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①傷心のメイウッド侯爵、新しい従僕を雇う

閲覧ありがとうございます。「男女主従祭」参加作品です。

よくあるお話かもしれませんが、ゆるっとお楽しみください。

 ダドリー・メイウッドは、由緒あるメイウッド侯爵家の若き当主だ。

 容貌も才能も人並みだと思っていたので、人一倍真面目に生きてきた。

 父から爵位を引き継ぎ五年。

 領地の経営に熱心に取り組み、有望な事業にこつこつと投資し、類い希なる容貌と才能に恵まれた妹を、隣国の高等貴族学院へ留学させた。

 それなのに――。


「ダドリー、あなたとの婚約は、なかったことにしてください!」

「えっ?! あっ、あの……、アリシア様、いったいそれは……?」


 ここは王宮の「アイリスの間」――。

 第四王女アリシアの十七回目の誕生日を祝う宴が開かれていた。

 王女の婚約者であるダドリーは、例年通り、鮮やかな真紅の薔薇の花束を抱え、王女の前に進み出た。

 彼には、毎年、一番始めに王女に祝いの言葉を述べるという栄誉が与えられていたのだが――。


「わたくしは、こちらのフィリップと結婚することに決めたの!」


 いつの間にか王女の隣には、大輪の百合の花束を左腕に抱えた男が胸を張って立っていた。

 男は、金色の豊かな髪を右手でかきあげると、露草の花に降りた朝露のような、青く澄んだ瞳を輝かせ、王女に花束を差し出した。

 

「おめでとう、そして、ありがとうアリシア! これで、ぼくたちは堂々と、人目をはばからず手を取り合うことができるんだね!」

「ええ、フィリップ! あなたのおかげで、わたしは真実の愛というものを知ることができたのよ! 幸せになりましょうね!」


 花束を放り出し、ひしと抱き合う二人の前で、ダドリーは薔薇の花束を抱えたまま立ち尽くしていた。

 こういうとき、多くの良識ある人々は、見て見ぬふりというものをしてくれる。

 ありがたいことに、「アイリスの間」は、良識ある人々で溢れかえっていた。


 ダドリーは、何事もなかったように、「アイリスの間」をひっそりと退出した。

 こうなると、薔薇の花束はひどく邪魔なものにしか思えなかったので、入り口の脇に控えていた侍従に片目をつぶってプレゼントした。

 彼は、そういう嗜好のある人物だったのか、頬を赤らめて受け取ってくれた。


 * * *


「ダドリー様、このまま放っておいてよろしいのでしょうか? 夕べの婚約破棄について、国王陛下からはいまだに何のお言葉もないのですが――」

「どうせまた、アリシア様が勝手にやったことなんだろう? きっと、今頃やっと陛下のお耳にも話が届いて、大騒ぎになっていることだろうさ!」


 ダドリーの父の代から仕える老執事フレッドは、心配でならないという顔で、彼の前に立っていた。

 また、余計な心労をかけてしまったと、ダドリーは反省する。


 この家に住み込む使用人は、年寄りばかりだ。

 フレッドもメイドのアリスも、そして、先日この世を去った従僕のジョセフも――。

 近頃は、ダドリーの方が世話を焼く側に回ることも増え、どちらが使用人だかわからないくらいだ。


「おお、そうでした! 口入れ屋から連絡がありまして、本日午後、新しい従僕の候補者が訪ねてくるそうでございます」

「そうか! それは助かる。若くて元気な奴だといいね。御者や庭仕事も引き受けてくれれば、おまえやアリスも楽になるだろうからな」


 まるで家族のように、二人は向かい合って座り、フレッドが入れた紅茶を飲みながら、アリスが焼いた白ブドウのタルトを食べる。

 寝室の片付けを終えて、廊下を通りかかったアリスも呼んで仲間に加える。

 これ以上の幸せはない――と、ダドリーは思っていた。


 そして、その日の昼過ぎ――。

 約束の時刻より少し早く、伯爵家の玄関前に止まった辻馬車から降り立ったのは、眼鏡をかけた小柄な少年だった。


 * * *


「ええっと……、名前はなんというのかな?」

「ジーン・アボットです」

「年齢は?」

「十八歳になったばかりです」


 その後、しばらくの間、沈黙が続いた。

 ジーンに関する細かなことは、口入れ屋からフレッドに伝わっているはずだ。

 ダドリーは、主人として知っておくべきことは、これで十分だと考えたので、黙ってジーンを観察することにした。


 少年のように見えるが、十八歳なら青年と呼んだ方がいいのかもしれない。

 やや長い栗色の髪は、首の後ろできっちり一つにまとめられていた。

 良い品のようだが、いかにも着古した感じの暗い青色の上着と黒いズボン。

 靴や鞄は、丁寧に手入れをしてあるが、かなり使い込んだもののようだ。

 そして、鼻の上に載せられた、薄く色のついた分厚い丸眼鏡――。輪にした紐で両耳にかけられている。


 社交の場へ伴うことを考えると、少し地味すぎるかもしれない。

 ご婦人方にちやほやされる年頃だが、気の利いた会話は苦手そうに見える。

 そして、分厚い丸眼鏡が、彼の瞳の色や表情をわかりにくくしている。


 主人としては当然のダドリーの不躾な視線を、ジーンは緊張もせずに受け止めていた。

 ときおり、さりげなく部屋の調度や絵画などに目をやっている。

 そして、一瞬、感心したような表情を浮かべる。


(こいつは、この年で、けっこうな目利きのようだぞ! もしかすると、幼い頃から、いろいろな家で奉公をしてきた苦労人なのかもしれないな?)


 ダドリーは、この興味深い青年を雇ってみることにした。


「ジーン・アボット! 君を我が家の従僕として採用することにする。さっそく、今日から住み込みで働いてくれ。仕事や待遇についての詳細は、執事のフレッドとメイドのアリスから聞くといい。よろしく頼むよ」

「よろしくお願いいたします。ええっと……、ご主人様!」

「その呼び方は遠慮したい。わたしのことは、ダドリー……様でいいよ」

「承知いたしました、ダドリー様!」

 

 軽く頭を下げた後、形の良い唇の端をきゅっと上げて笑ったジーンは、不思議な色気を漂わせ、ダドリーは思わず目を見開いた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本日第五話まで投稿しますので、続けてお付き合いいただければ嬉しいです。

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