アイドルの恋 2
数日後のTTC。
「カズ、タイトルも決めたの?」
「うん。『様々な環境で役に立つスポーツウェアとシューズ』。そのまんまだし、元勤務先のウェアもシューズも持ってきてないけど」
「いいじゃない、わかりやすくて。決まったら私も受けさせて」
自主学習時間の空き教室で、ノートパソコンを操作中のカズにミユが声をかけた。近くではいつものメンバーであるニッシー、永田、そして雪が同じようにパソコンに向かっており、ニッシーの隣には、彼の手伝いを買って出たリリちゃんも座っている。
今日の自主学習講座を取っていない彼らは、そろそろ自分たちも何か講座を開こうということで、各々の専門分野を活かした企画を練り始めたのだった。必ずというわけではないが、自主学習に関しては受ける側ばかりでなく、講師もしくはアシスタント役として、教える側も経験することが推奨されているためだ。
現状、スポーツ用品メーカー出身のカズは先ほどのタイトル通りの講座で、ニッシーは農作業について。永田はと言えば、いつか雪に語ったように、コーヒー関連のレクチャーを考えている。
ちなみにその雪は、
「学校に赴任する人も多いみたいだから、板書の書き方講座とかやってみようかな」
というつもりなのだとか。
こうしたなか、すでに救急関連の講師役を終えたミユも「ひとりで勉強してると寂しいから」と遅れて合流したのだった。彼女がカズの隣に座っているのは、にっこり笑った雪が「カズ君の隣が空いてるよ。いいでしょ、カズ君」とさり気なく援護射撃をしたからである。
このグループのもうひとり、タカシだけは不在だが、彼も先日すでにアシスタント役を経験済みなので、今日はスポーツトレーナーの訓練生による『任国でもしっかり身体を鍛えよう! 筋トレ講座入門編』なるものを、嬉々として受講しに行っている。
「ニッシーさん。ゴーヤのイラスト、こんな感じでいいですか?」
制服姿のリリちゃんが、自前のタブレット端末を楽しそうにニッシーへ向けた。
「おう。じゅうぶん、じゅうぶん」
「よかった! じゃあメールで送っておきますね」
「サンキュー、助かるわ」
相変わらずの息の合ったやり取りに永田は、このふたり、ほんとに親戚みたいだよな、などと、どうでもいい感想を抱いてしまった。
ただし。「あ、そうだ」とニッシーが続けた台詞は、少なくともリリちゃんにとっては、どうでもいいどころの話ではなかったようだ。
「リリちゃんさ」
「はい?」
「彼氏いるんだって?」
「え?」
「なんか男どもが、やたらと凹んでるぞ。リリちゃんにイケメン眼鏡の彼氏がいたって」
「ええっ!?」
ぱっつん前髪の下で、ただでさえ大きな目がますます見開かれる。
「あれだろ? カズを今風にして、ファッションセンスよくして、イケメンにして、シュッとさせたような彼氏なんだろ?」
「ニッシーさん。それじゃまるで、俺がダメダメみたいじゃないですか」
「そうですよ。ファッションセンスはたしかにアレですけど、ルックスはカズだってそれなりです」
「……微妙なフォローをありがとう」
すかさず口を挟んだのは、例えに出されたカズ本人とミユである。これだけならいつもと同じ調子の会話だったが、当のリリちゃんが、なぜかやたらと真剣な表情で否定した。
「いません!」
おや、と周囲は感じたものの、パソコンに向き直っていたニッシーだけは変化がわからなかったらしい。マウスを操作しながらまたしても、のほほんと口にしてしまう。
「隠さなくてもいいって。高校生なんだから彼氏がいても別に普通だろ。俺たちの手伝いばっかじゃなくて、リリちゃんも青春してんじゃん。はっはっは」
「!! ほんとにいません! なんでそういうこと言うんですか!」
必死に抗議するリリちゃんの目は、よく見るとうっすら充血し始めている。
「ひどいです……」
「え? ……って、おい、どうしたんだよリリちゃん」
ようやく何かを察して顔を上げたニッシーだが、リリちゃんはもう視線を合わせようとしない。唇を引き結んで俯くばかりだ。
彼女の声が外まで聞こえたのだろうか、間を置かず、教室のドアがノックもなしに乱暴に開けられた。
「リリ、どうした!?」
現れたのは、やはりボラ同のメンバーと思しき高校生だった。リリちゃんとは違う制服の男の子で、銀縁眼鏡をかけている。噂をすれば、ではないが話題に上ったリリちゃんのボーイフレンドかもしれない。
「リリ? 大丈夫?」
重ねての問いに、振り向いたリリちゃんがなんとか答える。
「あ……うん。ありがとう」
返事を聞いた男の子は、けれどもすぐ、隣にいたニッシーを鋭い眼光で睨みつけた。
「おい、おっさん」
「お、おっさん!?」
「おっさん、あんたリリになんかしたのか?」
「むむ……リリちゃん、君の彼氏はずいぶんと失礼なクソガ――もとい、少年のようだね。付き合う男は考えた方がいいぞ」
おっさん呼ばわりに動揺しつつも、いつものペースを崩さずにコメントするニッシーは、ある意味さすがとも言える。一方で、リリちゃんの瞳はさらに潤んでいった。
「だから彼氏じゃないって、何度言えばわかるんですか! もういいです! ニッシーさんのばかっ!」
ついには溢れ出した涙を拭おうともせず、リリちゃんはタブレットを抱えて、教室から出ていってしまった。
「あ! 待って、リリちゃん!」
慌ててミユが追いかけたものの、ばか呼ばわりまでされたニッシーは、ぽかんとするばかりである。やはり呆然と様子を眺めていた永田だが、残ったカズ、そして雪からの苦笑交じりの視線を受けて、ワンテンポ遅れて理解した。
ああ、そういうことか。
ニッシーに何か言ってやろうかとも考えたが、そもそもこういう場合、どうコメントすればいいのだろう。
ためらっていると、隣の雪が先に口を開いた。しかもなぜか、今のアイコンタクトとは一転して表情が険しくなっている。
「でも、たしかに失礼だわ。ニッシーさんに謝りなさい」
めずらしく怒った口調で雪が命じたのは、ニッシーではなく、乱入してきた男の子に対してだった。
「なんでだよ」
不服そうに男の子が返す。しかし雪は、少しも動じない。
「さっきの発言は初対面の、それも目上の人に対する口の利き方じゃないでしょう。もう一度言うわ。謝りなさい」
「だって、このおっさんがリリに――」
「謝りなさい!」
怒鳴りつけたわけではないが、ピシリと跳ねつけるような物言いに、男の子だけでなく永田まで思わず肩をすくめる羽目になった。見ると、カズとニッシーも同様だ。この人を怒らせるとこうなるのか、と場違いな感想が頭をよぎる。
「ほら、早くニッシーさんに謝って」
険しい顔と声のまま雪が再度促すと、意外にも男の子は「わかったよ」と素直に従った。
「すみませんでした。失礼な言い方して」
「お、おう。別に気にしてねえって。は、は、は」
目の前で下げられた頭と、雪の顔へ交互に目をやったニッシーが、明らかに動揺した声で答える。永田と同じ感想を抱いたのだろう。要するに、
日波さんて、怒らせるとけっこう怖いのかも……。
というわけだ。
「ちゃんと、礼儀正しくしなきゃだめじゃない」
やっと表情を和らげた雪が言うと、永田たちにとって予想外の台詞が、男の子から返ってきた。
「うん。ごめん、姉さん」




