮気できないな。任国で現地妻をつくっても、ユッキーには必ずバレるぞ。ざまあみろ」


 などと、ニッシーに意味不明の言葉をかけられたこともある。そのときはさすがに、「なんでそこで、日波さんが出てくるんですか」とコメントしておいたが。

 すると雪は表情を緩めて、いつものいたずらっぽい笑みを向けてきた。


「いくら鈍感な永田君でも、ミユちゃんとカズ君が両想いってことは、さすがにわかるでしょう?」

「ああ、それはもちろん」


 というか、鈍感呼ばわりですか。そうですか。

 さり気なく憮然としてみせると、彼女は「あはは、ごめんね」とぺろりと舌を出した。無自覚なくせに美人なので、こういう絵になるリアクションをされると、自然と許す気持ちになってしまう。


「ずるいよなあ」

「何が?」

「いや、別に」


 思わず口に出ていたようだ。慌ててごまかすと、雪はまたおかしそうに微笑んでいる。 しかし数秒も経たないうちに、その表情が引き締まった。


「永田君」


 きりっとした目が、真っ直ぐ視線を合わせてくる。


 あ、そうだった。


 凜とした雰囲気に、永田は雪の職業を今さらながらに思い出した。

 まさに「学校の先生」といった顔と声で、彼女が告げる。


「カズ君の方、お願いしていい? どうして最近変なのか、ううん、もっとはっきり言えば、どうしてミユちゃんを避け気味なのか、聞き出して欲しいの。ミユちゃんは、私がなんとかしてみるから」

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