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2.広い世界の端っこで

底の見えない闇の中、吸い込まれるように沈んでいく。

記憶が不確かで、自分が誰かすら分からない。

そうして無我のまま、真っ黒な虚空を眺め続ける。

永遠に思える落下の果て、ちらほらと視界の端に星の様な輝きが見えた。

瞬きの後に、倍々に増えていく無数の煌めき達。

次第にその数は飽和して、サイズも心做しか手を伸ばせば掴めそうなほど大きくなっていく。

しかし、身体は自由に動かせたのだが、不思議と捕まえる気は起きなかった。

ただとても綺麗な光景だったので、惚ける様にそれを見続ける事にした。

やがて底に付いたのか落下は止み、身体は地面を前に、ターンするように浮遊したまま宙返りをして着地する。

脳天から勢いのままに直撃しなくて何よりだった。

こんな短いスパンで2度も転落死するのはごめんだ。


「ーーーああ、そうか。俺、死んだんだ」


そこで、スッと全身に染み込むように自我と記憶が戻ってきた。

そうだ、俺はさっき大橋から降りて、自殺をしたんだった。

そうなるとここは、地獄だろうか。

命を自分で無駄にしたものへの罰がこれから待っているのか。

正直、天国も地獄も信じていなかったから、死んだらそこでゼロになって、苦しみとかを感じる前に魂が漂白されるものだと思っていた。


「また、苦しむ事になるんだろうか……」


現世もそうだった。1度転落したら、多くの人は転がり落ち続ける。

その過程で段々と考える余裕も奮起する気力も消えて、搾取される側で居続ける。

絶望はカビみたいに心に根付いて消えない。

光すらない虚無の中、全身の力が抜けていく。

心臓がそわそわして、動いてもないのに呼吸が乱れてくる。

もう二度と味わう事の無かったはずの発作に襲われる。

そんな時だった。


「ーーーすまない、三咲ヒロタカ。

こちらの配慮が足りなかった様だ。

まさか才の星を掴まず、加護の海の底まで落ちて来よう者がいるとは」


中性的な声が空間に響く。

耳を優しく包む様な、聞いているだけで心が落ち着く声だった。

俯いていた顔を上げる。

真っ暗だった世界の中、まるで海中に差し込む太陽光の様にその人の周りは明るい。

羽衣のように光の装束を纏って、ゆっくりと沈むように降りてくる。

地面に降りると、音も立てずこちら近づいてきた。


「三咲ヒロタカ。名前は合っているかい?

それとも、死の衝撃でまだ自我が戻って居ないだろうか」


顔を近づけられる。

人の形をしているけれど、その体躯は通常の人類の2倍ほどだ。

青みがかった白い肌に、光を吸ったような色素の薄いブロンドの髮。

衣装は古代のギリシャ人みたいだった。


「あ、合ってます、三咲ヒロタカで。

貴方は神様……とかですか?」

「そう、良かった。

正解だよ、察しがいいね。

名をヴィヴァルディという。

君の国は多様すぎて、その定義を照らし合わせるのが難しいけれど、概ね誰もが思い描く様な神様のソレで間違いないよ」

「そ、そうですか……」


拍子抜けするほどあっさり認められて、唖然とする。

それにしても装いや見た目は確かに神然としているけれど、想像していた何倍もフランクな神様だった。


「全く君は偉いね、思考まで潔白だ。頭の中くらい、こいつって言ったり様付けやめたりしたらいいのに」

「ええ!」


そうか、神様なら当然のように思考も読めるのか。

困った、失礼な事考えないようにしないと。


「あーいやすまない、これじゃ話もしづらいね。

今から思考を透かすのは辞めるから、君達の流儀で腹を割ってきちんと”対話”しよう」

「対話?一体何をですか」

「簡単だよ、君は生まれ変わって何がしたい?

三咲ヒロタカ、善なる魂のまま人生を終えた君には、転生の権利があるんだ」

「転生の……権利」


目が点になる。次の人生を決められるなんて話、本当にあったのか。


「次に生まれる世界は既に決まっているから、そこだけは注意が必要だ。

確か……あぁ、ハーモニアという星だね。

文明レベルは中世だけど、この世界は魔法があるから思っているより不便じゃないはずだ。

これを踏まえて、君の第2の人生を助ける手助けをしようと思う。

どうだろう、欲しい能力や希望する出自はあるかい」


ヴィヴァルディと名乗った神は、こめかみに手を当てて、つらつらと説明をし始めた。

まるで記憶を検索しているみたいだ。

それにしても中世で魔法の世界なんて、ゲームとかアニメの世界って事だ。

きっと強力な力を求めるのが無難なのだろうが、思いつかない。

晩年は、何か娯楽を楽しむ余裕もなく、ただひたすらに無為な時間を過ごしていたからそういう知識にも乏しい。

正直、テレビもネットもないのなら、平穏に農業とかで暮らせれば、今の自分には十分だった。


「その、特に思いつかなくて……」

「おやおや、死に際の願いは本当だったのか。たまに天国地獄の査定に響くと思って、死に際に善人ぶる卑しいやつがいるんだけど。

君は根っから欲無しの人畜無害ってわけ。本当にニンゲンかい、キミ?」

「死に際の願い……あ!そうです、それがあった。それを叶えて貰うこと出来ますか?」


死に際、確かに願いを告げた。

自分の努力次第で、好きな事を突き詰められる様にできる世界。

確定した結果ではなく、コツコツとそれに向き合う時間を来世で過ごしたかった。


「そりゃあ出来るさ。出来るけど……本当にそれでいいの?

