⑤悩めるメイウッド侯爵、大事な従僕を手放す
ダドリー・メイウッドは、心を決めた。
しばらくの間、ジーンと離れてみよう――と。
彼には、時間が必要だった。
人には相談できない悩みであるから、自分で考え解決するしかないと思っていた。
果たして自分は、ジーンをどのように思っているのか?
彼は、答えを出しておきたかった。
ところが、自分のことで手一杯の彼に、またまた難題が突きつけられた。
* * *
「な、何だって?! なぜ、わたしが王宮の舞踏会に呼ばれなきゃならないんだ?! わたしは、アリシア様から、婚約破棄を言い渡されたんだぞ! 職務で王宮に伺うときでも肩身の狭い思いをしているのに、舞踏会だなんて……!」
招待状を手に、おろおろとしているフレッドを見て、思わず声を荒げてしまったことを、ダドリーは今日も悔やんだ。
フレッドに罪はないのだ。怒りの矛先を向ける相手を間違えてはいけない。
「すまない、フレッド……。その舞踏会は、どのようなものなんだい? まさか、アリシア様の婚約祝い……ということはないよな?」
「それが、明確ではないのでございます。『貴族たちの親睦を深め』とか『慈善活動への関心を高め』とかいう言葉が並んでいるものの、具体的な目的は書かれておりません」
一般的に、国王陛下主催の舞踏会へ招待されたら、必ず出席しなければならない。急に、病にでもかからないかぎりは――。
舞踏会は二週間ほど先だが、ダドリーは、今から気が重かった。
「それと……、舞踏会出席の際は、必ず、従僕――ジーンを伴うようにと書かれております」
「ジーンを連れてこい? とうとう、国王陛下までもが、『理想の従僕』に興味をお示しになった――ということか?!」
「そのようで」
「わかった……。出席のお返事をお届けしてくれ。フレッドは、もう下がっていい。代わりに、ジーンをここへ寄越してくれ」
フレッドが退出した後、少し間を置いてジーンがやって来た。
薄く色のついた分厚い丸眼鏡のせいで、相変わらず目の動きは読めないが、近頃は、ちょっとした仕草や僅かな口元の動きから、ダドリーにもジーンの気持ちがなんとなくわかるようになってきていた。
今は、少し緊張しているが、きげんはいいようだ。
ダドリーは、一度唇をなめ、咳払いをしてから用件を告げた。
「ジーン、今日は、大事な話がある……。まことに申し訳ないのだが、本日をもって君を解雇する!」
さすがのジーンも、驚きを隠すことはできなかった。
「えっ?!」と言う形に開いた口は、しばらくそのままになっていた。
ダドリーは、不謹慎だが、雇ってから初めて、彼に対し優越感を味わえた気がした。
「解雇といっても、仕事を辞めさせるということじゃない。しばらくの間、領地にいる両親の元へ行って欲しいんだ。向こうも、高齢の使用人が増えてきていてね。この前訪ねてきたゴードンから、良い使用人がいたら回して欲しいと言われていたんだ。王都と違って、通いの者も頼みにくいのでね。三ヶ月ほど、どうだろう?」
三ヶ月――、そのぐらいの時間があれば、『理想の従僕』騒ぎも収まるだろう。
そして、ダドリーの胸にもやもやと溜まった思いの正体を明らかにし、きちんと整理することもできるだろう。
「わかりました。いつ、出発すればよろしいですか?」
「そうだな……。馬車を使っても、領地まで片道三日はかかるからね。明日にでも出発できるといいのだが――」
「承知いたしました。明日の朝、出発いたします」
「馬車は、御者も込みで貸し馬車屋に頼もう。フレッドに言っておくよ」
ダドリーは、部屋を出て行くジーンから目を逸らし、窓の外を眺めていた。
そして、次の日の朝も、挨拶にきたジーンに、道中の無事を祈る言葉をかけたが、馬車を見送ることはしなかった。
* * *
そして、とうとう王宮で舞踏会が催される日がやって来た。
ダドリーの最大の問題は、パートナーがいないということだった。
しかし、なぜか一週間程前に、突然ウェズリー侯爵家から使いが来て、舞踏会に出席するなら、イブリン嬢を同伴して欲しいと頼まれた。
狐にでもつままれたような感じがしたが、イブリン嬢が望んでいることだというので、快諾した。
馬車で迎えに行ったとき、ジーンがいないことを知ると、イブリン嬢はひどくがっかりした顔をした。ダドリーは、それが世間一般の反応かもしれないぞと気を引き締めた。
あの日と同じ「アイリスの間」に、あの日以上にたくさんの人々が集まっていた。
ほとんどの出席者は、ダドリーと同じく、何のための舞踏会か知らずに来ているようだった。
やがて、高らかに侍従長の声が響き渡り、国王夫妻が「アイリスの間」に登場した。その後ろに従っているアリシア王女の姿を見て、ダドリーはぎょっとした。
「あら? 真実の愛のお相手は、一緒ではございませんのね? さらに深い真実の愛でも見つけて、どこかへ行ってしまわれたのかしら?」
隣に立っているイブリン嬢が、聞こえよがしに言い、人々から失笑が漏れた。
ダドリーは、ひやひやしながらその様子を見ていたが、アリシア王女が何となく、沈んでいるように見えて気になった。
「舞踏会の開会の前に、余から皆に話がある。メイウッド侯爵、これへ!」
「えっ!!」
思わず声を上げてしまい、ダドリーは、慌てて口を押さえた。
すぐに、「ははっ」と返事をし直し、国王の前に進み出てひざまずいた。
国王は自ら手を差し伸べ、ダドリーを立たせると言った。
「メイウッド侯爵、先頃は、我が娘アリシアが、とんでもないことをしでかし、そちには、たいそう迷惑をかけた。まずは、そのことを詫びたい。許してくれ」
「へ、陛下、もったいないお言葉でございます……」
「それで、その上で、そちに頼みたい――」
「……」
「アリシアと、もう一度婚約――」
そのときだった。「アイリスの間」の入り口から、止める侍従を振り切り、豪華なドレスに身を包んだ、一人のご令嬢が飛び込んできた。
彼女は、紫紺色の瞳をきらきらと輝かせながら、国王に向かって宣言した。
「それはなりませんわ、陛下! メイウッド侯爵は、わたくしと婚約するのです! もう二度とアリシア様には渡しませんわ!」
紫紺色の瞳は、隣の大国・バルニエ王国の王家の血を引く者の証だ。
年頃から考えて、このご令嬢の正体に気づいた人々は、我勝ちに道をあけその場にひざまずくと、静かに頭を垂れた。
それこそが、バルニエ王国の王女・グロリアーナに対する正しい態度であったから――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
残り部分(裏話編?解決編?)は、明日投稿する予定です。
よろしくお願いいたします!