ネギで首を絞めたら婚約破棄されました
「カーサッッ! 今この時をもって、貴様との婚約を破棄させてもらう!!」
ハイツ殿下の激昂の下、泣きすがるコーポ夫人。
青天の霹靂とも言える急な婚約破棄に、私の頭の中は真っ白になりました。
「えっ? 殿下……これはいったい……」
「それは私が聞きたいッッ!! 夫亡き間もないコーポ夫人の首にネギを巻くなど言語道断ッッ!! 貴様の陰湿な仕打ちには、もう我慢ならぬッッ!!」
「そ、それは……っ!」
殿下の手には、クルリと輪っかのように曲がったネギ。
コーポ夫人に発熱がおありだったようなので、我が家に秘伝する解熱方法を授けたまでなのに……陰湿な仕打ちだなんて……!!
「聞けば、火傷した患部にあろう事か味噌を塗り込んだそうではないかッッ!!」
「や、火傷には味噌が……」
「たんこぶに砂糖を塗り! 寝耳に大根のおろし汁! 鼻血の際には首の後ろをチョップ! 挙げれば切りが無いぞッッ!!」
「そ、そんな……!!」
夫を亡くし伏せてしまったコーポ夫人の為の、献身なる所業が虐め扱いだなんて……!!
「殿下!! 全ては夫人の為に御座います!!」
「メ、メゾン様っ!」
ハイツ殿下の弟君であらせられるメゾン様が、私と殿下の間に現れ頭を地面に擦り付けた。
「カーサ殿は辺鄙なる地方の生まれ! その地域では今でも民間療法が常用されており、カーサ殿もそれを良しとされて今日まで信じておりました! 悪意は御座いませぬ! どうか御容赦を……!!」
「メゾン様……!!」
平にとすがるメゾン様の肩に両手を捧げ、私も頭を下げる。
ハイツ殿下は私が夫人の首に巻いたネギを手に持ち、不思議そうに見つめている。
「そう言えば……グランマが昔、しゃっくりが止まらなくなった吾輩に、不思議な持ち方で水を飲ませようとしていたな」
「殿下のお祖母様もあれを存じておりましたか」
「まあ、飲み損なって咽せたがな」
「…………」
「だが、今思えばあれも、悪意は無かったのだろうな……」
「きっとその通りに御座います」
メゾン様が声を上げた。
「分かった。カーサ」
「は、はいっ!」
「此度のことは水に流す。だがこれからは一切の怪しい治療とやらは禁ずる。いいな」
「申し訳ありません殿下……!!」
殿下の優しさに、思わず涙が──。
「伝令ッッ!!」
「何事だ!?」
息も絶え絶えの負傷兵が一人、早馬に乗り現れたが、その顔は酷く腫れ上がり、何かの病のようにも見えた。
「レジデンス領にて交戦中の兵に奇病が流行っております!! 至急衛兵の追加を……!!」
「何故だ!? 原因は何だ!!」
「ツ、ツバをつけておけば治ると……負傷兵全員にツバを……カーサ様の助言で……!!」
「カーサッッッッ!!!!」
「──ヒッ! ヒィィ……!!」
「今すぐ出て行けーーーーッッッッ!!!!」
こうして私は追放されました。