憤懣《ふんまん》
今回はアクション?です。分かりやすく今回からファンタジーが散りばめられているのでよかったら!
評価やブクマなどもぜひ!
「なんだよ、聞いただけか? おーい。……おいおいおいおい気失ってんじゃねえか」
最初から最後まで謎な野郎だ。
この俺の能力を破ったのも冗談か? ハッタリにしてもこの俺を騙すだなんて許せねえな。
あぁでも思い出すとムカついてきた。くそ! たまたま抜け出せたにしてもあの夢は一級品だぞ⁈ 質問ばっかで俺の楽しみの時間までも邪魔しやがって!
手にしているナイフをゆっくり首元に近づける。
この小型ナイフだから良い。この手に収まるナイフだからこそ。良い。
首元にナイフが入る感触、柔らかい肌にこのナイフがツプッと食い込む感触。
流れる血は少しきもいが、この感触はじっくり味わえるこの瞬間にこそ価値がある。
「それじゃあお楽しみターイム」
ナイフの刃が、この生意気なガキの喉元に触れるその寸前。
異様な手の震えに、動きを止める。
なんだ? 急に震えが……おいおいおいおい武者震いか?
そんな焦んなよ、今じっくり味合わせてやるから。
「ふー……ふー……ふー……ッ」
くそ! なんだ⁈ 身体が強張ってんのか⁈ ナイフを刺すだけだろ……どうしちまったんだ……!
鼻息が荒くなり、体から変な汗が流れる。
武者震いだと強がった思考も虚しく、この異変に身体は正直に反応していた。
「そんなはずが……ねぇ……! この俺が……⁈」
目の前の、気絶して気を失ってるただのガキが堪らなく怖い。
なんでだ、何が怖いんだ? ただの子供だろ?
――得体の知れない恐怖。
脳裏によぎったこの言葉がしっくりきた。
人には安心する何かがある、その一つは平凡だ。それ以上がない。自分のよく知っている人間はそうだ。だから安心できる。
ただ、なんだ? この底なしのドブみてぇな雰囲気は……!
この圧は幹部たちのそれと同じだ。いや、それ以上の……。
「早く殺さねぇと……!」
幹部以上だ⁈ ふざけんな、そんなの命がいくつあっても足りねぇよ!
あの背筋が凍るような、そんな体験忘れるはずがねぇ、これは本物だ……!
今のうちに殺せと、自分の全神経がそう訴えかける。
そう焦った俺は、柄にもなく振りかぶったナイフを心臓に目がけて突き出すと。
「はぁ⁈」
しっかりと腕を掴まれた。指が肌にめり込むほどに。
まるで万力に挟まれたようにピクリとも動かない。
「はな……せ! くそくそくそくそ!」
なんなんだなんなんだなんなんだなんなんだ! なんだこいつ!
明らかに気絶してんのになんで動けんだよ!
これが全て意識外で行われていることがそもそもおかしい!
人間ってそういうふうにできてないだろ⁈
「いってぇ……ッ! 腕が……ァッ」
掴まれていない左手にナイフを持ちかえもう一度切りかかるも、馬鹿げた威力で腕を弾かれた。
左腕に感じる鈍い痛みから、もう使い物にならないと悟る。
「……ガエ”ゼ」
目の前から声がした。
ガキの声とはまた違った異質な声に焦って目をやると、ドス黒い炎がガキの顔を包み込んでゆらゆらと揺れている。
息を呑むにも満たない、まさに一瞬。
その炎は少年の身体に沿うように広がると、鎧のように形を成した。
「あっちいぃぃ! あぁ! やばいやばいやばいやばい」
掴まれている腕から、炎が伝ってくる。
炎に焼かれたことはないが、この痛みはなんだ⁈ 火傷のそれとは全くちげぇ!
皮膚が剥がされるような痛みに顔を顰めながらなんとか振り払おうとするも、やはりびくともしない。
それどころか燃え盛る相手の体に触れられないため状況はより悪化している。
「隊長ー、森焼いてきましたー。ってどうしたんですかそれ!」
森の方向から三人の部下が戻ってくる。
ただ、だからといって状況が変わるわけではない。
あの組織に関わってからそうだ、薄々気づいていた。
この世界には主役がごまんといる。俺はその中のモブで、何も知らないこいつらは背景なんだと。
だから俺は背景をズタズタに引き裂いて楽しんでいた。後ろを向いて、背中を見ないようにしていたんだ。
「撃て! 狙いも適当でいい! どっちにしろ俺はもう助からねぇ! とにかくこの化け物を殺せ!」
「え、いや」
「早くしろ‼︎ 死にてぇのか!」
駆け寄ってくる部下に対し声を荒げた。
胸元まで広がった炎を見て、死を実感する。
銃を構えた部下を確認すると俺は目を瞑った。
あいつらは銃のスペシャリストなんかでもない。よほどの奇跡でも起きない限り、きっと流れた弾が俺にも当たって死ぬ。
刹那、銃声が聞こえた。
ただそれと同時に身体が浮く感覚に襲われ。
「ウッ……ッグ!」
前方に投げ飛ばされる。
盾にしやがった……!
銃弾を横っ腹に受け、そのまま部下の足元に転がる。
解放されたことがこんなに嬉しくないのは初めてだ……!
