アイドルの恋 1
TTCでの訓練も一ヶ月以上が経過した、九月のなかば。
今では訓練生たちも完全に生活リズムをつかみ、休日前夜には「下山」と称して、岳ヶ根市内へ食事や飲み会に繰り出すグループも増えている。
この日も、岳ヶ根駅からほど近い居酒屋で、男女入り混じった五人のグループが元気に盛り上がっていた。
「でもボラ同の子たちって、みんないい子よね」
「うん。地方の高校生だから、純朴で素直っていうか」
「必要以上にスカート短くしたりしてないのも、逆にポイント高いよな」
「おお、わかるわかる」
「ちょっと男子チーム! それセクハラ!」
そしてボラ同の話題になると、必ず名前が挙がるのがリリちゃんなのだった。
「でもやっぱ、俺はリリちゃん推しかな」
「あ、俺も!」
「なんたって、TTCのアイドルだもんな」
「はいはい」
「でもたしかに可愛いよね、リリちゃん。私もストレートの男だったら、やっぱり鼻の下伸ばしてると思う」
ぱっつん前髪を揺らして健気に働いてくれるリリちゃんは、いつしか男子たちの間で「TTCのアイドル」と呼ばれるようになっていた。もちろん女子の訓練生にも人気で、「早く二十歳になって応募できるといいね」「コッパツ隊に選ばれたら、私と同じ任国に希望出して!」といった調子で皆に可愛がられている。
「リリちゃん、彼氏とかいんのかなー」
二十代後半の男子訓練生が、まさに鼻の下を伸ばしてつぶやくと、ふたりいる女性陣から一斉にブーイングの声が上がった。
「それ、マジで言ってるとしたら犯罪だから」
「あんた、派遣されたらアマゾン川に沈めてやるわ」
どうやら片方は、発言した男子と同じ任国のようだ。だが、彼を責めたてるのは女子だけではなかった。
「身の程を知れ、変態が」
「そうじゃなくても、TTCのアイドルにウイルスは寄せ付けないけどな」
犯罪者にして変態、ついにはウイルス呼ばわりまでされた彼に、さらに女子のもう片方がとどめを刺す。
「ていうかリリちゃん、彼氏いるっぽいよ。私、見たもん」
「えっ!」
「マジで!?」
「み、見間違いだろ?」
ほんの数秒前まで一緒になって彼を攻撃していた、残り二名の男子までショックを受けている。
わかりやすいリアクションに呆れ顔をしつつ、女子訓練生が語ったのは次のような目撃談だった。
TTCのある岳ヶ根山地は、本州を東西に貫く高速道路の通り道になっている。それもあって、門を出て十分ほど坂道を上るだけで、最寄りのサービスエリアの辿り着く。
名称はずばり『岳ヶ根サービスエリア』。
そして訓練生たちがTTCから「下山」できるのは、土曜の午後や休日前だけなので、ちょっとした買い物や気分転換をするのは、もっぱらここである。
彼女はその岳ヶ根サービスエリアで、リリちゃんを見かけたのだという。
「このあいだサービスエリアのカフェで、同級生っぽい男の子とお茶してたよ。仲良さげで、いい感じだった」
呆れた表情から一転、「ざまあみろ」といった感じの笑いを滲ませながら、女子訓練生は話を続ける。
「彼氏君もイケメンで、お似合いだったなー。眼鏡男子だったし」
「いや、眼鏡は関係ないだろ」
「でも、イケメンはたしかだもん。カズ君を若くして、令和っぽくして、さらにシュッとさせるとああなるかも」
「それ、別にカズじゃなくてもなるんじゃね?」
律儀にひとりがつっこみながらも、男子たちの顔は依然として凹んだままである。
「くっそー。羨ましいぜ、その眼鏡君」
「つーかショックだ……」
「ああ。俺は何を励みに二年間、暑苦しいラテンの国でお務めすればいいんだ……」
最後の台詞に、またしても同じ任国の女子が抗議した。
「うちの国にも女子はいるでしょうが! あんた、簀巻きにして密林に捨ててやる。それでどっかの部族に拉致されて、去勢されてから帰国しな。つーか、私が去勢する」
アルコールの力もあるのだろうが、物騒な言葉の連発に、アルバイトらしき女性店員が失笑を漏らしている。
いずれにせよ「TTCのアイドル」のプライベート情報は、こうして訓練生たちの間に広まることとなった。




