⑥恋するメイウッド侯爵、地味でも無口でもない王女の生涯の従僕となる
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間に合った! かな? 最後は少し強引にまとめてしまいました!
「ダドリー・メイウッド侯爵、顔をお上げなさい。そして、わたくしの顔をよく見るのです!」
わけがわからぬまま、皆に習ってひざまずき頭を垂れていたダドリーは、グロリアーナ王女の言葉に、どぎまぎしながらも顔を上げ、失礼がない程度にじっと見た。
グロリアーナ王女は、少し頬を染め、紫紺色の美しい瞳を潤ませていた。
やがて、鮮やかに紅を引いた、形の良い唇の端をきゅっと上げると、ダドリーに向かってにっこり微笑んだ。
「お、おま、おまえ……、いや、し、失礼を! あ、あなたは、ま、まさか……、ジ、ジーン?!」
「ジーン」という、聞き覚えのある名を聞いて、頭を垂れていた人々がざわつきだした。「ジーン?」「ジーン!」という呟きが、そこかしこから聞こえてきた。
グロリアーナ王女は、ドレスのスカートをつまみ、優雅にお辞儀をすると、国王に言った。
「国王陛下! 改めて、名乗らせていただきますわ。わたくしは、バルニエ王国の現国王ジェイラス三世の娘、グロリアーナと申します。なにとぞ、お見知りおきくださいませ。
フィリップ・コリガンの件につきましては、ご迷惑をおかけいたしました。わたくしがお届けした父からの書状にあります通り、申し訳ありませんが、我が国から引き取りの役人が到着するまで、今しばらく、こちらの牢獄でお預かりください」
「あ、ああ、グロリアーナ姫、お父上からの書状は確かに受け取った。アリシアには、ある意味いい勉強になったようだ。とはいえ、一国の王女に言葉巧みに近づき、利用しようとした者を許すわけにはいかぬ。必ずや厳罰に処していただきたい」
「もちろんでございます」
国王夫妻の後ろに立っていたアリシア王女が、堪えきれなくなって、声を上げて泣き始めた。
王妃が抱きかかえ宥めていたが、やがて、侍女に付き添われ、「アイリスの間」を退出していった。
アリシア王女が、廊下に出たことを確かめ、国王はグロリアーナ王女に尋ねた。
「その、フィリップの件はわかったが、あなたが、ここにいるメイウッド侯爵と婚約する――というのは、いったい、どういうことなのだろうか?」
国王の言葉を聞いて、ダドリーは、いつものように狼狽えた。
衝撃的なことが続き混乱していたが、グロリアーナ王女は、ダドリーは自分と婚約すると言って、この「アイリスの間」に飛び込んできたのだった。
グロリアーナ王女は、紫紺色の瞳を煌めかせ、ダドリーを見つめながら言った。
「わたくしは、初めてお目にかかった高等貴族学院の入学式の日からずっと、メイウッド侯爵に恋をしておりました。しかし、侯爵にはすでにアリシア様という婚約者がおり、わたくしの恋が実を結ぶことはないとあきらめていました。
クラリスのところに届く使用人からの手紙によると、アリシア様は侯爵に関心がないらしく、いつも粗略に扱っているようでした。
フィリップがアリシア様に近づいていることがわかったとき、もしかすると、フィリップの語る『真実の愛』に惑わされて、アリシア様も婚約を破棄してしまうのではないかと思われました。実際にそうなったわけですけれども――。
わたくしの務めは、国王陛下に父からの書状をお届けし、フィリップのグレネル王国における暗躍を防いでいただくことだけだったのですが、ついでに自分の望みを叶えたいと思いました。
ちょうど、侯爵家の従僕が亡くなったと聞いていましたので、わたくしが侯爵家の新しい従僕となって、侯爵家の評判を上げるべく働いてみようと考えました。そして、侯爵の関心を引きたいと思ったのです」
そこまで話すと、グロリアーナ王女は、ぐるりと「アイリスの間」を見回した。
どうやら、彼女の協力者が姿を見せていたようで、何人かに会釈をすると、彼女は話を続けた。
「ラングフォード公爵夫人は、わたくしの大叔母にあたります。イブリン・ウェズリー嬢は、お父上が我が国の大使だった頃に、親しくお付き合いしていました。お二方とも、今でもわたくしと手紙のやりとりが続いています。
クラリスに頼んで、侯爵家の使用人や領地にいらっしゃる侯爵のご両親にも、手紙で連絡をとり、わたくしがしようとしていることを伝えておいてもらいました。
従僕となって働きながら、いくつかのお屋敷の内輪話を出先で聞き出したり、お屋敷に不満を持っている使用人にお金を渡して騒がせたり、様々な騒動を通して、真面目で堅実な侯爵の人柄が見直されるように画策しました」
ダドリーは、目を丸くして、この恐るべき企みの告白を聞いていた。
王女らしい仕草を隠すために、地味な男装をし、声を誤魔化すために無口になり、瞳の色を明かさないために丸眼鏡をかけて、王女はダドリーの従僕となったわけだが、胸に秘めた思いまでは誤魔化すことができなかったのだ。
なぜあんなにも、ジーンが気になったのか、ようやくダドリーにも納得がいった。
どんなに腹黒に見えても(それは、この王女の性格のようだが)、彼女が示す好意をダドリーは敏感に感じ取っていたのだ。
「ラングフォード公爵夫人から、今日の舞踏会で何が起こるのか知らされていたのに、急にあなたに解雇され、たいへん驚き慌てました。でも、領地にいらっしゃるあなたのご両親にも励まされ、クラリスのドレスを借りて、ここにこうしてやってきました。こんなわたくしですけれど、あなたの婚約者にしてくださいますか?」
グロリアーナ王女は、ダドリーの手を取り、彼をそこに立たせると静かに言った。
王女はどうやら、身分や名前を偽り、バルニエ国王の間諜のようなことをしているらしい。
どんな事情があるのかわからないが、バルニエ王国が大国となったのは、そうした王家の者による陰の働きがあったからなのかもしれない。
ダドリーは、なんだかすっきりとした気分になっていた。
もう、何の迷いもなく、ジーン――グロリアーナ王女を愛しく思ってかまわないのだ。
そして、今度は、自分がグロリアーナ王女の「心の従僕」となって、彼女を支えていきたいと思っていた。
「承知いたしました。わたしに異論はございません。すべてグロリアーナ様のお望みの通りに!」
見て見ぬふりをする者はいなかった。「アイリスの間」に拍手喝采の声が響き渡った。
この婚約発表によって、やや浮ついていたグレネル王国が、バルニエ王国という堅実な国を後ろ盾として発展していくという未来が見えていたから――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これにて完結です。結局、また逞しい女性たちの話になりました。