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②メイウッド侯爵、地味な従僕を褒められる

 その翌週、ダドリー・メイウッドは、さっそくジーンを伴って外出する機会を得た。

 マートン侯爵家の晩餐会に招待を受けていたのだ。

 ジーンの外出着は、例の着古した青い上着しかなかったので、晩年ジョセフが着ていた服から何着かを選び、アリスが手直しした。


「良かった、ぴったりだわ! でも、どれも何だか地味で古めかしいこと――。年寄りの形見の服を直したものだから、仕方ないのですけれどね……」


 ジョセフの服を着たジーンを見ながら、ちょっとしんみりした口調でアリスが言った。

 その横に立つフレッドは、目頭にハンカチを押し当てていた。


「時間もないことだし、今回は、この中から選んで着せていくことにしよう。フレッド! さっさと涙をお拭き! 明日にでも仕立屋を呼んで、ジーンに新しい服を誂える相談をしなさい」


 ダドリーの言葉を聞いて、三人は元気に返事をすると、晩餐会へ出かける準備に一斉に取りかかった。

 無口だが、面倒がらずに指示をよく聞いて働くジーンは、早くも年寄り二人の心を掴んだようだった。三人は、それぞれの仕事に黙々と取り組んでいた。


 * * *


 夕刻、ダドリーは、ジーンが御する馬車に乗って、マートン侯爵家に向かった。

 応接間に集っていた客たちのほとんどは、夫婦連れだった。

 自然と男女に分かれ、それぞれ会話を楽しむ形になっていたが、なぜか、ダドリーは、ご婦人方のグループに誘われてしまった。


「この前は、お気の毒なことでしたわね、メイウッド伯爵様」

「王女様の新しいお相手、隣国の貴族だそうですわよ」

「金髪碧眼は、乙女の憧れですからね」


 ああ、その話がしたいのか――、とダドリーは納得した。

 ご婦人方は、この機会に、あの突然の婚約破棄騒ぎについての新たな情報を、彼から探り出そうとしているのだ。

 ダドリーが、何も話さず微笑んでいると、話の流れが変わってきた。


「黒髪に灰色の瞳のあなたが、魅力的でないと言っているわけではありませんよ」

「領地は良好! 投資は万全! ご両親は、領地のお邸で隠居!」

「ねえ、ダドリー様、うちの娘は今年十六歳になりましたのよ!」

 

 ご婦人方が、どっと笑い声を上げた。

 「いやだわ!」「図々しい!」「嫌われるわよ!」とか言いながら、ダドリーに秋波を送ってきたご婦人もいた。


(アリシア王女に婚約破棄されたばかりだというのに、もう別の婚約者をあてがおうというのか? わたしは、そんなに好条件の優良物件だったかな?)


 ダドリーが、何気なく壁際に控えるジーンに目を向けると、ジーンが口元を押さえていた。どうやら、必死で笑いをこらえている様子だ。

 ひとのことを笑っている場合ではないぞ――と、ダドリーは思う。


 ジーンと並ぶようにして、各家の従僕が壁際に控えていた。

 何れ劣らぬ美青年揃いだ。

 従僕たちは、彫像のように見事な肉体に豪華な衣装をまとい、ぴんと背筋を伸ばして立ち姿の美しさを競い合っていた。

 執事と違って従僕は、あるじの供をして外出することも多い。

 高価な装飾品をひけらかすように、派手な従僕を連れ歩く貴族も増えていた。


(それに引き替え、うちの従僕は――)


 大理石の神像の間に置かれたトピアリーのウサギのように、美青年たちの間にちんまり収まったジーンの地味な姿を見て、ダドリーは溜息をついた。

 せめて衣装ぐらいは、見劣りしない立派なものを着せようと心に誓った。


 晩餐会の主催者であるマートン侯爵夫妻が、いつまで待っても姿を見せないことに、人々が苛立ちを見せ始めた頃、突然、誰かが応接間に飛び込んできた。


「み、皆様! ま、誠に申し訳ございません! ほ、本日の晩餐会は、これにて、お開きとさせていただきます!」

「おいおい、どういうことだ?!」

「侯爵ご夫妻は、どうしてお見えにならないの?!」


 飛び込んできたのは、この家の執事だった。

 客たちを穏便に帰宅させるためには、彼の話はあまりに説明不足だった。

 即座に詰め寄ってきた客たちに壁際まで追い込まれ、彼は細い悲鳴を上げた。


 そのとき、廊下から、「ウワオゥゥゥゥ~エァァァ~ン」という、悲しみに満ちた女の叫び声が、応接間の壁を揺るがせ響いてきた。

 客たちは、ぴたりと動きを止め、声を潜めた。


「グ、グレアムが……、カ、カトリーナと……、か、駆け落ちして、しまうなんて……」

「お、おまえは、いつも、グレアムを連れて……、カトリーナと外出していただろう?! 二人が、親しくなっていることに、き、気づかなかったのか?!」


 ダドリーも、周囲の人々につられるように、しっかり耳を澄ませていた。

 廊下で話しているのは、マートン侯爵夫妻である。

 グレアムというのは、侯爵夫人が自慢げに連れ歩いていた若い従僕の名だ。

 そして、カトリーナは、今年十六歳になる侯爵家の次女だ。


「だって……、グレアムはいつも、わたくしに向かって、『奥様ほど女性としての魅力に溢れた方を、わたくしは知りません』と、言ってくれていたのよ……。まさか、まさか、カトリーナとそういうことになっているとは……。ああ、グレアム……どうして、わたしを連れていってくれなかったの~?!」

「お、お、お、おまえというやつはぁー!!」


 誰かが、慌てて廊下へ続く扉を閉めた。

 これから始まるであろう修羅場を見たい者など誰もいない。

 人々は、執事を開放し、別の出入り口から静かに退出を始めた。

 良識ある人々は、今日もまた、見て見ぬふりを決め込んだのであった。


 人々の流れに乗って、ゆるゆると玄関へ向かったダドリーに、一人の老婦人が声をかけてきた。


「さすがですわね! お若いのに、流行に惑わされず、地味で目立たぬ従僕をお雇いになって――。感服いたしましたわ! これからは、皆、名門メイウッド侯爵家を見習い、従僕の本来の役割を見直し、それにふさわしい者を雇うようになることでございましょう、ホホホホホ!」


 優雅に、扇で口元を隠しながら、老婦人は去って行った。

 彼女の後ろには、フレッドと同じぐらいの年齢と思われる従僕が、杖を突きながら危うい足取りで付き従っていた。


「まあ、お珍しい! ラングフォード公爵夫人がお見えになっていたのね? 応接間とは別のお部屋で、お待ちだったのかしら? なかなかに強い信念をお持ちの方で、滅多に人を褒めたりなさいませんのよ。あなた、『王宮の魔女』のお気に入りとして認められたようですわよ!」


 ダドリーの母と仲が良かったパートリッジ侯爵夫人が、意味ありげな笑みを浮かべながらダドリーの耳元で囁いた。

 その声が聞こえていたのか、ダドリーの一歩後ろを歩いていたジーンが、小さくかすれた音で口笛を吹いた。


 行儀の悪さを叱ろうと振り向いたダドリーを、また、形の良い唇の端をきゅっと上げてジーンが見返してきたので、狼狽えたダドリーは、何も言えないまま顔を逸らすしかなかった。


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