特別な能力がいらないってんなら、こちらは何もしないに等しい。

だが問題は出自だよ。君がしたい事、自分の好きな事が分からないままでは、それが決められない。

貴族は自分たちで農耕なんてしないし、平民では政治に到底関われない。それぞれに努力ではどうにもならない線引きがある。

逸脱すれば無駄な危険を呼ぶだけだ。

私達としても生命を無駄にするような転生は到底認められない。

それでも君は、そんな曖昧な理想で向こうに飛び立つのかい?

叶う訳でもない、そもそも目標も定かでは無い中で生き返って、大丈夫のか三咲ヒロタカ」


心の奥に突き刺さる様な、鋭い指摘だった。

けれどさっきみたいな動悸は起きない。

何故ならヴィヴァルディは、芯から心配して僕に事実を突きつけてくれている。

要は能力や恵まれた出自は、神なりの保険なのだ。

次のチャンスを与えて置いて、そうそうにリタイアなんて結末を避けるための。

きっと、特別な力があった方が間違いなく簡単だ。

どんな魔法も使えたら、何者にだってなれるだろうし。

誰にも負けぬ剣技があれば、怖いもの無しだ。

世界を知り尽くす知恵があれば、どんな問題も解決出来る。

けれど今の自分に必要なのは、そんな大層な成功よりも、身近で毎日少しずつ積み重なる様な成功で。

何弾も飛び越える様な活躍より、昨日までの苦労が報われる様な努力が結ばれる瞬間を求めていたのだ。

故に、


「出自の上で、自分に出来る事、したい事を探します。

それをひたすらに追い掛けて、いつか自分の手で幸せを掴み取りたい。

今の自分がしたい事は、それです。

昔の自分が出来なかった事が、それだから」

「分かったよ、そうまで言うならそれでいい」


少し呆れた様に納得するヴィヴァルディ。

数歩下がり、指を天に向けて鳴らすと、一瞬で世界が変わる。

それは空の上だった。

雲の上という訳でもなく、ただ遠い遠い空の上に僕たちは立っている。

眼下には、広大な大地があった。


「見えるかい、あそこ。あの湖の近くにある大きめの集落。君はあそこで生を受ける。

特別裕福でも無いが、ある程度将来に自由がある様な家庭にしておいた」

「あ、ありがとうございます」

「それと、最後にとびきりの朗報を。

ーーー私も、一緒に転生する事にしたから」

「……………へ?ど、どうしてですか?」

「そんなん心配だからに決まっているだろう。

後同じくらい退屈そうだからさ。俺が言ったら面白くなるぞ、君の人生」

「い、いやヴィヴァルディ様、そこまでしてくれなくても!」

「遠慮するなって!それにこれからはヴィヴァルディじゃなくて、リオンだ。

君の名は……君の両親のセンスを楽しみに予知しないでおくよ。

それじゃまた来世で!」

「って、ヴィヴァルディ…じゃなかったリオンーーー!?」


手を振る様に空から滑空していくリオン。

空中で弾けるように瞬くと、やがて煌めく光となり、先程指さしていた集落の方に飛んでいく。


「これ、俺も続かないとダメだよな……」


覚悟を決める。

神様も一緒に転生するなんて予想だにして無かったが、それでも意向は全部聞いてくれたはずだ。

ならばひたすらに、第2の人生を謳歌するしかない。

生唾を飲み込む。

時間軸は知らないが、自分の中ではとんでもない短時間の中で起こる2度目の身投げ。

それでも、不安による不整脈とは正反対に、高揚して胸は高鳴っていた。


「ーーー行こう。やり直すんだ、この世界で」





空の果て、雲の切れ間を咲くように、一筋の星が流れた。

やがて先行したその1つを追うように、もう1つ、少しひ弱な光を纏って流星が降ってくる。

追いつき、空中で並ぶと、並行するように旋回して空を駆ける。

そして広い広い空の端で瞬いて、どこかへ消えてしまった。


その夜、ルスキニア王国の東南に位置するヘトスの村で2人の赤子が同時刻に生まれた。

名をリオンとシオン。

同じ時刻に生まれた2人は、血の繋がりはなくとも、まるで本物の兄弟の様に仲良く過ごしたらしい。

そうして数年後、共に村を出て旅に出る。

その果てに何を得て、何者になるのか。

ーーーそれはまだ、神様さえも知らぬ事だ。


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