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何が始まりで何が終わりで、これから何をしたいと言うのか

作者: 篠原

思いっきり意味不明な話です。

なんでも読めるよ!という人だけ、ごらんください。

この世とはなんぞや


生とはなんぞや


死とはなんぞや


ニンゲンとは、なんぞや



人を、殺してはいけないという。

では、なぜ動物たちを殺すのか?


それは生きるために必要だという。

ならば、生きるために人を殺したとすれば、それは許されるのか?


人の命はみな重く、大切なものだという。

なぜ、たかだか他の生物よりも知能のついたニンゲンという動物がそれほどまでに大切だと言うのか?


法がそう定めているから?

――それは、ニンゲンが決めた法だろう?他の生物のことなぞ、何にも考えちゃいない。


命は大切なものだから?

――命はみな平等だと言うならば、なぜニンゲンは森林を伐採し、罪もない動物を殺し、住む環境を与えている地球を誰の許可もなしに破壊し、殺戮し、壊そうとするのか。


反対を返せば、動物たちだって似たようなことをしているのではないのか?

――ならば、ニンゲンを殺した動物はなぜ殺される。ニンゲンに必要のないウイルスや生物たちは、なぜ等しく平等である筈のこの地球で殺されねばならない?

ニンゲンが、必要のないものを排除しようとする権利を持つというのならば、それは動物たちにも言えることなのではないか。



ニンゲンが、同じニンゲンを殺す。

それは今日もどこかで起きていて、決して画面の向こうで起きていることではない。


それは、すぐ近くでも起きている事ではないのか?


この世は、飽くこともせず、制限のついた中で、同じような回転を続ける。


法に縛られ、毎日似たようなことの繰り返し。


そんな世の、どこが楽しいと言えるのだろうか?


友人と話すこと?愛する者と一緒にすごすこと?自分の趣味をすること?


それも所詮は、メビウスの輪のように、同じようにぐるぐる回っているだけではないのか。



毎日、何が楽しくて笑い、何が悲しくて泣き、何が腹立って憤るのか。



人生は、生まれた時から死へと向かう。

一歩、一歩。

ニンゲンによって速さは違えど、最終地点は同じ”死”


そんな死ぬと定まった人生、それは多少の自由の与えられた死刑囚と同じじゃないのか?


死ぬとわかっていて、毎日を過ごす。


なぜ、そうとわかっているのに生物は等しく生きようとするのか。


強く、たくましく、美しく、醜く


人生、ニンゲンの生。それぞれ違えど、みな同じ。


最終的に、ニンゲン達…この世に生きる者たちは、一体どこへつきたいというのだろうか?



ニンゲンとはなんぞや


死とはなんぞや


生とはなんぞや


この世とは、なんぞや


本気でよくわからない話(?)ですいませんでした…

正直、今日帰り道にふっとこれが出てきて、本人もぶっちゃけ何が書きたかったのかよくわかってないです。

でも、なんでだろーなーとかたまに思ってるおれの頭はきっと(色々な意味で)末期だと思います。

最近、疲れてるのか…?


ともかく、ここまで読んでくださってありがとうございました!

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