アイドルの恋 5
そうして訪れた日曜日の朝。
訪問日二日目の今日は、前日の一班~六班に続き、残りの七~十二班に所属するコッパツ隊訓練生の家族が訪れる予定である。
初日同様、朝食を終えた訓練生たちはあらためて所内を掃除したり、案内係として各所にスタンバイしたりと、コッパツ隊・SN隊問わず全員が自主的に動き始めた。このあたりは、さすがボランティア訓練生の集団だ。
玄関ロビーでも永田たちのグループが、マイキーの指示を仰ぎつつ受付用の長机を出したり、TTC所内と岳ヶ根市内、両方の地図を用意したりと忙しくしている。
そこへ、さらに助っ人が現れた。
「あ、おはよう!」
ミユが手を振った先から歩いてくるのはリリちゃんと、雪の弟、繋だった。
「おはようございます!」
「おはようございます」
どの隊次でも訪問日は必ず土日だが、受付や施設案内などを手伝うため、ボラ同の高校生たちはいつもこうして来てくれるそうだ。しかもリリちゃんと繋は「どうせ暇ですし」とのことで、今回の四日間すべてに参加予定だという。
「どうもありがとう。昨日もそうだけど、お世辞抜きに助かってます」
マイキーがにこやかに頭を下げると、ふたりも慌ててお辞儀を返す。
「とんでもないです! むしろ私がお礼を言いたいです。将来の事前研修させてもらってるみたいなものですし」
「僕も姉がお世話になっていますので。せめて、これぐらいはさせてください」
揃って本当にしっかりした十代だ。繋の方はどうするつもりかわからないが、このままコッパツ隊訓練生になっても、彼らならすぐ通用することだろう。
週末なので繋もリリちゃんも、二日続けて私服姿だった。繋は昨日と同じく動きやすそうなTシャツとデニムパンツ、リリちゃんも上は変わらずにTシャツというスタイルだが、昨日はアクティブなカーゴパンツ、今日はぴったりしたシルエットのクロップドパンツを合わせている。
「リリちゃん、制服も似合うけど私服もお洒落さんだね。今日も凄く可愛い」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
誰もが認める美女の雪に言われて、リリちゃんの顔がぱっと輝いた。
「うん。このまますぐ、デートにも行けちゃいそう」
ミユの台詞にただひとり、びくっと背中を動かした人間がいた。すかさずミユ自身が、その右腕をさり気なく掴んでさらに問いかける。
「なんだったら、本当に午後からどっか出かけてくれば? ボディガード代わりに、空いてる訓練生、貸し出しちゃうから。いいですよね、マイキーさん?」
「あ、そうですね! 訪問されるご家族も昨日よりは少ないみたいだし、大丈夫ですよ。リリちゃんにはいつも頼ってばかりだから、ぜひお好みの男子を選んでいってね」
やはりリリちゃんの想いに気付いているらしいマイキーも、わざとらしい笑顔で答え、しかも事務用品として置かれていたカッターナイフを、いつぞやの果物ナイフばりに片手でもてあそび始めた。
「ちょ!?」
くるくると回る刃物を前に、ミユに捕獲された男、すなわちニッシーは固まっている。
「拒否権はないみたいですね」
「どうせ、ご家族はいらっしゃらないんでしょう? 今日は大人しく、リリちゃんをエスコートしてあげてください。タカシもそう思うだろ?」
「はい」
長机と椅子を並べ終わった永田とカズ、さらにタカシにまで言われたニッシーは、誰か助けてくれとばかりに目を泳がせる。が、もちろん味方などいるわけもない。
「というわけでリリちゃん、ニッシーさんが暇してるから、悪いけど午後から相手してあげてくんない?」
「は、はい! 私は全然オッケーです! ていうか、嬉しいです!」
相手を立てるカズらしい言い方で勧められたリリちゃんは、大きく何度も頷くと、意を決したようにニッシーを見た。
「あの、ニッシーさん。だめ……ですか?」
ぱっつん前髪の下から、恥ずかしそうな上目遣いが問いかける。ただでさえ可愛らしい女子高生のそんな仕草に、「うわ、やばい。私がデートしたいかも」と、ようやくニッシーの腕を解放したミユがつぶやいたほどだ。
「ニッシーさん。か弱い乙女の心をもて遊ぶ人は、あとで個別指導しますよ。それとも、リリちゃんのこと嫌いなんですか?」
またしてもカッターナイフを回して、マイキーが追撃する。笑ったままというのが逆に恐ろしい。
「そそそ、そんなわけないでしょう! リリちゃんのことは俺も好きっすよ。あ、いや!好きって言っても犯罪者的な好きじゃなくて、普通に好きというかなんというか――」
銃口を向けられたかのごとく両手を上げたニッシーが、意味不明の言い訳を並べ始めた瞬間。
「ああん!? あんた、誰が好きなんだって?」
甲高い声が玄関口から飛び込んできた。
驚いた全員が目を向けると、陽に照らされた駐車場をバックに、ワンピース姿のすらりとしたシルエットが仁王立ちしている。逆光気味なので目が慣れるのに数秒かかったが、よく見ると髪をポニーテールにした美女、いや美少女だ。
美少女を見たニッシーの口から、愕然とした声が漏れた。
「げっ!? か、母ちゃん!」
「母ちゃん?」
ニッシーが発した単語を、永田は反射的に繰り返した。聞き間違いでない証拠に、他の面々もまた、同じように目を見開いている。
「サ・ト・シ? あんたまさか、私というものがありながら若い子と浮気してんの? そんな男が税金使って海外ボランティア? ざけんじゃないわよ!」
永田たちの困惑などおかまいなしに、美少女はふたたびニッシーをどやしつけた。組んだ両腕の上で、睫毛の長い目が釣り上がる。顔が小さくて顎のラインもシャープなので、有名美少女アニメのキャラクターが三次元に飛び出てきた風にすら見える。
「なんか、星に代わってお仕置きされそう……」
アニメの決め台詞そのままの感想をつぶやくミユの隣で、名前を呼び捨てにされたニッシーだけがパニックに陥っていた。
「ち、違う! 違うんだって!」
「どう違うのよ。今、女子高生って聞こえたんですが?」
「誤解だ! 単なる友だちだ!」
「でも、心をもてあそぶなんて言われてたわよね。あんたはここで、女子高生のお友だちの心をもてあそぶ訓練してるんだ? ふーん」
「だから違う!」
「違わないでしょうが! 私の心と身体を散々もてあそんどいて、飽きたら若い子に乗り換えるのか! このケダモノ! アグリカルチャー・ビースト! いいからこっちに来なさい!」
「誤解だって言ってるだろう! 勘弁してくれ! ていうか、なんでお前がここにいるんだよ!」
激しく首を振って、ニッシーは近くにいた永田の背後に隠れようとする。
「ニッシーさん!?」
だが縦も横も自分の方が大きいので、隠れるというには程遠い状態である。
「問答無用! このヘンタイが!」
般若のような形相のまま近づいてきた美少女は、そこでようやく我に返ったらしい。「あら、いけない」と上品に口元へ手を当てて立ち止まった。
「失礼しました、皆さん。お騒がせしちゃいまして」
ポニーテールを揺らしながらお辞儀をして、さらりと続ける。
「西浦の妻、恵子と申します。夫がいつもお世話になっております」
玄関ロビーに、何重にもなった驚愕の叫びが響き渡った。




