アイドルの恋 6
「奥さん!?」
「ニッシーさん、結婚してたんですか!?」
「ていうか、本当に奥さんですか?」
「あっ! そういえばプロフィールに、既婚って書いてあったかも……」
身体ごと振り返った永田とカズ、さらにはミユにマイキーと、四方すべてから囲まれる形になったニッシーは、「お、おう。言ってなかったっけ」などと白々しくとぼけ出した。
「絶対、言ってません。少なくとも私は直接聞いてませんし、皆さんだってそのはずです。ねえ、タカシ君?」
「はい」
マイキーに振られたタカシも、めずらしくわかりやすい表情で目を丸くしている。事態はそれほどまでに予想外だった。
「たしかに夫婦って言うと、いつもびっくりされますね。私、二十一ですし」
「二十一!?」
「マジで犯罪じゃないですか! 何やってんですか、ニッシーさん!」
さっきまでとは正反対のにこやかな笑顔で、恵子夫人が説明すると、カズとミユがさらに驚いた声を上げた。詰め寄られたニッシーは「い、いや、別に犯罪じゃないだろう」と、早くもたじたじだ。
そんな夫に、恵子は意地の悪い視線を送る。
「犯罪じゃないけど、ぎりぎりだったわよねえ。なんせ十八だった私を、高校卒業と同時に土下座までして嫁にしたんだから」
「ええ!?」
今度の大声は永田である。そのまま恵子は、ふたりの馴れ初めについても教えてくれた。
「私、農業高校だったんで、この人の家へ実習がてらお手伝いに行ってたんですよ。そうしたら、なんか自然と付き合うようになっちゃって。今は農家も高齢化が進んでて、まわりもおじいちゃんばっかりだから、相対的によく見えちゃったんでしょうね」
「ガチの犯罪だ……」
「なんでだよ! 高校卒業まで、神に誓って何もしてないぞ!」
顔を引きつらせるカズに、もはや今日何度目かわからない必死の弁解をするニッシー。しかし逆に「ふーん。そういう嘘つくんだ?」と、妻に思いきり顔を覗き込まれる羽目になった。
「何もしてなくはないわよね? 納屋でチューしたし」
「!!」
「しかも押し倒そうとしてきたんで、手元にあった鎌を股間の前で振り下ろしたら、それからは我慢してくれたんです。うふふ」
「あ、あれは違う! 不可抗力だ! 足下が滑っただけで……」
「あら、そう。足下が滑ると、私のおっぱい触ろうとするんだ? へーえ」
「……申し訳ございません」
ここまでの言動を見るに、恵子はなかなか気の強い女性なのだろう。一回り以上も年上の夫を、完全に尻に敷く様子が覗える。夫婦のそんなやり取りを、リリちゃんもショックを受けるのを通り越して、あ然とした表情で見つめるしかない。
するとそれまで黙っていた雪が、笑いながら口を挟んだ。
「だから、はっきりさせておけばよかったのに」
あっ! と永田は思いだした。数日前の食堂でも雪は同じことを言っていた。あれは、こういう意味だったのか。
「日波さん、ひょっとしてニッシーさんが既婚者だって気付いてたの?」
「可能性として、なんとなくだけどね。私の班にも既婚者のかたがいるし」
「そっか。そんなこと、全然考えなかったな」
「うちの両親も、歳がちょっと離れてるんですよ。十歳差ですけど」
繋の補足で、「なるほど」と永田はますます納得することができた。一方で、固まったままのリリちゃんに、カズがすかさずフォローの言葉をかける。
「うーん。これじゃさすがに、ニッシーさんは他の女の子とデートできないか。ごめんな、リリちゃん。煽るようなこと言っちゃって」
「い、いえ」
「けどニッシーさんも、よくないですよ。別に隠すことじゃないんだし、最初から結婚してるって言ってくれればいいのに。ねえ、タカシ君?」