「隊長! すぐに火消しま――」
そいつの身体が吹っ飛ぶ。
確認はできないが、炎を纏った拳にあの勢いでどつかれたんじゃあおそらく生きてはないだろう。
先ほど見た時より、この一瞬で姿が大きく変わっている。
膨張した炎の身体は不安定ながらも筋肉のような形を成し、炎でできたツノのようなものが生えたそれは、さながら鬼だ。
「ウッ――」
言葉も発せずに銃を構えた二人目の部下は身体を横から強烈な蹴りを入れられ、身体を文字通りくの字に曲げて吹っ飛んでった。
数秒後に遠くでガサっと音が鳴った。
森まで吹っ飛んだらしい。数十メートルはゆうに離れているだろう森にだ。
「おい! こいつらがどうなってもいいのか!」
最後の部下が足をもたつかせながら、捉えておいた親であろう奴らの後ろに回り込むと、その二人を盾のようにして銃を構える。
正しい判断だ。だがそれは。
「ぉ」
正常な奴にとってだが。
三人まとめて強烈なタックルを喰らうと、口から血を吐き出しながら後方に吹っ飛んでいく。
マトモな思考ができていない、敵味方の区別すらついていないようだ。
今のうちに逃げるだなんて考えてみたが、どの考えを持ってしても自分が助かる未来が見えない。
なんだあの速さと力は……! あいつ変遷物どころか想石すら持ってないよな⁈
力の出どころも、その力の強大さも、全てが謎だ。
そもそもここには変遷物を探しにきただけで、なんでこんな化け物と対峙しているんだ?
「お前たちは大人しくしてりゃいいんだよ! 楯突くなクソが! なんで俺が死ななくちゃなんねぇんだ!」
子供のような罵倒をゆっくり近づいてくるその化け物に浴びせる。
「騙したな! この俺を、てんめぇ! この、騙したな!」
足元の砂を投げつけるも、ジュッとした音とともに蒸散する。
砂が……蒸散する程の熱……?
俺はなんで生きてる? 奥に吹っ飛んでいった部下だったものに目を向ける。
黒い塊が山になっていた。
「待て、待て待て待て待て。俺を生かしてんのか? 加減弱めて⁈」
未だ胸から広がらない炎は、今も激痛を送り届けてくる。
そこまで思考が回っていなかった。そこまでの余裕なんてあるわけがないのだが、痛みで埋まる思考の隙間で今になって考える。
これが意図的だとしたら、そんなマトモな思考で親すら躊躇なく殺すか?
じゃあ奴の行動の原動力はなんだ?
思考で動いてないとしたら。こいつが動く理由は。
「くそが」
……俺を苦しめること。それだけで本能的に動いてやがる。
目の前まで迫った化け物が大きく両腕を振り上げると、風を切る轟音と共に俺の足めがけて振り下ろす。
「あ”ぁあ”あ! い”っでぇえ”ぇ! ク”ソク”ソク”ソクソ! い”でぇぇ”ぇ!」
潰れた足は無惨にも一瞬で灰と化し、潰れた断面は焼き焦げ結合される。
つまり出血多量で死ぬことはまずない。
この炎は肌の表面を少しづつ激痛と共に焼きこがすだけで、炎自体に致死性はない。
この中で俺は。
――死ねない。
「頼む”! 悪”がっだ! お”願い”だ! ゆ”るじで」
涙を流しながらそう懇願する俺の姿を見て、化け物は地面が揺るぐほど咆哮すると地面をなんの意味もなく何度もぶん殴る。
地面がひび割れるほど揺れる中俺は這いずって化け物から遠ざかろうとする。
痛い痛い痛い痛い!
逃げねぇと、逃げねぇと……!
最初っから試してるが、こいつはもう夢には入らねぇ! そもそも意識外で動いてんだ! 俺の能力じゃ太刀打ちが出来ねぇ……ッ!
「嫌”だ! こ”ん”なと”こ”ろ”で! 俺”、こ”ん”な”」
片腕で這いずった。とにかく。後ろから感じる心臓を鷲掴みにされるほどの圧迫感を感じながら。
這いずった。咆哮と振動を感じながら。耳はもう痺れて、全てがくぐもって聞こえる。
自分の心音が、腹から感じる振動が、頭を揺らすほどの咆哮が、はっきりと絶望を認識させる。
少しして、ピタッと音と振動が鳴り止む。
その変化とともに自分の体から痛みが消え、自身の身体に目をやると。
「は、は”は! 炎が消”えでる”。消え”てる”ぞ!」
そうだよ、あんな力を長い間維持できるはずがねぇ! 力尽きたんだザマァねぇ!
よしよしよしよし! まだ連絡ツールは壊れてない! 耳の骨に埋め込んであるからな!
そう意気揚々と手を耳たぶの裏に回した瞬間、背後から風を切る音が聞こえた。
何かが飛んだ。いや。何かはもう知っている。
「な”ん”で」
化け物が空中から自分の目の前に飛び降りてくる。
すかさず拳を構えると、大きく力を溜め始め。
「ま”っ」
自分の身体をめがけて解き放つ。
最後の記憶だ。
「オ”ォ”ォ”ォ”ッ”ッ”!”」
その夜、炎が燃え盛る森の中で地響きと共に重い咆哮が響き渡った。
それは行き場のない怒りだ。
もう戻ることはない現実が、終わってしまった復讐が、怒りを執着点のない世界に誘う。
怒りに我を忘れた少年は暴れに暴れ、破壊し尽くせるものは全て壊して回った。
しかし、やがてそれは止んだ。
怒りがなくなったわけではない。
ただ。
虚しくなったのだ――。