初めての恋 4
その日の夕食。いつものように自然と同じテーブルに集まったカズとミユ、ニッシーとタカシ、そして永田と雪の六人は、詩織ちゃん捜索の一件を振り返っていた。
「つまり詩織ちゃんは、オモダカの花言葉を知ってたってわけだな」
「ええ。花卉農家の娘さんですし」
「それで一目惚れしたカズにアピールするため、わざわざ駅の方まで降りていって、花を摘んでいた、と」
永田の返事に頷いたニッシーが、スプーンに山盛りのカレーライスをふたたび口に運ぶ。
「一目惚れかどうかはわからないけど、少なくともカズ君にあげたかったのは、たしかでしょうね。自分の気持ちだって言ってたし」
微笑んだ雪が捕捉すると、あっという間にカレーライスを飲み込んだニッシーは、元気な声でカズに告げた。
「なるほど。しっかし、ほんとにおまえはもてるなあ。さすがは俺たちのバブリーダーだ。あ、でもロリコンは犯罪だから気を付け――」
「ちょ……!? ニッシーさん、声でかいですよ! ていうか、俺はロリコンなんかじゃないし!」
慌てたカズ自身がさらに大声を出してしまい、他のテーブルの仲間はおろか、食堂スタッフの人たちにまで怪訝な顔をされている。隣に座るミユだけが、夕方と同じようにさり気ない不機嫌顔だ。
すべては雪が推察した通りだった。こちらには落ち度のないことだったので、カズたちのグループにも、もちろん処罰などは下されていない。TTC所員のマイキーみずからが捜索を手伝ってくれたため、事情を詳細に把握できたことも大きかったらしい。
引き続き大量のカレーライスをスプーンに載せて、ニッシーが尋ねる。
「でもユッキー、よくオモダカの花言葉なんて知ってるな。俺も花言葉までは、さすがにノーチェックだぞ」
そこは永田も、少々気になったところである。農業の専門家であるニッシーすら知らないことまで、なぜ雪は知識があるのだろう。
しかし彼女の回答は、ごく自然なものだった。
「たまたまです。小学校のとき、地元の花について勉強しようっていう理科の課外授業が、ちょうどこの時期にあって。オモダカは農家さんにとっては雑草みたいですけど、小さくて可愛いなと思って最初に調べた花だったから、よく覚えてるんです」
「へえ」
「あ、でも他の花言葉も少しだけなら知ってますよ。たとえばコスモスが〝乙女の真心〟だったり、逆にオトギリソウは〝恨み〟とか〝迷信〟だったりとか」
「そうなんだ」
「よく知ってるなあ」
「ユッキー、凄ーい!」
永田にカズ、気を取り直した様子のミユだけでなく、普段は無口なタカシまで感心した表情だ。
と、例のいたずらっぽい顔になって雪が続けた。
「だからニッシーさん、間違ってもオトギリソウだけは女性に送らない方がいいですよ」
「オトギリソウって、畑とかでも普通に見かけるアレだよな?」
「ええ。黄色くて小さい、やっぱり可愛い花です」
「…………」
ニッシーはなぜか、一時停止ボタンを押されたようになっている。
「まさかニッシーさん、思い当たることが――」
「な、ないっ! そんなことは断じてない! 何を言うんだね、バブリーダー君! は、は、は」
わかりやすいリアクションに、仲間たちは顔を見合わせて笑ってしまった。
数時間後。永田はまたしても風呂上りに雪と遭遇した。今回は初日と同じ空き教室で、やはり同じようにフランも一緒だ。少し髪が濡れているのは、彼女も入浴を済ませたばかりだからだろう。
「あ、来た来た」
なぜか予想していたみたいに笑った雪は、手に持ったタブレットのカバーを、パタンと閉じた。また絵を描いているところだったらしい。
「やっぱり見せてくれないんだ?」
「こればっかりはだめ。上手くないって言ったでしょ」
「完成しても?」
「うん。ていうか、ほぼ完成してるようなもんだけどね。ちょこちょこいじってる感じ」
「ふーん」
気にはなるが仕方ない。ましてや嫌がる女性に対して、無理矢理何かを要求するなんてもっての他である。
そんな気持ちを読み取ったのか、雪は「ふふ」と声を漏らして微笑んだ。
「紳士だよね、永田君」
「え?」
「でも、もうちょっと強引なところも見せて欲しいかなあ」
「…………」
またしてもからかわれる予感がしたので、永田は「それにしても」とわざとらしく話題を変えた。
「日波さん、さすが地元の人だね。花のことまで詳しくて」
「だから、あれはたまたまだってば。ほら、ここって田舎だから、課外授業とか校外実習とか多いの。ついでに家に帰って、さぼっちゃう子とかもいたけどね」
家、という単語でふと思いついた。強引とまではいかないだろうが、訊いてみることにする。
「日波さん、ここに来るとき駅から歩いてたよね。TTCから家、近いの?」
「遠くはないけど、さすがに歩いてはいけない距離だよ。あのときも岳ヶ根駅まではバスで来たし。うちは隣にある伊庭市の、もっとずっと山の方にある村だから」
「へえ。綺麗なところ?」
「うん。綺麗は綺麗かな。もうちょっとすると、紅葉の写真を撮りにくる人とかも結構いるよ」
「いいなあ。行ってみたいな」
何気なく口にしたひとことだったが、雪は少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「でも、なんにもないよ? 都会の人にしてみたら、絶対つまらないところだよ」
「そうかな」
「そうよ。ほんとに何もないもの」
形のいい眉をハの字にして繰り返す。上目遣いで見つめられた永田が、鼓動が速くなるのを自覚したとき。
「ワン!」
よこしまな心情を見透かしたように、むくりと起き上がったフランが尻尾を振りながら寄ってきた。「だめだよ」と言わんばかりに後ろ足で立ち上がり、永田に前足をかけようとする。
「ほら。フランも、そんなことより自分と遊んで欲しいって言ってるよ。あ、でもフランだけなら、うちに案内してあげてもいいかな」
「俺はだめなの?」
「だーめ。私がちょっと困った顔したら、変な目で見たから」
「ち、違うって! 今のは――」
「ふふ、冗談だってば。永田君、ほんとにいい人だね」
それはあれですか、よくある「いい人」で終わってしまうキャラってことでしょうか。
複雑な考えが頭をよぎったのは、岳ヶ根マジックの話を聞いたからだろうか。
「でも、素敵だと思うよ」
「え?」
「優しくて、いい人。とっても素敵だと思う」
濡れた髪を揺らして真正面から言われたので、永田は思わず固まってしまった。ふたたび忙しくなってきた心臓の音だけが聞こえる。
「ワン!」
フランの声で我に返ったのは、二秒ほど経ってからのことだった。