「はい」
やはり気遣ってくれるマイキーとタカシの言葉を受けて、我に返ったリリちゃんは西浦夫婦に向かって勢いよく頭を下げた。
「あの、そんなことないです! 私が勝手にっていうか、一方的にっていうか……。ニッシーさんも奥さんも、なんていうか本当にごめんなさい!」
「あら」と恵子がすぐに、それもなぜか愉快そうに答える。
「あなたも聡にだまされそうになったの? こちらこそ、ごめんなさいね。このヘンタイ、どうせ勘違いさせるような態度を取ったんでしょう」
「い、いえ」
「ただしヘンタイはヘンタイだけど、うちの旦那にそんな度胸はないから安心して。今はもう十代の女の子のことを、そういう対象としては見られないらしいから」
「はい」
神妙な声とともにリリちゃんが顔を上げたところで、「当然だろう」とニッシーも口を開く。
「股間に向けて鎌を振り下ろされたら、誰だってトラウマに――」
「ああん? なんだって?」
「……なんでもありません」
またしても黙らされたニッシーだが、ようやく真面目な表情になってリリちゃんと目を合わせた。
「ごめんな、リリちゃん。変に気を持たせちまったとしたら、本当に悪かった。こういう嫁だけどさ、俺、恵子以外はひとりの女性として見られないんだよ」
「とんでもないです! 私こそすみませんでした!」
ぶんぶんと首を振ったリリちゃんは、健気にも「けど」と付け加えた。
「おふたり、お世辞抜きにとってもお似合いのご夫婦です。恵子さんのことをニッシーさんが好きになったのも、なんだかよくわかります」
「ありがとう。まあ、私みたいな変わった女じゃないと、ヘンタイの嫁は務まらないんでしょうね」
「いや、だから俺はヘンタイじゃねえって、さっきから何度も――」
けれどもニッシーの言葉は、やはり最後まで言わせてもらえなかった。
「どうだか。高校卒業した直後に、じゃあ今から一緒に風呂入ろう! とか言い出したのは誰だったかしら。まだ制服のままの十八歳に、卒業おめでとうじゃなくて〝一緒に風呂入ろう″よ? 止めといて正解でしょう、こんなヘンタイ」
「お、おい! 余計なことを言うな!」
「いいでしょ。実際、そのあと一緒に入ってあげたんだし」
しれっと暴露された夫婦事情に、リリちゃんも含めた一堂はふたたび固まるしかない。
赤面とともに訪れた沈黙を打ち破ってくれたのは、二頭のマスコットだった。
「ワン!」
「ニャ!」
何してるの? とでも言いたげな顔でフランとサコエモンが駆け寄ってくる。
「あら」といち早く気付いたリリちゃんが、身を屈めて彼らに声をかけた。
「聞いてよフラン、サコエモン。ニッシーさんって、ヘンタイだったんだって」
ニッシーさん、という単語を理解している彼らは、それこそ「ヘンタイなの?」とでも尋ねるような顔で当人のそばへと寄っていく。
「な、なんだよ、おまえらまで。俺はいたってまともだって!」
あたふたと後ずさるニッシーの姿に、むしろ遊んでもらえると思ったのか、二頭は元気よく飛びかかった。
「うわっ! おい、こら!」
「あら、ここの子たち? ちょうどよかった、たっぷりお仕置きしちゃって。こんな可愛い女の子をたぶらかそうとしたヘンタイなんだから」
笑いながらけしかける恵子の声を受けて、フランとサコエモンがますますニッシーにじゃれついていく。
「おまえら、止め――うおっ!? そこはだめだ! こらフラン、噛むな! サコエモンも、変なとこに爪を立てるな!」
「あらら、私が鎌を使うまでもないみたいね」
おかしそうな恵子に釣られて、気を取り直した仲間たちからも大きな笑い声が上がる。
TTCは、今日も賑やかになりそうだった。




